KADOKAWA Technology Review
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How Mushrooms Could Repair Our Crumbling Infrastructure

老朽インフラに希望、ひび割れを修復する魔法のマッシュルーム

社会を支えるコンクリート製のインフラは劣化が進み、ゆっくりと崩壊しつつある。ラトガース大学の研究チームは、コンクリート上でも育つある種のマッシュルームが炭酸カルシウムの生成を促し、道路や橋の修理に役立つ可能性があることを見い出した。 by Emerging Technology from the arXiv2017.09.11

米国は世界最先端の経済圏のひとつを所有している。しかし、社会を支えている道路、橋、歩道などのコンクリート製インフラは、ゆっくりと崩壊しつつある。コンクリート劣化には複雑な修理が必要になるため、作業の長期にわたる遅れを引き起こし、最も深刻な場合は構造破損に繋がる恐れがある。

コンクリートの劣化は同時に、コストがどんどん高くつくという問題も抱えている。修理されずに残った小さなひびが大きなひび割れに発展すると、金属の補強構造が露出し、ダメージを受けた場合の修理はより高額で複雑なものになる。米国土木学会によれば、この問題が対処されなければ、2025年までにビジネスの喪失により米国経済におよそ4兆ドルの損失をもたらすという。

より優れた、より安価なコンクリートの修復方法が切望されているのは明らかだ。

そこに登場したのが、ニュージャージー州ラトガース大学のニン・チャン(Ning Zhang)准教授の研究チームである。チャン准教授たちは、崩壊しつつあるコンクリートを自動的に修復することによって、いつの日か国家を維持するのを助けられるような秘密の材料を発見したという。その新材料とは何か?  マッシュルームなのだ。

まず、いくつかの背景について説明しておこう。材料科学者たちは長い間、コンクリートを自己修復させるのに役立つ秘密の添加物を探し求めてきた。1つのアイデアとして、樹脂を含んだポリマー繊維でコンクリートを満たしておき、漏れ出した樹脂でひび割れを埋めるというものがあった。

このアイデアは一瞬だけ期待が持てそうに見えた。しかし、コンクリートと樹脂の熱膨張特性が異なるため、ひび割れをより悪化させる場合がしばしばあることが判明してしまった。

炭酸カルシウムは樹脂よりも優れたひび割れの充填材になる。コンクリートとよく結合し、似た構造特性を持っているからである。さまざまなバクテリアがこの種の鉱物質を生成するが、同時に、アンモニアのような窒素化合物を含むほかの副産物も大量に放出する。こうした副産物が道路や環境にダメージを与える可能性がある。

そのため、材料科学者は他の選択肢を求めている。そしてついにチャン准教授たちは、トリコデルマ・リーゼイ(Trichoderma reesei)と呼ばれる菌類の一種を発見したという。トリコデルマ・リーゼイは幅広い条件の下で発芽し、炭酸カルシウムの形成を促進する繊維状のかびを生成する。

チャン准教授たちのアイデアは、コンクリートを混ぜるときに菌類の胞子を追加し、コンクリートにひび割れが生じるまで休眠させておくというものだ。ひび割れが生じて、その中を水が流れると胞子が発芽し、炭酸カルシウムの形成を引き起こす菌の繊維がひび割れを埋める。すると、やがては穴が塞がるという仕組みだ。

以上が彼らの理論であるが、問題は実際にうまくいくかどうかだ。そこで、チャン准教授たちは、可能かどうかを明らかにする研究に着手した。

研究チームはペトリ皿にコンクリートを入れて固定し、それぞれの塊に増殖用の培地を入れて、さまざまな種類の菌類を追加した。そして、コンクリートが強アルカリ性の状態を促進する中で、どの菌類が成長するかを見守った。

実験の結果、試したすべての菌類の中で、トリコデルマ・リーゼイだけが、pHが13にまで高まったときでもきちんと育つことが判明した。チャン准教授たちは、繊維構造を顕微鏡下で研究し、X線回折を使用してトリコデルマ・リーゼイの残した堆積物を分析した。「データは、トリコデルマ・リーゼイの菌糸が炭酸カルシウムの沈殿を促進できることを強く示唆していました」という。

電子顕微鏡の画像は、繊維が残した鉱物化した構造をはっきりと写し出している。

もちろん、今回の実験で、コンクリートを混ぜるときに加えられたトリコデルマ・リーゼイの胞子が、生き残れることが証明されたわけではない。実際、一見したところでは難しそうだ。胞子はコンクリートの中の気孔に収まる必要があるだろう。

チャン准教授たちは、コンクリート内の気孔を測定し、平均で直径約1マイクロメートルであることを突き止めた。しかし、トリコデルマ・リーゼイの胞子はもっと大きくて、直径約4マイクロメートルである。これでは、コンクリートと混ぜ合わせた時、胞子が粉砕されてしまう。

チャン准教授たちによれば、混ぜ合わせたコンクリートに気泡を追加することで問題を解決できる可能性があるというが、さらなる研究が必要だ。

この興味深い研究には重要な長所がある。もしトリコデルマ・リーゼイが米国の崩壊しつつあるインフラを修復できる魔法のマッシュルームであることが判明したら、大きな恩恵をもたらすだろう。しかも、環境にやさしい。菌類は人間が関わっている限り害はなく、炭酸カルシウムを生成する過程で大気から炭素を固定する。つまり、重大な温室効果ガスである二酸化炭素を取り除くのだ。

もちろん、胞子がコンクリートの中で生き延びられるかどうかを判断するには、この先もまだまだ研究が必要である。しかし、初期の成果は、より詳細な研究を実施するに値するものだ。

(参照:arxiv.org/abs/1708.01337 : Screening of Fungi for Self-Healing of Concrete Cracks:コンクリートのひび割れの自己修復に使用する菌類の選考)

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