サル痘ワクチンの効果は? 供給は? 現時点で分かっていること
生命の再定義

Everything you need to know about the monkeypox vaccines サル痘ワクチンの効果は? 供給は? 現時点で分かっていること

世界的に流行が拡大しているサル痘には、3種類の天然痘向けワクチンが有効とされている。これらのワクチンはどの程度効果があるのか?また世界的な供給は足りているのか? 識者に話を聞いた。 by Jessica Hamzelou2022.08.10

世界的な流行によって、現時点で80カ国以上で2万4000人がサル痘に感染している。世界保健機関(WHO)は、アフリカ大陸以外での流行を封じ込める機会が急速に狭まっていると警告。収束にはワクチンが極めて重要な手段となる可能性がある。

サル痘ワクチンはすでに世界中に配備されているが、各国が限られた数のワクチンを必死に確保しようとしている「スクランブル」の状態にあるとの報道もある。貧困国がワクチンを入手できない恐れがあると同時に、ワクチンがどれほど有効なのか、分からないことも多い。MITテクノロジーレビューでは、喫緊の疑問に対する回答を得るため、ワクチン製造業者、ウイルス学者、疫学者に話を聞いた。

サル痘に効くワクチンとはどのようなものか?

サル痘の世界的な流行に対処するため、米国では現在、3種類のワクチンの使用が検討されている。3種類とも天然痘ワクチンとして開発されたものだ。このうち、現時点で米国食品医薬局(FDA)からサル痘ワクチンとして認可されているのは、「MVA-BN」(米国では ジンネオス:Jynneosと呼ばれる)ワクチンだけだ。

2つ目のワクチン「ACAM2000」は、FDAから天然痘ワクチンとして認可を受けているが、追加書類の提出でサル痘にも使える。3つ目のワクチン「LC16m8」は、日本で天然痘ワクチンとして認可を受けている。

どのワクチンが最良なのか?

ドイツのウルムにある分子ウイルス学研究所の研究グループリーダーであるドロタ・クミエク博士は、ジンネオスがワクチンとして最も安全と考えられており、ほとんどの地域で選択される可能性が高いと説明する。ジンネオスはワクシニアと呼ばれる、天然痘に関連したウイルスの形態を持つ。このウイルスは体内では複製できないため、ワクチンによって疾患が引き起こされることはないとされる。

一方で、ACAM2000とLC16m8には、どちらも体内である程度複製できるワクシニア・ウイルスの形が含まれている。つまり、これらのワクチンを接種することで体調を崩す可能性がある。そのため、免疫系が弱い人や、免疫系が弱い人と同居している人への接種は推奨されない。

ACAM2000は、皮膚表面をひっかいて治癒に数週間かかる傷を作る針を使って投与される。この傷はやがてウイルスを含んだかさぶたになるので、適切なケアが必要だ。一方、ジンネオスは2回に分けた皮下注射で投与され、かさぶたはできない。

なぜ天然痘ワクチンがサル痘に効くと考えられているのか?

天然痘やサル痘のウイルスは両方とも、ポックス・ウイルス科に属する。ポックス・ウイルス科のウイルスは似通っており、歴史的に、同じポックス・ウイルス科のより危険なウイルスからヒトを守るために、同じ科の他のウイルスが使われてきた。

天然痘とサル痘には多くの共通点がある。バーミンガム大学のジェイソン・マーサー教授(ポックス・ウイルス学)によると、この2つのウイルスは遺伝子レベルでは「85%同じ」だという。両方とも皮膚に「膿疱」と呼ばれる特徴的な発疹ができ、やがてかさぶたとなる。

しかし、天然痘とサル痘には重要な違いもある。一般的に、サル痘はそれほど重篤な症状を引き起こさない。また、天然痘はヒトだけが感染すると考えられているが、サル痘は動物にも感染し、動物がウイルスの「貯蔵庫」となってヒトに感染することがある。サル痘は、最初にサルで発見されたためにこの名前がついているが、通常はリス・ネズミ・ヤマアラシなどのげっ歯類に感染する。

現在、複数の国で定期的な天然痘ワクチンの接種は実施されていない。これがサル痘が流行している理由なのだろうか?

