KADOKAWA Technology Review
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陰謀論は国をどう動かしたか
「検閲産業複合体」説を
追った9カ月調査
Matthieu Bourel
倫理/政策 Insider Online限定
How ideas of a vast censorship network moved from the online fringe to Trump policy

陰謀論は国をどう動かしたか
「検閲産業複合体」説を
追った9カ月調査

政府や学者、テック企業が結託して保守派の言論を封じている——ネット右派の周縁部で生まれた「検閲産業複合体」という考えは、今や米国の最高権力にまで到達した。一介の企業弁護士だった活動家マイク・ベンツがいかにこの説を広め、議会を、そして大統領を動かしたのか。10万件超の投稿と数十万ページの記録を分析した9カ月の調査を報告する。 by Martin Sona2026.09.25

この記事の3つのポイント
  1. 調査報道でR/FIMI閉鎖など米政府機関解体の背景に「検閲産業複合体」陰謀論の拡散が判明
  2. 2016年SNS検閲論争やパンデミックを経て、ベンツら少数の個人がこの説を主導し右派に浸透
  3. USAID解体や外交摩擦を招き、外国の情報工作への対抗力低下という代償を生んでいる
summarized by Claude 3

2025年4月のある朝、米国務省の小さな一部署の職員たちに、そのメールが届いた。それは、彼らの多くが恐れていたメールだった。

それまで数カ月にわたり、イーロン・マスクの政府効率化省(Department of Government Efficiency:DOGE、ドージ)は連邦政府機関を幅広く席巻し、科学研究から社会保障、国際援助に至るまで、あらゆる分野に携わる組織を解体していた。そのため、外国による偽情報の追跡を任務とする「外国情報操作・干渉対策部(Counter Foreign Information Manipulation and Interference Hub:R/FIMI)」の職員たちの多くは、30分後に集まるように求める通知を受け取ったとき、ついにその時が来たと感じた。

「私たち全員が、いつか彼らが私たちの事務所を閉鎖する日が来るという話を聞いていました」と、元職員の1人は話す。この職員は、報復を恐れて匿名を希望した。

国務省公共外交担当次官代理を務めていた極右扇動家のダレン・ビーティーは、集まった職員たちに対し社交辞令のあいさつをすることもなく、同部門が閉鎖され、職員たちの仕事は廃止されると話した。部屋の中の雰囲気は重苦しさと憤りの間で揺れ動き、「多くの若くて献身的なスタッフが泣き声を上げ、打ちひしがれていました」と、前述の元職員は言う。

しかし、国務省の他の場所では、R/FIMIの閉鎖は祝うべき知らせだった。

「私たちは国務省を通じて、米国における政府主導の検閲を終わらせました」と、マルコ・ルビオ国務長官は、直後に実施されたインターネット右翼活動家マイク・ベンツとのビデオインタビューで発表した。

「これは明らかに素晴らしいニュースです」とベンツは応じ、その後、長年宣伝してきたある説を主張した。「今や多くの人々が、『国務省は私を検閲したのだろうか?』と疑問に思っています」。

国務省が米国の国民を黙らせることに取り組んできたという考えは、おそらく多くの人にとって馴染みのないものだろう。しかしこの主張は、10年にわたり極右のブログやポッドキャスト、ソーシャルメディアで宣伝されてきた、より大規模な陰謀論ネットワークの重要な一部である。その基本的な説は、偽情報と闘うという名目の下で、政府機関や学者たち、市民社会団体、巨大テック企業のプラットフォームといったさまざまな組織の集合体(この説の信者たちが「検閲産業複合体」と呼ぶもの)が、ネット上の保守派やポピュリストによる言論を抑圧することに取り組んできたというものだ。この「偽情報」との闘いをベンツは2025年のポッドキャストで「偽装した検閲」と述べた。R/FIMIは、同じ任務を担っていた前身の組織であるグローバル・エンゲージメント・センター(GEC)と共に、長年にわたり右派の標的の1つであった。それが今や、最新の犠牲者の1つとなったのだ。

第2次トランプ政権の検閲に対する闘いのせいで、米国土安全保障省のサイバーセキュリティ・インフラセキュリティ庁(CISA)、FBIの外国影響力タスクフォース、米国国際開発庁(USAID)など、数多くの政府機関が廃止された。それにより、選挙や世論へ影響を与えようとする外国勢力の試みを追跡して対抗するインフラが、徹底的に破壊されてしまった。またこの闘いは、特定の個人や産業全体に対する広範な渡航禁止措置や制裁を正当化する目的でも利用されてきた。さらに、米国民の声を封じ込めていると批判者たちが指摘するテック規制をめぐって、欧州連合(EU)との緊張も招いている。そしてこの動きは、米国の国家安全保障戦略の形さえも変えてしまった。

