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「ガソリン車よりも環境に悪い」大型EVをメーカーが売り込む理由
Stephanie Arnett/MITTR | Envato
Huge EVs are far from perfect, but they could still help fight climate change.

「ガソリン車よりも環境に悪い」大型EVをメーカーが売り込む理由

米国人はとにかく大型自動車が好きだ。ピックアップ・トラックやジープ、SUVなど、必要以上に大きな自動車を欲しがる。電気自動車への移行を進めている自動車メーカーは、人気のある車種から電動化している。 by Casey Crownhart2023.03.30

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

スーパーボウルを観るとき、私はいつも会社員であることを忘れてフットボール・ファンとして熱中する。ところが2月12日の試合では、動画広告の内容に注目せずにはいられなかった。

試合中に放映されたいくつかの電気自動車のCMには、1つの共通事項があった。映し出された車が、すべてが巨大だったのだ 。

ゼネラルモーターズ(GM)の広告では、電動ピックアップ・トラックに乗ったウィル・フェレルがゾンビの大群に遭遇する。フェレルが乗っているのは「ハマーEV(Hummer EV)」だ。ラム(Ram)の製薬会社風コマーシャルは「時期尚早の電化」に関する不安をジョークにし、解決策としてラムのトラックを提案する。私のお気に入りは、ハイブリッドSUVの宣伝に動物たちが踊り、キャッチーな「エレクトリック・ブギ」が流れるジープの広告だ。

これらの広告動画を観ているうちに考えさせられたのは、最近よくニュースになっている事柄だ。つまり、米国の自動車はもう巨大だが、それがさらに大きくなっているということである。気候変動に対処するという名目で、企業は米国の巨大車両への執着に応えるようになっている。広告に出てくるのは、誰もが知っていて大好きなピックアップ・トラックやSUVの電化版なのだ。

消費者が望むものを提供することは、電気自動車の普及を促進する鍵になるかもしれない。だが大型電気自動車は、気候に悪影響を与える可能性がある。そこで今回は、大型電気自動車の問題について掘り下げてみよう。実際のところ、大型電気自動車にはどれほどの問題があるのか。そして私たちは、問題解決のために何をすべきだろうか。  

車のスーパーサイズ化

米国人は大型車に夢中——。こう言っても過言ではない。2022年、米国で最も売れた車のトップ3は、ピックアップ・トラックだった。米国で現在販売されている車両のうち、セダンやハッチバックは4台に1台しかない。

私は大型車文化の中で暮らしてきた。運転の仕方を学んだのは、間違いなく家族が乗っていた巨大なSUV、フォードの「エクスペディション」だった。フォレスト・グリーンのその車を、家族で「ハルク」と呼んでいた(後に買い替えたのは、同じモデルの白い車で、それは「イエティ」と呼んだ)。

そうした巨大な車は、ほとんどの人にとって欠かせないものではない。ピックアップ・トラックを運転する人の60%以上が、何かを牽引するために車を使うことは滅多にないか、またはまったく使わない。それよりも、大型車両は高級品であり、可能性の象徴なのだ。人々がピックアップ・トラックを買うのは、いつの日か、トラックの荷台へ家具を積み込んだり、キャンピング・カーを牽引したりしたくなると想像するからだ。

世界が排気ガスの削減を目指すようになり、自動車会社は売れ行きが良い車種の電化版を生産するようになっている。これは幸いなことかもしれない。人々が運転したいと思う電気自動車の選択肢が増えれば、路上を走る電気自動車は増えるかもしれない。そして、ガソリン車を減らすことにつながるかもしれない。テスラが電気自動車を米国で主流の選択肢にできたのは、(議論の余地ハあるかもしれないが)結局のところ、まずは格好いいと評価される車を生産したからだ。ちなみに、最も売れているテスラ車は「モデルY(Model Y)」。SUVだ。

だが、大型電気自動車を購入するよう人々を説得することができたとしても、それが正しい判断なのか、という疑問の声が聞こえるようになっている。

車両の大型化と深刻化する問題

電気駆動であろうとなかろうと、巨大な車にはいくつかの大きな問題がついて回る。大型車は道路をより激しく摩耗させ、傷を残す。大型車からは車外の様子が見づらく自転車に乗る人や歩行者に危険が及ぶ可能性が非常に高くなる。