可能性はある。科学者は、1970年代に天然痘ワクチン接種が広範囲で終了したことが、現在のサル痘の流行につながったのではないかと推測している。

「天然痘ワクチンの接種を中止してから、サル痘の発生頻度と規模は、サル痘がエンデミック(地域常在化)になっている国とそうではない国の両方において十年ごとに増加しています」とマーサー教授は言う。「ポックス・ウイルスに感染しやすい50歳未満の人が世界中に多く存在する状況です」。

天然痘ワクチンはサル痘を防げるのだろうか?

そう期待されている。もし天然痘ワクチンの集団接種終了が、現在のサル痘の流行に寄与しているのならば、過去の天然痘ワクチンがサル痘に対しても長期的な予防効果をもたらしていた可能性が考えられる。

ジンネオスを製造するデンマークのババリアン・ノルディック(Bavarian Nordic)で臨床戦略を担当するハインツ・ワイデンタラー副社長は、安全性試験で観察されたワクチン反応に基づき、一度の接種で予防効果は少なくとも2年間持続すると想定している。

なぜ「想定」なのかと言えば、誰も確かなことが分からないからだ。ジンネオスは天然痘の根絶後に開発され、サル痘を含むポックス・ウイルスに対しては、限られた数のマウス、サル、プレーリードッグ属の動物で試験されているだけだ。サル痘に感染しているヒト、またはそのリスクがあるヒトに対する試験は実施されていない。その代わり、ババリアン・ノルディックは健康なボランティアにジンネオスを接種し、それによって生じる免疫反応を測定し、古い天然痘ワクチンの結果と比較している。これまでサル痘の発生は非常に散発的なものだったため対照試験が難しかった、とワイデンタラー副社長は話す。「私たちの持っている有効性に関する唯一のデータは、動物モデルから得たものです」。

この不確実性が、WHOが他の予防策を同時に推奨している理由の1つになっている。7月末、WHOは初めて、今回のサル痘の流行による感染者の約98%を占めている男性同士で性行為をする男性に対し、「性行為をするパートナーの限定」を求める具体的な勧告を出した。

「ワクチン接種はサル痘の流行を制御するための主な手段の1つですが、それだけではありません」とクミエク博士は言う。疾病監視と迅速な診断もワクチン接種を受けるべき人を特定するのに不可欠であり、曝露リスクに関する明確なコミュニケーションも重要だという。

ワクチンはどの程度有効なのか?

WHOのWebサイトでは「天然痘のワクチンは、いくつかの観察研究を通じてサル痘の予防に約85%の効果があることが実証されています」と記載されている。この数字は、1980年代に現在のコンゴ民主共和国で流行したサル痘を科学者が調査した研究に基づくものだ。

この調査は、147人のサル痘感染者が、その濃厚接触者1573人のうち47人に感染させたことに着目したものだった。天然痘ワクチン未接種の濃厚接触者の場合、罹患率がワクチン接種者よりも85%高いことを研究チームは発見した。

研究は小規模のものであり、天然痘ワクチンのサル痘に対する有効性を直接検証することを目的としたものではない。「このように結論づけるのは、少し無理があると思います」とワイデンタラー副社長は言う。「しかし、現在サル痘に対抗できる手段は、天然痘ワクチンだけです」。

他の研究でも天然痘ワクチン接種者はサル痘の罹患率が低いことが報告されているとクミエク博士は指摘するが、完全に防げるわけではない。例えば、1990年代半ばにコンゴ民主共和国で流行したサル痘に関する調査によると、発症した84人のうち15%が過去に天然痘ワクチンの接種を受けていた

動物実験によれば、天然痘ワクチンは「80〜100%」の防疫効果があるとワイデンタラー副社長は言う。「しかし、ヒトで試験する機会はありませんでした」。

ロンドン大学衛生熱帯医学大学院(London School of Hygiene and Tropical Medicine)でサル痘の流行について研究しているデビッド・ヘイマン教授は、「今すべきことはエビデンスを集め、ワクチンの使用を決定した国で予防措置として今すぐ接種することです」と話す。

世界中に十分なワクチンが行き渡るのか?