しかしその影響範囲は、米国の官僚機構や学界、あるいは市民社会団体に限定されない。検閲に関する考えを武器化することは、ネット上で情報を得たり、互いに交流したりする世界中の何十億人もの人々(つまり、ほぼすべての人々)にも影響を及ぼしている。

彼らが検閲と見なしてきたものの多くは、実際には、インターネットをより安全にするための取り組みの一環である。これには、女性や子どもを対象とした同意のない性的コンテンツがネット上でどれくらい頻繁に生成されているか定量化する取り組みや、ネット上のストーカー行為やドキシング(個人情報を晒す行為)、その他の犯罪の被害者が正義を求めるのを支援する取り組みが含まれている可能性がある。あるいは、ネットでやり取りしている相手が本物なのか、たとえば米国人有権者を装った外国の工作員かを識別する取り組みもあるかもしれない。

しかし、この考えはどこから生まれたのだろう?

過去9カ月にわたり、MITテクノロジーレビューとタイプ・インベスティゲーションズ(Type Investigations)は、その考えの起源を掘り下げて調査し、極右による比較的ニッチな陰謀論がどのようにして第2次トランプ政権の幅広い行動に影響を与えることができ、現在も影響を与え続けているのか、追跡調査してきた。検閲産業複合体(CIC)という説は、国内および世界の両方におけるトランプ政権の行動の背景にある論理を、非常に多くの方法で説明する考えである。

この説がどのようにして情報の世界の周縁部から抜け出して米国で最も権力を有する人物たちの意思決定に影響を与えたのか理解するため、私たちはオープンソース手法を用いて右派系Webサイトからコンテンツを収集した。そしてその数十万ページにも及ぶ公的記録、動画、ポッドキャストを精査し、このナラティブ(物語)を宣伝した10万件以上のソーシャルメディア投稿を分析した。分析の結果、この考えのルーツは深く広く根付いているものの、検閲産業複合体という概念の枠組みは、2023年初頭に少数の個人が推進力となって本格的に広がり始め、密接に結びついた右派団体とメディアにより後押しされたことが分かった。

この取り組みの中心にいるのが、2025年4月にルビオ国務長官のインタビュー相手を務めたマイク・ベンツである。ベンツはドナルド・トランプの第1次政権に短期間在籍した経歴がある。しかし、テイラー・スウィフトはNATO(北大西洋条約機構)のスパイであるという陰謀論や、政権入りする前に匿名で公開した白人のアイデンティティを擁護するコンテンツなど、その考えのいくつかが信者を集めているにもかかわらず、ベンツの人物像はほとんど不明のままである。私たちの分析で、特にベンツが検閲産業複合体説の拡散においていかに不可欠な存在であったかが明らかになった。私たちは、ベンツがネット上の関連コンテンツを最も多く制作した人物であることを突き止めた。それらのコンテンツは、次に右派のメディアやポッドキャストに取り上げられ、最終的には米国の最高権力層にまで届いていた。ベンツの活動は議会、そして最終的には大統領の行動を促し、彼個人に対しても注目と金銭的利益の両方を生み出した(ベンツに何度かコメントを求めたが、返答がなかった)。

昨年4月、国務省でのインタビューの終盤、ルビオはベンツに向けて親しげに指で銃を撃つ仕草をした。「この問題に注目してくれてありがとう」とルビオは言った。「あなたが長年これに取り組んできたことは知っています」。

不満の起源

あらゆる陰謀論を支えているのは、独自に組み合わされた「不満」と「影の黒幕」という要素だが、核心部分においてこの2つは驚くほど似ている。その始まりは、多くの場合、周縁部で活動する少数の熱心な信者たちである。彼らは、権力者たちに関する隠された真実を暴くと主張する。また、信者たちに秩序と意味を提供し、集団としてのアイデンティティを作り出したり、確立したりする。そして、最も成功している陰謀論は、一抹の真実を含んでいる。

これは、「最高のプロパガンダキャンペーン」の特徴でもあると、米国の情報当局に長年携わるデビッド・ミラーは指摘する。デビッド・ミラーは米国務省の外交官研修所(Foreign Service Institute)で、将来の外交官たちに対し、そのようなアジプロ(扇動を目的とした宣伝)の識別方法を長年教えてきた。「それらが単に完全な嘘であることはめったにありません」と、デビッド・ミラーは言う。「たいていは何かを誇張しているか、実際に起きたことを事実とは異なるものへと増幅しています」。

