英「フリーダム・デー」、 16カ月ぶりの自由な生活で 何が起きるのか?
生命の再定義

Why England's sudden lifting of covid restrictions is a massive gamble 英「フリーダム・デー」、
16カ月ぶりの自由な生活で
何が起きるのか?

新型コロナウイルスの感染者数が急増する中、英国政府は、イングランドにおけるパンデミック関連の規制をすべて解除すると発表した。今後の状況を予測することは難しいが、現段階でわかっていることと、現段階ではわからないことをまとめた。 by Charlotte Jee2021.07.22

英国イングランドは大きな賭けに出ようとしている。

7月19日、イングランドにおける新型コロナウイルス感染症(COVID-19)関連の制限措置がすべて解除された。イングランドの人々はナイトクラブへ行ったり、人数制限なしで集まったりできるようになる。マスク着用の法的義務はなくなり、社会的距離を確保する必要もなくなる。英政府はメディア報道を意識して、この日を「フリーダム・デー(自由の日)」と名付け、この制限措置解除が覆されることはないと発表した。

その一方で、英国では新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染者数が急増している。7月16日の新規感染者数は5万人を超え、夏には1日あたりの新規感染者は10万人を超える可能性があると英保健相は発言している

理屈の上では、感染者数急増中の規制全廃は状況を大きく悪化させるように思える。しかし、英国政府はワクチン接種プログラムを理由に、今回はこれまでとは異なる展開になると考えている。

研究者は、多種多様で複雑な要因が絡み合っているため、今後どのような展開になるのかを予測するのは非常に困難だという。そこで、現段階でわかっていること、現段階ではわからないこと、そして、今後数週間にわたって注視すべきことを検証してみよう。

わかっていること:ワクチンの効果

英国のワクチン接種プログラムは現在も進行中だが、これまでのところおおむね成功している。全体では、成人人口の52パーセントがワクチン接種を完了しており、約87パーセントが1回目の接種を済ませている(87 パーセントの中には2回の接種を完了した52パーセントも含まれる)。英国の国家統計局(ONS:Office for National Statistics)によると、ワクチン接種を躊躇しているのは国民のわずか6パーセントにすぎない。

しかし、不安要素はまだたくさんある。ワクチン接種プログラムで成人の全人口が2回の接種を完了するまであと数か月かかる。若者は特に弱い立場にある。18歳以上に対してはまだ1回目の接種が始まったばかりで、18歳から39歳で2回の接種を完了した人は4分の1にすぎない。そして、米国や欧州の多くの国とは異なり、英国では子どもへのワクチン接種はまだ始まっていない。

ウイルスの進化を研究するエミリア・スキームント博士は、「危険です」と言う。「特に、9月に新学期が始まる前に、10代の若者に早急にワクチンを接種する必要があります」。

ワクチン接種を急ぐことがなぜ重要かというと、現在英国で圧倒的に優勢になっている新型コロナウイルスが、変異株のデルタ株だからだ。イングランド公衆衛生庁(PHE:Public Health England)のデータによると、ファイザー製ワクチンとアストラゼネカ(AstraZeneca)製ワクチンはともに、感染者の入院回避の有効性は90パーセント以上で、2回のワクチン接種を完了している人はデルタ株を心配する必要はほとんどない。しかし、まだ1回しか接種していない人やワクチン未接種の人にとってはデルタ株は危険な存在だ。

スコットランドの公衆衛生当局によると、デルタ株は以前英国で優勢だったアルファ株より感染力が約60パーセント強く、入院に至る可能性は約2倍だ。イングランド公衆衛生庁のデータによると、アストラゼネカまたはファイザーのワクチンのいずれかを1回接種した場合、アルファ株に対する効果は50パーセントだが、デルタ株に対する効果は33パーセントしかない。

ロンドン大学クイーンメアリー校の臨床疫学者であるディプティ・グルダサニ博士は、「今回の全面規制解除は、本来であれば回避できたはずの多くの被害をもたらすでしょう」と言う。「大人と10代の若者全員が2回のワクチン接種を完了するまで、規制緩和を待つべきです」。

わからないこと:感染者数がピークに達する時期

英国がパンデミックの新たな波に晒されているのは明らかだ。わからないのは、今回の波がどこまで悪化するのか、そして、制限解除で状況がどう変化するのかということだ。著名な専門家でさえ、明確な答えをもっていない。

