ブタの腎臓を人間に移植、1カ所の遺伝子改変で拒絶反応を抑制
ニューヨーク大学の研究チームは、人間にブタの腎臓を移植する外科手術に成功した。今回の移植は米国内で2例目であり、拒絶反応を抑えるために、遺伝子を1カ所編集したブタの臓器を使った。 by Cassandra Willyard2024.04.30
1カ月前、リチャード・スレイマンは生存中の人間として初めて、遺伝子編集されたブタの腎臓移植を受けた。そして今回、ニューヨーク大学ランゴン医療センターの研究チームは、ニュージャージー州在住の54歳の女性、リサ・ピサノがこの移植を受けた2人目の人物になったことを報告した。ピサノの新たな腎臓に加えられた遺伝子改変は1カ所のみだ。同大学の研究チームは、このアプローチによってブタの臓器生産のスケールアップが容易になることを期待している。
心不全と末期の腎臓病を患っていたピサノは、循環器系改善のための心臓ポンプ装着、そして今回の腎臓移植と、2回の手術を受けた。彼女は依然として入院中だが、経過は良好だ。 「移植から12日が経過しましたが彼女の腎臓は完璧に機能しており、拒絶反応の兆候は一切現れていません」。ニューヨーク大学ランゴン移植研究所のロバート・モンゴメリー所長は4月24日の記者会見でそう述べた。モンゴメリー所長は今回の移植手術を主導した人物だ。
「すばらしい気分です」。病院のベッドから映像で記者会見に参加したピサノはそう語った。
生存中の人間でブタの臓器移植を受けたのは、ピサノが4人目だ。メリーランド大学医療センター(Maryland Medical Center)で2022年と2023年にそれぞれ心臓移植を受けた2人の男性は、移植を受けてから数カ月以内に死亡した。ブタの腎臓の初めての受容者となったスレイマンの経過は現在も良好だと、レオナルド・リエッラ医師は話す。リエッラ医師はスレイマンが移植を受けたマサチューセッツ総合病院(Massachusetts General Hospital)腎臓移植科の医長だ。
「今は実に刺激的な時期です」。ボルティモア州にあるジョンズ・ホプキンス・メディシン(Johns Hopkins Medicine)の移植外科医、アンドリュー・キャメロンはそう話す。「腎臓移植の順番待ちリストに名を連ねている10万人の患者たち、さらには透析を受けている50万人の米国人にとって、ブタの腎臓移植を選択肢のひとつとしてより頻繁に選択できるようになるという明るい未来が待っています」。
ブタの心臓および腎臓移植を受けた患者は、米国食品医薬品局(FDA)の拡大アクセスプログラムの下で臓器を入手した。このプログラムにより、命にかかわる病状を抱える患者が臨床試験外で試験的治療を受けられる。だが近いうちに、患者たちは別の方法でこうした臓器にアクセスできるようになるかもしれない。ジョンズ・ホプキンスとニューヨーク大学は共に、2025年の臨床試験開始を目指している。
これからの数週間、医師らは臓器拒絶反応の兆候がないかピサノの経過を注意深く観察していくことになる。臓器拒絶反応は、臓器受容者の免疫系が新たな組織を異物とみなし、攻撃を始めることで起こる。それは人間からの腎臓移植においても懸念のひとつだが、別の種からの組織を移植する際にはそのリスクはさらに高まる。別の種からの移植は異種移植と呼ばれている。
拒絶反応を防ぐため、臓器移植用のブタを生産する企業は遺伝子を改変することで組織を異物だと認識されにくくし、免疫攻撃の発生確率を抑えている。だが、拒絶反応を防ぐためにどの程度の遺伝子改変が必要なのかについては、いまだ明らかになっていない。スレイマンの腎臓はケンブリッジを拠点とするイー・ジェネシス(eGenesis)が飼育したブタのもので、このブタには69カ所の遺伝子改変が加えられた。その改変の大半はブタのゲノム内に存在するウイルス性DNAの不活性化に的を絞ったもので、ウイルスが患者に伝染しないようにするのがその目的だ。だが10カ所の改変は、免疫系が腎臓に対して拒絶反応を起こすのを防ぐために実施された。
ピサノの腎臓は、遺伝子をわずか1カ所しか改変していないブタから移植された。この改変は、即座に臓器拒絶反応を引き起こす可能性のある「α‐Gal(アルファガル)」と呼ばれる糖を腎臓の細胞表面から除去するためになされた。「私たちは改変は少ない方が良くて、これまでブタに実施してきた主な遺伝子編集や利用してきた臓器が根本的な問題であると考えています」。モンゴメリー所長はそう話す。「その他の編集の大半は、人間が利用可能な薬剤で代替可能です」。
今回の腎臓は、ブタの胸腺の一部分と共に移植された。この胸腺は、白血球に味方と敵の区別を教え込むにあたって重要な役割を担っている。 この胸腺がピサノの免疫系に対し、異組織の受け入れを学ばせるという考え方だ。この「ユーティモキドニー(UThymoKidney)」と呼ばれる腎臓を開発しているのはユナイテッド・セラピューティクス(United Therapeutics Corporation)。一方で同社は、10カ所の遺伝子改変をしたブタも作り出している。ユナイテッド・セラピューティクスは「ゴールに向けて複数のシュートを撃ちたかったのです」とレイ・ピーターソンは言う。 ピーターソンはユナイテッド・セラピューティクスの製品開発・異種移植部門で上級副社長を務める人物だ。
遺伝子改変が1カ所のブタを利用することにはひとつ大きな優位性がある。「理論上、単純であればあるほどこうした動物の繁殖と飼育は容易になります」。アラバマ大学バーミンガム校の移植外科医、ジェイミー・ロックはそう話す。遺伝子改変が1カ所のブタは繁殖可能だが、多くの改変を加えたブタにはクローニングが必要になるとモンゴメリー所長は言う。「このブタは急速に成長させることができ、より素早く完全な形で臓器供給危機を解決できます」。
だがキャメロン医師は、1カ所の改変が拒絶反応を防ぐのに十分かどうかについては確信が持てないと話す。「1カ所のノックアウト(特定の遺伝子が不活性化されていること)では不十分ではないかと懸念する向きが大半だとは思いますが、私たちは楽観的です」。
退院のために体力を取り戻そうとしているピサノも前向きだ。「孫たちと一緒に過ごして遊んだり、買い物に行けるようになりたいんです」。
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