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オーダメイドのがんワクチン
「量産化の壁」越えられるか
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オーダメイドのがんワクチン
「量産化の壁」越えられるか

サンフランシスコに本社を置くバイオテク企業のジェネンテックは、各個人のがんに対して最も効き目があるように個別に調整した「ワクチン」を用いる、最新の免疫療法の研究を進めている。だが、商品として市場に投入するには、いかにして大量のワクチンを迅速に生産して患者の元に届けるのか、というビジネスモデルの根幹に関わる難問を解決する必要がある。 by Adam Piore2018.11.09

レリア・デラメラ博士がジェネンテック(Genentech)の最高経営陣に対して、個人ごとに調整するがんワクチンについて初めてプレゼンしたとき、評価は芳しくなかった。当時を思い出しつつ、「殴り合いの喧嘩になりそうだと思いました」と話してくれたのは、現在はジェネンテックの腫瘍研究の責任者を務めるアイラ・メルマン博士だ。

ときは2012年。メルマン博士は、チーム・メンバーであり長年の共同研究者であるデラメラ博士が説明をしている間、テーブルの向かい側にいる科学レビュー委員会の面々が渋い顔をして頭を横に振っているのを見ていた。やがて、臨床開発責任者が隣の人に向かって「私に使うなら死んだ後にして欲しいよ。このワクチンは絶対に効かないな」とつぶやいたのが聞こえた。

患者自身の免疫システムを使って腫瘍を攻撃するがん免疫療法は現在、医学界でもっとも有望な分野であり、ここ数十年の腫瘍学における最大のブレークスルーの1つだ。しかし、ここまで来るには長い時間がかかった。最近になって、大ヒット商品となる新種の免疫薬が登場するまで免疫学と言えば、いかがわしい科学であり、誇大宣伝が多く、素晴らしいまでに期待外れの分野だった。

あの日、メルマン博士たちがプレゼンした内容は、免疫細胞を活性化して、よりうまくがんを攻撃させられるようにすることより、さらに進んだものだった。メルマン博士らは、免疫システムを刺激して特定の腫瘍だけ攻撃するように精密に調整されたワクチンについて話していたのだ。もしこの方法がうまく行けば、いくつかの症状で他の免疫療法以上に高い効果を示す可能性がある。

しかし、この方法にはやっかいなハードルがいくつもあった。スイスの製薬会社大手ロッシュ(Roche)が所有し、サンフランシスコに本社を置くバイオテクノロジー企業であるジェネンテックが、もし腫瘍を個別に攻撃できるワクチンを開発しようとするのであれば、新しい科学的進歩を手に入れるだけでは済まない。まったく新しく、まだ誰も試したことのないビジネス・モデルを受け入れざるを得ない。なぜなら、メルマン博士とデラメア博士が考えているワクチンは、大量生産してまとめて包装し、倉庫に保管して、地方の薬局に既製品として出荷するという従来の方法がとれないからだ。

メルマン博士とデラメア博士がプレゼンで「個人ごとに調整する」と言ったのは、まさに本当だった。一つひとつのワクチンの組成は、各患者の腫瘍のDNAの特徴に基づいて決められる。要するにジェネンテックは、患者1人ごとに別々の治療をしなければならないのだ。

メルマン博士とデラメア博士の薬は、ジェネンテックの看板商品であるがん治療薬、ハーセプチン(Herceptin)やアバスチン(Avastin)のように、処方箋を持って行って注文し、数日後に手に入るような代物ではない。この薬を作るには、各患者ごとに、多段階の手順を、多数の施設で協調して実施しなければならない。各患者に対して、生体組織検査で腫瘍組織を採取して、全ゲノム・シーケンシング検査を実施し、検査結果に対して複雑なコンピューター解析をする必要がある。こうした過程を経てやっと、患者ごとのワクチンを設計して、製造の順番待ちに入れることができる。理屈の上では、もしワクチンを大量に製造することになれば、この手順を毎週数百回、繰り返すことになる。しかも、迅速にである。

手順のどこかの一つに食い違いがあったり、出荷に間違いがあったり、バッチが汚染されていたりすれば、死に結びつく可能性がある。がんは待ってくれないのだ。

ジェネンテックの経営陣が疑い深くなるのも当然だろう。

悲惨な初回のプレゼンの後、メルマン博士とデラメア博士は研究室に閉じこもった。数カ月後、彼らは、より強力なデータを引っ提げて戻ってきた。免疫細胞がすぐに攻撃できる特定のターゲットをがん細胞上に見つけたのだ。さらに、彼らのアプローチの実現可能性を確信させるような新しい研究結果が、他の学術グループから次々と報告されていた。決定的なのは、患者ごとに個別に仕立てた治療を経済的に実現可能にするために、ジェネンテック自体が最初の試験的な行動をどのように起こせばよいのか、その準備計画をメルマン博士とデラメア博士が立てていたことだ。

今回の反応は違っていた。同社の科学レビュー委員会は研究にゴーサインを出した。研究は2016年にクライマックスに達し、腫瘍治療のために個人ごとに調整したワクチンを製造する技術を持つドイツ企業のバイオンテック(BioNTech)と3億1000千万ドルの契約を締結するに至った。2017年12月に両社は、少なくとも10種類のがんを対象にして、世界中の施設で560人以上の患者が参加した大規模な人体実験を開始した。

ジェネンテック本社では、小規模だったメルマン博士とデラメア博士のチームは今や、ラボの孤独な研究者たちだけではなく、サプライチェーン専門家、規制の専門家、診断専門医、多数のコンサルタントなどで構成する数百人の大隊に膨れ上がっていた。チームの全員が、現在までに見られた目覚ましい効果の実証を続けるべく、いかにして会社を破産させずに有望な新製品の製造を大規模化するかという困難な仕事に集中している。

「今までに誰もやったことがないことなので、仕事を進めながら学んでいます」と言うのは、薬の効き目を管理するプロジェクトチームのリーダーを務めるショーン・ケリーだ。

この新領域に進出している企業は、ジェネンテックとバイオンテックだけではない。2017年の後半にマサチューセッツ州ケンブリッジに本社を置くバイオテクノロジー企業、モダーナ(Moderna)は、製薬会社大手のメルク(Merck)と提携して、固形腫瘍向けワクチンの人間での治験を開始する予定だと発表した。他にも、ダナ・ファーバー癌研究所(Dana Farber Cancer Institute)とワシントン大学の研究者たちが設立したネオン・セラピューティクス(Neon Therapeutics)は20 …

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