エマ・ピアソン(コーネル大学)

Emma Pierson エマ・ピアソン(コーネル大学)

AIツールとデータ科学を駆使して格差発生のメカニズムを解明。平易な言葉で一般の人々に研究成果を説明したり、政策決定への影響力を持つ団体に直接働きかけたりしている。 by MIT Technology Review Editors2022.01.14

コーネル大学のコンピューター科学者であるエマ・ピアソン助教授は、人工知能(AI)と最新のデータ科学・モデルを武器に、性別、人種、社会経済集団、その他の人口統計のカテゴリーの違いによって健康格差が生じるメカニズムの解明に取り組んでいる。「大げさな言い方になりますが、数学を使って、大規模なデータセットからパターンを見つけています。健康や社会科学における昔からの疑問に答えを出すためのパターンを探しているのです」と、ピアソン助教授は言う。

ピアソン助教授が取り組む「昔からの疑問」の詳細は広範に及ぶが、重視しているのは、公衆衛生における構造的不平等がどのように生じるかを解明し、解消の糸口を見い出すことだ。例えば最近では、携帯電話データを分析し、特定の「スーパースプレッダー」の居場所が、集団中の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染拡大の主要な要因であること、そして、低収入およびマイノリティのコミュニティはより大きな感染リスクにさらされていることを示した。

新型コロナのパンデミック以外では、ピアソン助教授の研究チームは最近、10年分のデータを分析し、米国において警察による車両停止にどの程度の人種格差があるかを示した。また、109カ国の数百万人の女性たちの生理周期データの分析に基づいて、気分と行動への影響が万国共通であることを示し、女性の健康にまつわる議論における汚名をすすぐことを求めた。深層学習を用いてひざの痛みのデータを解析した研究では、社会的に不利な人種集団や低所得集団の患者で、この健康問題がしばしば正確に測定されておらず、さらにはより深刻であることを明らかにした。

ピアソン助教授は、こうした研究成果を学界の枠を越えて届けることを、自身の使命と考えている。ニューヨーク・タイムズ紙やアトランティック誌に定期的に寄稿し、多くの読者に向けて、平易な言葉で研究内容を解説している。政策決定への影響力をもつ団体に、直接的な働きかけもしている。車両停止の人種格差に関する研究は、のちに無作為の車両停止を削減するというロサンゼルス警察の発表につながった。また、各州の保健当局は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関するピアソン助教授の知見をもとに、ビジネスを安全に再開させるための指針を決定した。

数学オタクを自称するピアソン助教授は、スタンフォード大学で物理学の学士号とコンピューター科学の修士号を同時に取得したあと、ローズ奨学生としてオックスフォード大学に渡って統計学の修士号を取得し、その後スタンフォードに戻ってコンピューター科学の博士号を取得した。

「人々の生活に密接に結びついている問題を扱いたいのです」と、ピアソン助教授は言う。「この問題意識は、私の家族の病歴から来るものだと思います」。2011年12月、ピアソン助教授は自身が乳がんと卵巣がんのリスクを増大させる遺伝的変異のキャリアであることを知り、これをきっかけに、ヘルスケアと医療に貢献する研究に専念するようになった。

ヘルスケアなどの業界で扱われるデータセットはとてつもなく巨大で、ピアソン助教授が習得したような分析テクニックがなければ、本当の意味で理解することはできない。数百万のデータポイントを含む数千人の人々のゲノムデータや、何テラバイトもの情報からなる多数の患者たちの医用画像などだ。AIツールは、こうしたデータを整理し、生身の人間が容易には特定できないパターンを探し出すことができる。「コンピューター科学の手法は、ここでは選択肢のひとつではありません」と、ピアソン助教授は言う。「唯一の解決法なのです」。

(Neel V. Patel)