また、大型車両は単純に効率が悪い。私が乗っていたフォードのエクスペディションは、高速道路でガソリン1リットル当たりおよそ7キロメートル走るが、同じ年に製造されたセダンなら、最大12キロメートルも走れるのだ。大型電気自動車の場合、効率が悪いということは、より大きな電池が必要になる。

比較的小さなセダン型電気自動車である日産「リーフ」は、40キロワット時(kWh)の電池を搭載している。フォードの電動ピックアップ・トラック「F-150ライトニング」が搭載する電池の容量は98キロワット時。リーフの2倍以上だ。そして巨大なハマーEVの電池は、210キロワット時という驚くほどの容量になっている。

電池には、その容量にほぼ比例して多くの材料が必要になる。ハマーEV1台分の電池を作る材料で、日産リーフ4〜5台分の電池を作れる。

自動車のトレンドが今と同じまま続くなら、今後数十年の間に大量の電池材料が必要になることはすでに明らかだ。自動車の所有台数が将来ほぼ同じであると仮定すると、リチウムの需要は2040年までに40倍に増える可能性がある。2035年までの電池需要に応えるためだけに、新たに300の鉱山が必要になるとの試算もある。そして鉱山の建設には10年近くの時間と、何億ドルもの費用がかかる。

しかし、将来どれだけの材料が必要になるのかは、私たちが選び、運転する車の大きさに左右されるのだ。  

電気自動車の需要を満たすために必要な電池材料の量を、複数のシナリオ別に算出した最近の研究がある。この研究から分かったことは、当然ながらより小さな電池を選び、車を所有し運転する人が少ないほど、必要になる材料は少なくなるということだった。

だがそれぞれのシナリオの差は、なかなかに目を見張るものだった。たとえば最悪のケースと、この研究で「現状維持」と見なされているケースとの違いを見てみよう。リチウムに関して言えば、人々が今と同じように車に乗る現状維持シナリオでは、2050年には30万6000トンが必要になる。電池が大きくなれば、その量は50%増量して48万3000トンに膨らむかもしれない。

電池の製造に必要な材料を使い果たしてしまうわけではない。だが必要な鉱山が1つ増えるたびに、人と環境の両方に影響が出る。鉱業は環境を汚染することが多く、特に水路が危険に晒されやすい。そしてこの産業は、世界各地で基本的人権の侵害に関与している。よって、電池が大きくなるほど、対処しなければならない問題も大きくなる。

自動車も、大きなものほど気候変動に大きな影響を及ぼすだろう。最も劇的な例として、ハマーEVとセダンのガソリン車を比べることができる。

電気自動車は、それ自体が化石燃料を燃やさないとしても、完全に温室効果ガスを出さないわけではない。電気自動車の製造、特に電池の製造にはエネルギーが必要だ。そして大部分の電気自動車に供給されている電力は、現在のところ送電網を経由して送られており、ほとんどすべての送電網は部分的には化石燃料で発電した電力を送っている。

電池の製造から電気自動車の充電にかかるライフサイクル排出量を計算すると、同じ車種なら、ガソリン車よりも電気自動車の方がほぼすべてのシナリオで優れている。しかし、異なる車種を比較すると話は変わる。クオーツ(Quartz)の試算によれば、ガソリン車であるトヨタのカローラは、実際のところハマーEVよりも走行距離当たりの温室効果ガス排出量が少ないという。つまり現時点では、ハマーEVの方が気候により大きな悪影響を及ぼすのだ。

誤解のないように断っておくと、みんなで古いガソリン車のカローラを買いにいこう、という話ではない。電気自動車は、巨大な車種であっても、環境に与える悪影響がどんどん減っているのだ。2040年の送電網で充電するハマーEVは、電源構成で見ればより多くの再生可能エネルギーを使うはずだ。よって、現在路上を走っている同型車よりも排出量を減らしていることになる。またその頃には、鉱業や重工業が気候に与える影響も軽減されていると期待したい。

では、今すべきことは?  