それは、ネット上の右派を標的とする検閲という考えにも当てはまる。2016年にフェイスブックの匿名の元従業員が、同社は「トレンドトピック」セクションで保守的なニュースを抑制していると主張した。フェイスブックは慌てて「事実と異なる」と説明し、保守派を安心させたが、それでも担当の編集者たちを解雇した。それから間もなくして、2016年の米国大統領選挙や英国のEU離脱(Brexit、ブレグジット)国民投票におけるロシアの影響工作を受け、ソーシャルメディアプラットフォーム各社は外国からの偽情報を排除するため、コンテンツモデレーションの取り組みを強化した。そうすることによって、しばしば偽情報に対するプラットフォームポリシーへの違反を理由に、一部の保守派の声を排除する結果にもなった。

右寄りのインターネット・ユーザーにとって問題がある、または虚偽とフラグ付けされた投稿やアカウントは、「確かに、彼らの信念体系と合致するもののように思えました」と、デラウェア大学政治コミュニケーションセンターのダナガル・ヤング所長は言う。「ロシアは入念に下調べをしていたため、同国のプロパガンダ担当者が作り出すような類いのことは、米国の人々が話すであろうこととそれほど異なっていませんでした」。

それは、私たちの集合的なデジタル生活における泥沼の瞬間だった。良くも悪くも、誰もが世界中のオーディエンスに瞬時に広めるためのメガホンのような手段を与えられたことは、それまで一度もなかった。そうした新たな力により、コンテンツを取り締まる必要があるとすれば、そのコンテンツをどのように誰が取り締まるべきかということに関する、難しい疑問が生じることとなった。たとえば、もし外国の諜報機関が市民を操るためにソーシャルメディア上で一斉に別人を装った場合はどうすべきだろうか? 誰であれ、ある人物が挑発的な発言や、嫌悪を引き起こす発言、または暴力を煽る意図の発言をした場合は? あるいは、直接的に暴力を呼びかけてはいないものの、それによって暴力を引き起こしかねないことを言った場合は? ソーシャルメディア企業に対し行動を求める圧力は、計り知れないほど大きかった。

そしてほぼリアルタイムに、テック企業、そして政府の官僚、研究者、ジャーナリストたちも、地図がない中で道を切り開かなければならなかった。「誤情報」や「偽情報」と見なすことができるものについて、情報を提供し、さらには判断を下すのを支援するため、新たな分野が発展した。しかしどちらの用語についても、明確な定義は存在しなかった(「検閲」も同様)。こうした取り組みの結果、各プラットフォームは過去10年にわたり、フェイクニュース、陰謀論、外国による隠された影響からユーザーを守るための措置を講じてきた。その過程で、テック業界の一部のリーダーたちが後に主張したように、時にやり過ぎることもあった。「検閲」(プラットフォームはコンテンツモデレーションの意味でこの用語を使っていた)のない空間を作り出すことを目的に、代わりのサービスやプラットフォームが次々に誕生した。パーラー(Parler)やギャブ(Gab)などは、右寄りの声に合わせる傾向があった。それらのサービスは、後にそれ自体が、アップルやグーグルのアプリストアから排除されたり、ホスティングサービスや決済サービスによって利用が禁止されたりした。

2020年にハンター・バイデンのノートPCに関するニュースが抑制された件など、注目を集めた出来事は、保守派を標的とした検閲という考えを一貫して存続させてきた。そして、ベンツのようなネット上のインフルエンサーたちは、起きた出来事を都合よく歪曲し、米国政府の特定の部門を崩壊させ、自分たちの意見に反対する人々を黙らせることに成功してきた。

とりわけ新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、「検閲」というナラティブを広めるための理想的な温床であることを証明した。公共機関への信頼が急激に落ち込み、この危機に関する有害な噂がネット上で急増する中、Facebook、Twitter、YouTubeといったプラットフォームは、何がCOVID-19関連の誤情報 (パンデミックの起源に関する主張を含む)と見なされるか判断し、投稿を削除し、ロバート・F・ケネディ・ジュニアのような有名なワクチン否定論者を利用禁止にした。時には、連邦政府の一部から促されてそのような措置を講じることもあった。

パンデミックは「保守派の過激化において極めて重要な転機となりました」と、ヤングは言う。「彼らは、『これはおかしい。全員が検閲されているのではなく、私たちだけだ』と感じていました」。

