イノベーションコストの高騰、人工知能がもたらす「研究開発」の再発明
知性を宿す機械

AI is reinventing the way we invent イノベーションコストの高騰
人工知能がもたらす
「研究開発」の再発明

この数十年、研究開発の分野において、一定の成果を挙げるために必要とされる研究者の数やコストは増加する一方だ。急速な進歩を遂げている人工知能(AI)の真価は、人間だけでは不可能な発見を可能にし、イノベーションのプロセスを変えることにある。 by David Rotman2019.04.26

マサチューセッツ工科大学(MIT)のレジーナ・バーズィレー教授のオフィスからは、製薬・バイオテクノロジー大手企業ノバルティスのバイオメディカル研究所がよく見える。バイオテク企業のアムジェン(Amgen)の創薬グループはその数ブロック先だ。人工知能(AI)分野をリードする研究者の1人であるバーズィレー教授は最近まで、化学者や生物学者で溢れているこれらの建物についてあまり考えたことはなかった。しかし、AIと機械学習が画像認識や言語理解においてかつてない成果を達成し始めるにつれて、こう考えるようになった。AIは新薬の発見作業にも変革をもたらすのではないだろうか?

新薬の発見における問題は、人間の研究者は、研究可能な範囲のごく一部しか探求できないことだ。薬品に類似する分子は1060もあると推定されているが、これは太陽系にある原子の数より多い。しかし、無限にあるように思える可能性のすべてを注意深く検査することは、機械学習が得意とするところだ。既存分子とその特性の巨大なデータベースでAIを訓練すれば、可能性のある関連分子のすべてを調べられる。

創薬は、恐ろしく費用がかかり、しばしば挫折に見舞われる仕事だ。医薬品化学者は、分子構造が特性にどのような影響を及ぼすかを自分の経験に基づいて判断し、どのような原材料を組み合わせれば良い薬になるかを推測する必要がある。数えきれないほどのバリエーションを合成して試験するが、ほとんどは失敗に終わる。「新しい薬を作り出すのは未だに芸術の創作と同じです。薬になりそうな物の組み合わせの可能性があまりにも多いからです」とバーズィレー教授はいう。「薬になりそうな良い候補物質を探すのには長い時間がかかります」。

深層学習によりこうしたクリティカルな段階が高速化すれば、化学者たちははるかに多くの可能性について探求できるようになり、創薬が迅速になるかもしれない。機械学習の優位点の1つは、しばしばひねりのある想像をすることだ。「AIは人間が思いもつかない方向に研究を進めるようです」と言うのは、バーズィレー教授と共同研究をしているアムジェンの医薬品研究者、アンヘル・グスマン=ペレス博士だ。「AIの考え方は、人間とは違うのです」。

機械学習を使って、クリーンテックに応用できる新材料を発明しようとしている研究者もいる。送電網の余剰電力を蓄える電池や有機太陽電池を、現在の大きくて扱いにくいシリコンベースの電池よりずっと安く実現できる新材料が、研究者たちの「欲しいものリスト」に入っている。

化学、材料化学、そして創薬が想像を超えるほど複雑になり、データが飽和状態にまで増えるにつれて、ブレークスルーは起こりにくくなり、しかも高価になった。製薬業界やバイオテクノロジー業界は研究に資金をつぎ込んできたが、これまで数十年、新しい分子をベースにした新薬の数は低調だ。さらに現在、1990年代初期に登場したイオン電池が行き詰りを見せ、シリコン太陽電池も何十年か前に設計されたものだ。

製薬業界やバイオテクノロジー業界の進歩を遅らせているこのような複雑さを処理するのは、深層学習が得意とする分野だ。多次元空間を縦横に検索し、価値ある予測を立てることは「AIの最強の分野」だと言うのは、カナダ・トロントのロットマン・マネジメント・スクール(Rotman School of Management)の経済学者であり、ベストセラー『予測マシンの世紀:AIが駆動する新たな経済』(原題:Prediction Machines: The Simple Economics of Artificial Intelligen)の著者であるアジェイ・アグラワル教授だ。