車を運転する機会を全体的に減らすことができれば、とても有効だろう。私が現在住んでいる街は、歩きやすい街だ。車は1台も持っていないが、快適に暮らしている。とはいえ、もう二度と運転の必要がないと考えるのは、あまりに早計だろう。政策措置は、より多くの都市が私の住む街のようになることを後押しできる。あるいは少なくとも、公共交通機関を補助したり、徒歩や自転車のためのインフラを支援したりして車の利用を減らすことはできるはずだ。

また、小型車を運転することを選ぶ人が増えれば、それもすばらしい効果を生むだろう。政府の行動は、そこでも大きな助けになれる。大型車両にはより高い税金を課したり登録料を高く設定したりすることもできるはずだ。少なくとも、大型車両が損傷した公道を補修する費用を請求すべきだろう。また、安全基準の見直しも必要になる。 

ところが現在の米国の状況では、大型車両は自由に走り放題だ。私が愛する身近な人々の中にも、そう簡単にはF-150ライトニングを手放しそうにない人たちがいる。

私たちは気候変動に対処する必要があり、大型車であったとしても、電気自動車は主要な解決策になる。だが、人々が自分が必要とするものを超える車でなく、見合う車を選んだり、走行量を減らす方法を見つけたりできれば、さらに良い結果を得られるのだ。

新車の購入を検討しているならば、あなたが本当に必要としているのは何か、じっくり考えてはいかがだろうか。それでも大型車を運転したいのなら、少なくとも電気自動車を選ぶべきだろう。

関連記事

スーパーボウル広告とマッチョな電気自動車について、アリッサ・ウォーカーの書いたこの記事は秀逸だ。「これらの自動車は、電化の未来として考えられるうちの最悪の未来を象徴している」。(カーブド

ワイアードが12月に掲載したこの記事は、巨大電気自動車の問題を痛烈に書き出している。特に良かったのは、カリフォルニア大学デービス校のプラグイン・ハイブリッド車・電気自動車研究所で所長を務めるギル・タルによる「夢のために自動車を買っている。それが大きな問題だ」という指摘だ。(ワイアード

交通機関で気候変動問題対策を進展させることに関しては、私はやや現実的に考えている。ハイブリッド車の潜在的な役割に関して、2022年に公開した私の記事はこちらだ。(MITテクノロジーレビュー

気候変動関連の最近の話題

  • 電池リサイクル業者のレッドウッド・マテリアルズ(Redwood Materials)は、リサイクル施設の建設のために米国政府から20億ドルの融資を獲得した。(ブルームバーグ
    →この企業の内側を覗き、電池をより安く、より持続可能にするためにリサイクルがどう役立つのかを知るには、本誌の記事を読んでほしい。(MITテクノロジーレビュー
    →レッドウッド・マテリアルズの創業者でありテスラ元幹部のJ. B. ストラウベルは、電池のリサイクルをいっそう加速させる必要があると考えている。(MITテクノロジーレビュー
  • 電気化学は、重工業全体で気候変動への対処に役立つ可能性がある。その内容について、知るべきことはこちら。(ウォール・ストリート・ジャーナル紙
  • 「修理する権利」法は、テック企業が環境へ与える影響の緩和に役立つかもしれない。しかし大手テック企業のロビイストがこの法案に関与しており、その恩恵が削がれる可能性がある。(グリスト
  • エクソン(Exxon)は、気候変動への取り組みの一例として長い間宣伝してきた、藻類バイオ燃料プログラムを放棄しようとしている。(ブルームバーグ
  • 港湾への動力供給に電力を使えば、大気汚染を大幅に減らすことができるかもしれない。(キャナリー・メディア
  • 米国の新しい財政的支援は、気候変動問題の解決に関して個人に力を与える可能性がある。インフレ抑制法による気候への影響のうち、実に30%は、車や住居に関する人々の選択から生じるものなのだ。(ワシントンポスト紙
    →とはいえ、この法案の効果を予測することは想像より難しい。(MITテクノロジーレビュー
  • 水素燃料電池トラックのスタートアップ企業、ニコラ(Nikola)が燃料供給システムの開発に着手した。同社は2026年までに、大型トラック7500台への燃料供給を計画している。(ウォール・ストリート・ジャーナル紙
  • 気候変動は、メープル・シロップの生産を狂わせているかもしれない。サトウカエデは、特定の条件下でのみ樹液を作り出す。しかし、この木が育つ米国北東部とカナダでは、冬の気候が変化している。(ブルームバーグ
  • ニューヨーク市のパイロット・プログラムは、ガスコンロのIH(電磁調理器)への切り替えが、室内空気の品質改善にどれだけ役立つのかを示している。(インサイド・クライメート・ニュース
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ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
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