安田クリスチーナ:分散型ID技術で、見落とされがちな人々に力を
コネクティビティ

She want to empower vulnerable people with distributed identity technology 安田クリスチーナ:分散型ID技術で、見落とされがちな人々に力を

幼い頃から富裕国と貧困国との差を目の当たりにしてきた安田クリスチーナ。Innovators Under 35 Japanの1人にも選ばれた安田は、分散型ID技術を使ったデジタル身分証明書の普及に取り組むことで、人々に力を与えようとしている。 by MIT Technology Review Japan2021.04.14

氏名、年齢、出生地、出生年月、学歴、職歴……。私たちは「自分」を証明するための、他人とは違うさまざまな識別情報を持っている。そして「自分」だと認証してもらうため、運転免許証やパスポートなどの「現物」を提示して、用途に応じた権限を与えられる。現実世界ではこのように、「識別・認証・認可」というやりとりを通じて、信頼の構築が可能になっている。だが、デジタル空間においては、こうした「自分」を証明する普遍的な手段が存在していない。

その一方で、インターネット上のサービスを受けるとき、私たちは自らの情報を大量に入力している。だが、それらはグーグルやアマゾンといったサービス提供者のサーバーでそれぞれ管理され、自分の情報であるにもかかわらず、他のサービスへ横断的に扱うなど、ユーザーが自由にコントロールすることはできない。

そうした“従来の身分証明の仕組み”を、先端的なテクノロジーを用いて“新しい仕組み”に導こうとしているのが安田クリスチーナである。

「デジタル空間で信頼を構築し、自分で自分の情報をコントロールできるようになれば、国家や企業に依存せずに、“自分”を証明できます。そうすれば、貧困や紛争などの理由で公的な身分証明書を持たない人々、見落とされがちな人々が、医療や教育などの基礎サービスをスムーズに受けられ、雇用機会も増えます。自分らしく生きられる可能性も高くなるのです」

安田が描くこのゴールの実現には、「自己主権型アイデンティティ」という“思想”と「分散型ID」の“テクノロジー”が鍵となる。自己主権型アイデンティティとは、個人が自身の情報を所有し自分の意志で自分の属性を提示できるという世界観だ。それを実現する技術の1つが分散型IDである。従来のサービス提供者に個人情報を預ける形から、個人がそれぞれ自分の情報をブロックチェーンの仕組みを用いて“デジタル・アイデンティティ”として管理し、必要な情報だけをサービス提供者に提示していくイメージだ。たとえば大学は卒業証明、企業は就業証明、公的機関は資格証明といった情報をデジタル証明書としてユーザーに発行する。証明書が本物であるという認証情報は分散型台帳であるブロックチェーンに記録されるため、特定の企業のサーバーに情報が集約されず、改ざんを防げるのが利点だ。サービス提供側はブロックチェーンの記録を参照して、証明書の真正性を検証する。

「デジタル空間における信頼構築」のニーズは途上国だけでなく、先進国にもあるという。

「日本でも東日本大震災が発生したとき、自治体や企業といったIDプロバイダーが停止してしまいました。そうなるとIDプロバイダーが業務を再開するまで、ユーザーは認証ができず、サービスを受けられません。また、インターネットでサービスを使うときにはフォームに情報を毎回入力しなくてはならない上に、その情報が正しいかは証明できません。デジタル・アイデンティティを用いれば、自動的にフォームが埋まり、情報の正しさも担保できるようになります」

「二足のわらじ」から「車の両輪」へ

安田は現在、米国マイクロソフトの社員であり、国際NGO「InternetBar.org(以下、IBO)」の理事でもある。マイクロソフトでの業務は、分散型IDサービスの相互運用に向けた規格の整備と標準化がメイン。慶應義塾大学におけるデジタル学生証の実証実験にも技術顧問としても関わっている。

一方IBOでは、分散型IDサービスの社会実装の促進に挑んでいる。2019年はバングラディシュで医師資格の証明を効率化するためのデジタル証明書を発行。現在進めているのは、ザンビアでの活動だ。2020年に現地の高校生と米国の高校生がオンラインで共に授業を受けるというプログラムを実施し、高校生たちに「トレーニング証明書」を発行した。今後、現地大学のプログラミング専門の教授が高校生を教えるなど、教育プログラムとして継続していく予定である。

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