WHOによると、世界中で1600万回分のワクチンが利用可能だ。

これらワクチンのほとんどは、いくつかの大きな容器に入れられた状態(バルク)で低温で保管されている。それによって長期保存できるようにしているわけだ。ただ、ワクチンとして接種するためには、個々のバイアル(容器)に分ける「充填仕上げ」の工程を経る必要があり、WHOによるとこれには数カ月かかるという。

世界的に供給が限られていることから、すでに一部の関係者からワクチンの奪い合いに対する懸念が表明されている。また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンの経験から、富裕国による買いだめの可能性も指摘されている。ババリアン・ノルディックは 250リットル分のワクチンをバルクで保管しており、これは約1500万回分の予防接種に相当すると同社のロルフ・サス・ソレンセン代表は話す。「しかし、これらはすべて米国政府が所有しています」。

ババリアン・ノルディックは2000年代初頭に、天然痘がバイオテロ兵器に使われる可能性を懸念した米国とより安全な天然痘ワクチンの開発契約を結んだ、とソレンセン代表は話す。同社はそれ以来何年も、米国向けにジンネオスを製造し、保管している。

ソレンセン代表は、これまでにワクチン供給に関する障害はなかったと話す。7月28日には、ババリアン・ノルディックは、今回のサル痘の流行が始まって以来、影響を受けているすべての国からの要請にすべて応じてきたと話した。

「これまでのところ、現在の私たちの供給能力を超えるような要請はありません。供給制限があるような話をいくつかの情報源から聞いていますが、それは単なるデマだと思います」(ソレンセン代表)。

このような大量の供給ができるのは、ほとんど運が良かったとしか言いようがないとソレンセン代表は話す。「今回の流行が発生したとき、私たちは(中略)本当に偶然ですが、米国政府の所有分に加えて200万回分に相当するワクチンを保管していました。もちろん、すぐにバイラルに移しました。そして販売を開始したのです」。

ワクチンは現在、「本当にわずか」しか残っていないが、ババリアン・ノルディックは「生産を拡大した」(ソレンセン代表)としている。

備蓄ワクチンは共有されるのか?

そう期待したい。ババリアン・ノルディックが保管するワクチン以外に、医薬品と医療用品を緊急備蓄する「米国戦略的国家備蓄(US Strategic National Stockpile)」には、数百万回分のACAM2000と数千回分のジンネオスが含まれている。

天然痘ワクチンを備蓄している国は、もっと多いと考えられられる。「どの国がどれほどの量のワクチンを備蓄しているかについては、本当のところは分からないですが、備蓄しているのは米国だけではないはすです」とヘイマン教授は言う。

WHOはワクチン保有国に対して、保有していない国に共有するよう呼び掛けている。サル痘ウイルスがアフリカ諸国でエンデミックになっているにもかかわらず、ワクチンが利用可能な状態にはないと指摘する科学者もいる。

「ワクチンへの衡平なアクセスについては、誰もが関心を持たなければならないと思います」とヘイマン教授は言う。だが、各国が保有しているワクチンはそもそも備蓄用に開発されたワクチンであり、「天然痘がバイオテロ兵器として使われることを想定して、各国はワクチンを備蓄用として購入してきたのです」とも同教授は話す。

ワクチンを備蓄しようという意思がなければ、ジンネオスは生まれなかった。「まさしくジレンマです。非常に複雑な問題なのです。ワクチンを作るためのインセンティブと資金援助は必要ですが、同時にできるだけ広く共有される必要もあります」。