農業イノベーション:バイエルとモンサントの合併、規制当局が却下の可能性も
ビジネス・インパクト

Bayer Buys In to Monsanto’s Vision of High-Tech Agriculture バイエル・モンサント合併
規制当局に不許可の可能性

合併は、世界の食糧供給に資するのか、それとも研究開発費が減らされるだけになるのか。 by Antonio Regalado2016.09.19

取材のために昨年モンサント本社(ミズーリ州セントルイス)を訪れたとき、ロバート・フレイリー主任科学者はちょうど農家との会合から帰ってきたところだった。

農家は何を求めていたか尋ねると、フレイリー主任科学者は笑った。

「より高い収穫量ですよ、もちろん。農家はいつだって1ヘクタールあたりの収穫量を増やしたいのです」

フレイリー主任科学者は、収穫量増加の実現方法について、ある大きなアイデアを持ち続けてきた。20年以内に、種子はインクジェットプリンターのようなもので播かれ、種子のゲノムには20の形質が組み込まれ、農家は害虫管理に遺伝子操作微生物と遺伝子スプレー(RNAなどを含むスプレー)を使う。農作業全部が気候と分析ソフトで寸分違わず調整される。トウモロコシの収穫量は1ヘクタール当たりなんと約18.8トンに倍増し、世界の食料供給に貢献できるかもしれない、というのだ。

14日にモンサントは、ドイツのバイエルが会社とフレイリー主任科学者の夢を660億ドルで買収することに同意した。外から見れば、合併は主に、トウモロコシと大豆の価格急落をものともせずコストを削減する方法だ。しかしバイエルの重役によれば、真の買収目的は、バイエルとフレイリー主任科学者の世界観が同じだからだ、という。

バイエルの作物学部門の責任者で経営陣の一員であるリアム・コンドンは「最大の原動力はイノベーションです。バイエルもモンサントも新しいアプローチを唱えています。こまごまとした断片的改善ではなく、システム全体を最適化するのです」という。

コンドンによると、合併により、モンサントの種子と遺伝子工学の専門知識が、バイエルの農作物用化学製品群と結びつくという。

「モンサントの主力はバイオテクノロジー、バイエルは化学です。両社が今までやってきた方法でイノベーションを起こし続けても、時間とコストが増すだけでしょう」

モンサントがバイオテクノロジーで改良した種子を販売するまでに、すでに約1億5000万ドルと10年の年月がかかっている。一方、新しい化学製品の導入ペースは業界全体で鈍化している。両社の製品ラインは、厳しい規制と社会全体の激しい反対にさらされている。

モンサントの獲得は、農業化学業界で起きている広範な合併の一部と捉えられる。7月にはデュポンとダウ・ケミカルが合併に合意し、農業事業を統合する予定だ。一方、シンジェンタ(スイスの種子、農薬メーカー)は中国化工集団に買収されようとしている。BASF(ドイツの化学メーカー)はまだ独立を保っているが、もしモンサントとバイエルの契約が成立すれば、いわゆる種子・農薬業界の「ビッグ6」で残るのはたった4社になる。

この夏、フォーチュン誌はモンサントを「地球上で最も非難されている企業」と紹介したが、同時に最も成功している企業のひとつとも記載した。モンサントのバイオテクノロジー植物は約7300万ヘクタール以上の大豆とトウモロコシ畑に広まっている。2013年には約10億ドルでクライメート・コーポレーションを買収し、データ駆動農業へ向けて長期的な賭けに出た。

クライメート・コーポレーションの気候と分析のプラットフォームはモンサントに利益をもたらしていないが、おそらくバイエルは気前よく支払い価格に上乗せしただろう、とバイオコンソーシア(カリフォルニア州デイビス)のマーカス・メドウズ=スミスCEOはいう。最も「考えるのが楽しい」疑問は、合併したモンサントとバイエルが、予測ソフトウェアと接続されたトラクターなどを、戦略的に、農業に対するビッグデータ的手法として、さらに発展させられるかどうかだ、という。

モンサントの新しいアイデアのいくつかは、十分早く着手できたとはいえない、という人もいる。分子スプレーで遺伝子に影響を与え、雑草を駆除するアイデアは、最近の研究開発のプレゼンテーションでは紹介されなくなった。ただし、同じテクノロジーを使ったRNAiで害虫を殺す計画は前進している。モンサント元役員で現在はスタートアップ企業フォレスト・イノベーションを経営するニツァン・パルディCEOは「新しいプラットフォームはまだブレークスルーには至っていません。進展は期待通りではなく、モンサントは非常に強い逆風に直面しているようですが、単独で逆風に直面する必要がなくなるれば、経営は楽になるでしょう」という。

モンサントは1990年代半ばに、除草剤ラウンドアップと、除草剤への耐性を組み込んだ大豆、トウモロコシをセット販売し、農業バイオテクノロジーを先導した。しかし、この組み合わせはもうあまり役に立たない。ラウンドアップが過剰使用されたせいで、現在は抵抗力を持つ雑草がいたるところで芽を出している。バイエルは競合する遺伝子組換え作物と除草剤の組み合わせを「リバティ」というブランドで販売している。

両社の農業技術開発費は2015年に合計で約27億5000万ドルにもなる。合併により、支出は切り詰めざるを得ないだろう。ミネソタ大学のフィリップ・パーディ教授(経済学)は「固定費をより効率の高い支出に分配しようと先を争っています。過去2年間で多くの従業員が切られました」という。モンサントはこの12カ月で、全従業員の約7分の1にあたる3000人以上の解雇(優先再雇用権付き)を発表した。

モンサント元役員で現在は遺伝子的手法を開発するアプス(セントルイス)のジョン・キルマーCEOによると、買収契約はテクノロジーではなく、「緑の日よけをかぶった血の通わない会計士(かつて会計士は目の負担を減らすため緑の日よけを付けて仕事をしていた)」の産物だ、という。

「私の考えでは、企業内の正味のイノベーションは衰退するでしょう。イノベーションの観点では、このような買収で損をするのは農家です。たぶん新しい合併企業はとても大きな価格決定権を持つので、農家のもっと損をすることになるでしょう」という。キルマーは製品が値上がりして選択肢が減ると予想しており、もし規制当局の見解が自分と同じなら、買収を阻止する決断が下されるかもしれないという。

ヨーロッパの規制当局は契約を精査する姿勢を示している。事業範囲が殺虫剤から遺伝子組換え種子にまたがっていことを考慮すると、どのような判断が下されるか全く不明だ。「買収はまだ決定事項ではありません。実現の可能性は低いかもしれません」とパーディ教授はいう。

農業関連の大企業の一連の合併は、さまざまなスタートアップ企業が、遺伝子や微生物、遺伝子編集、ドローン、センサーなどの新しいテクノロジーを取り込もうとする小さなブームの中で起きている。

「たくさんのイノベーティブなアイデアが、農業の外からあふれています。スタートアップ企業をガツガツと吸収して、そのアイデアを拾うつもりでしょう」(パーディ教授)。

不明なのは、合併完了後にモンサントの社名がどうなるかだ。「モンサント」という名称は引退させる方がいい考えかもしれない、とフロリダ大学園芸学部のケビン・フォルタ教授(学部長)はいう。

モンサントの社名は「即座に感情的に会話を終わらせるものです。ブギーマン(子どもを怖がらせるのに使う想像上の幽霊)を取り除くことで、ようやく社会全体で農業テクノロジーについて科学的な対話を楽しめるかもしれません」