ある最近の論文で、MIT、ハーバード大学、ボストン大学の経済学者たちは、AIの最大の経済的インパクトは、AIが「イノベーション過程の性格や研究開発組織」を最終的に作り変える、新たな「発明方法」となり得ることにあると主張している。

ボストン大学の経済学者であり、この論文の共同執筆者であるイエイン・コックバーン教授は、「応用範囲の広い新たな発明方法は滅多に現れませんが、もし私たちの推測が正しければ、AIは多くの分野で研究開発の費用を劇的に変えるかもしれません」と述べている。イノベーションの多くには、データに基づく予測が含まれている。そうしたタスクを、「機械学習は何桁も速く、何桁も安くする可能性があります」とコックバーン教授は付け加える。

別の言い方をすれば、AIの主たるメリットは、無人自動車でも、画像検索でも、アレクサの指示受け機能でもなく、イノベーション自体を前進させる新しいアイデアを生み出すことにあるのかもしれない。

アイデアはより高価になっている

スタンフォード大学のポール・ローマー教授は昨年、新しいアイデアやイノベーションへの投資が堅実な経済成長をどのようにけん引するかを示した、彼の1980年代後半から1990年代前半の研究によって、ノーベル経済学賞を受賞した。経済学者たちはそれまで、イノベーションと経済成長に関係があると述べていたが、ローマー教授はその関係性がどう機能しているかを見事に説明した。それ以来数十年、同教授の出した結論は、シリコンバレーの多くの人間に知的刺激を与え続け、なぜシリコンバレーが現在ほどの富を勝ち得たかの説明となってきた。

しかし、もし新しいアイデアの湧いてくるパイプラインがからからになってしまったらどうなるだろう? スタンフォード大学の経済学者ニコラス・ブルーム教授、およびチャド・ジョーンズ教授、大学院生マイケル・ウェブ、そしてMITのジョン・バン・リーネン教授は、「アイデアを見つけるのは難しくなってきているのか?」と題した最近の論文で、この問題について考察している(答えはイエスだ)。彼らは、創薬、半導体研究、医学イノベーション、収穫量向上のための研究の取り組みを調査した上で、各分野に共通の現象を発見した。研究への投資額は急上昇しているが、成果は一定にとどまっているのだ。

ある経済学者の考えでは、これは生産性の問題だという。これまでと同じ量の成果に対して、より多くの資金を使っているということだ。数字を比べた結果も良くない。半導体の集積度は18カ月ごとに倍になるという「ムーアの法則」を守り続けるための「研究生産性」(一定の結果を得るために必要な研究者数)は、毎年6.8パーセントの割合で悪化している。コンピューターを高速かつ強力にするために、半導体チップ上にこれまで以上に小さく、かつ多くの構成部品を乗せる作業において、部品密度を倍にするための研究者の数が1970年代前半と比べて18倍に増えていることを発見したという。収穫量で計測される種子改善の場合、研究生産性は毎年約5パーセント低下している。米国経済全体を見ると、毎年5.3パーセントの低下だ。

現在までのところ、全要素生産性の減少によるマイナスの影響は、投入される資金と人員を増加することで相殺している。半導体チップ上のトランジスター数は今も2年ごとに倍増しているが、それはこの問題に対して以前よりはるかに多くの研究員を投入しているからだ。今後13年間、この状態を保つためだけに、研究開発への投資額を倍にし続けなければならない。

もちろん、作物学や半導体研究などの分野は古くからあるので、イノベーションが生まれにくくなっている可能性はある。しかし、上記の研究者たちは、経済においてイノベーションと関連が深い全体的成長が遅いことも発見した。新しい分野への投資、そしてそこで生まれた発明も経済全体を変えることはできなかった。

研究生産性の低下は何十年も続いてきた傾向のようだ。しかし、それが今になって経済学者たちにとって特に厄介な問 …

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