2021年1月6日に米国会議事堂で発生した暴動(それ自体、2020年の大統領選挙が盗まれたという虚偽の主張によって突き動かされた)を受け、ソーシャルメディア各社はより強硬な措置を講じた。中には、さらなる暴力を煽る可能性があるとして、大統領の利用を停止するプラットフォームもあった。しかし、トランプの同盟者や支持者たちにとって、この措置は、自分たちの声を検閲し、大統領が権力を維持できないようにするため、裏で何者かのネットワークが動いているという考えをさらに強めただけだった。

「トランプは、2020年に米国政府によって、まさに自分の目の前で、存在が消されるくらい徹底的に検閲されて敗北しました。米国政府は外部のNGOや国防総省のフロント団体のネットワークと協力し、トランプが発信していたほぼすべてのナラティブを大規模に検閲しました」と、ベンツは後にジョー・ローガンのポッドキャストで語った。これが検閲の闇の力の証拠であると、ベンツは結論づけた。

2022年4月、政府の検閲に関してネット上であれこれ議論する者たちは、現実世界の悪役を見つけた。バイデン政権は、この分野における米国土安全保障省の取り組みを調整するため、「偽情報ガバナンス委員会(Disinformation Governance Board)」の創設を発表していた。同委員会のトップには、東欧におけるロシアのプロパガンダへの対抗で経験を積んでいたニーナ・ヤンコウィッツが就任することになっていた。

しかし、その立ち上げは上手くなかった。極右勢力にとっては、この組織の名前が不吉な響きであったことと、実際の活動内容に関する詳細があまり明らかにされなかったことで、同委員会は別の名前で政府の検閲が実施される決定的な証拠と見なされた。ワシントン・ポスト紙が報じたように、フォックス・ニュースは同委員会創設の発表から1週間にわたり、ニュース枠の70%をヤンコウィッツやこの組織の報道に充てた。フォックス・ニュースで司会者を務めるショーン・ハニティはヤンコウィッツのことを、「全米で最大の悪質な偽情報加害者かつ拡散者の1人」と表現した。後にR/FIMIを閉鎖したトランプ政権当局者のビーティーは、ヤンコウィッツを「バイデンの新たな真実大臣」と呼び、一方でベンツは、彼女が「英国王室の登録代理人」であると主張した。ヤンコウィッツは全面的な嫌がらせキャンペーンの標的となり、殺害の脅迫も複数受けた。

ヤンコウィッツはまた、政府機関や当局者を相手取った訴訟の中でも、「好ましくない発言者、見解、コンテンツを抑制するためにソーシャルメディア企業と公然と結託した」として名指しされた。ベンツは、この訴訟を支持する法廷意見書を提出した。

最高裁は2024年にこの訴訟を棄却したが、その時点でヤンコウィッツはとっくに姿を消していた。同委員会の発足からわずか3週間後に、「卑劣な個人攻撃や身体的脅迫」を理由に辞任していたのだ。委員会の会合は一度も開かれなかった。

2023年2月、保守系メディア『ザ・フェデラリスト(The Federalist)』に寄稿するマーゴット・クリーブランドが、「トランプ嫌悪がいかにして検閲産業複合体を生んだか」と題した記事の中で、これらの出来事に対する右派の認識に、今やよく知られるようになった枠組みを与えた。

「バイデン政権は『偽情報委員会』の創設計画を断念したかもしれないが、より陰湿な『検閲複合体』はすでに存在しており、警戒すべき速さで拡大している」と、クリーブランドは書いた。「その資金調達や協調体制には、政府、学界、大手テック企業、非営利団体、政治家、ソーシャルメディア、伝統的なマスコミが関与している。それらの団体は、いわゆる誤情報や偽情報、悪意ある情報と闘うという名目の下で、極左が世論を支配し、ひいては国や世界を支配する力を脅かす言論を封じ込めようとしている」。

私たちがソーシャルメディア投稿を分析したところ、クリーブランドの記事は168のアカウントによって共有されていた。検閲産業複合体に関することがこれほど多くのさまざまな人々によってシェアされたのは、初めてのことだった。その人気ぶりは、人々が検閲産業複合体という枠組みに引き付けられる準備ができていることを示していると、クリーブランドは私たちのインタビューで語った。「検閲産業複合体という考えは、間違いなく人の心を引き付けます。人々はそれが何を意味するのか理解しています。軍事産業複合体は1950年代から存在しているのですから」。

記事の公開からわずか数週間後、この考え方は急速に主流の認識となった。

当時、新たにツイッターのオーナーとなったイーロン・マスクは、マイケル・シェレンバーガーとマット・タイビを含む一部のジャーナリストに社内文書を提供していた。その目的は、ツイッターにおける「言論の自由の抑圧」を暴くことだった。

シェレンバーガーとタイビが突き止めた事実は、右派を標的とする陰謀とは程遠いものであると …

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