「7月19日以降にどういう状況になるかを把握するのは非常に困難です」と語るのは、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院で伝染病のモデル化について研究し、英国政府にパンデミック・モデル化に関して助言する科学者グループ「SPI-M(Scientific Pandemic Influenza Group on Modelling)」の議長を務めるグレアム・メドレー教授だ。

今後の状況は人々の行動に左右される点が多く、その予測が非常に難しいことは知られている。新たに手にした自由を勇気を持って楽しむ人もいれば(7月11日に開催された欧州サッカー選手権の決勝戦ではその傾向が顕著に表れていた)、かなり慎重に行動する人もいるだろう。

多くの人々は、最も基本的で効果的な公衆衛生対策の1つであるマスク着用義務が撤廃されることに不満を感じている。調査会社イプソス・モリ(Ipsos Mori )の世論調査では、英国人の圧倒的多数が、店舗や公共交通機関でのマスク着用を続けるつもりでいることがわかった。人々が調査結果通りにマスク着用を継続すれば、ある程度は感染拡大の抑制に役立つかもしれない。英国同様にワクチン接種率の高いイスラエルでは、感染者が急増したために先月、屋内でのマスク着用が再び義務付けられた。

いずれにしても、数週間とは言わなくても、少なくとも数日は感染者数の増加が続く可能性がかなり高い。すなわち、より多くの人が入院し、死亡することは避けられないとメドレー教授は考える。ここでの大きな問題は、この新たな感染者増加の波がどこまで進むかということだ。

7月15日に開催されたウェビナーでイングランド首席医務官のクリス・ウィッティ博士は、英国は「かなり恐ろしい数値を再び目にし、驚くほど早く再びトラブルに巻き込まれる」可能性があると語った。

しかし、英国政府はすべての数値が等しく悪化しないことに賭けているようだ。英国政府は、国民健康サービス(NHS:National Health Service)が完全には破綻しないくらいに入院患者数を低く抑えられると考えている。感染者数と入院率の間の関連性が崩れていないとしても、弱まっているという前提に立っている。

世界保健機関(WHO)に協力したこともある英国在住の疫学者、オリバー・ゲフェン・オブレゴンは、「今回の波は、これまでの波とは大きく異なります」と言う。「ワクチン接種プログラム実施前に起こった感染者急増の波と比較すると、同様の感染者数での入院者の割合ははるかに低くなっています」。

しかし、そう思っていない人もいる。英国国民健康サービスの幹部はすでに医療逼迫に対して警鐘を鳴らしており、1200人以上の科学者が医学誌「ランセット(Lancet)」で、死亡率や入院率にかかわらず、英国は感染者数の大幅な増加に注意を払うべきだと主張する公開書簡に署名している。

疫学者のグルダサニ博士もその1人だ。

「感染者数は重要です」と語り、2つの大きな危険性を指摘する。一つは、多くの人が新型コロナウイルス感染症の長期症状を患う可能性が高まることで、もう一つは、ワクチンによる免疫反応を回避できる新しい変異株が現れるリスクであるという。

わかっていること:より多くの人々が長期症状に苦しむことになる

英国ではすでに、新型コロナウイルス感染症の長期症状が問題になっている。インペリアル・カレッジ・ロンドンが実施した大規模な研究によると、12週間以上続く合併症を起こしているか、または起こしたことがある成人は200万人以上いる可能性がある。しかし、新型コロナウイルス感染症の長期症状はまだあまり理解されておらず、ランセット誌で最近発表された過去最大規模の研究によると、疲労感から、息切れ、記憶障害に至るまで200を超える症状がある。

WHOによると、新型コロナウイルス感染症を発症した人の約10人に1人が長期症状を患うという。つまり、この新たな感染者増加の波の間に、英国でさらに100万人が同感染症に罹患した場合(ほとんどの予測で起こりうるシナリオとされている)、さらに10万人が長期症状を抱えることになるかもしれない。

ウィッティ博士は7月6日、「現在ワクチン接種率が大幅に低い若年層では特に、新たに長期症状を患う人がかなり増えると思います」と懸念を語った

その結果、多くの人が甚大な苦痛を被るだけでなく、英国国民健康サービスや企業をはじめとして、社会全体に大きな負担がかかる可能性がある。

「いくつかの症状は何年も続くかもしれません。すべての人々を、生涯、ひどい不健康状態で過ごすリスクに晒している可能性があります」とスキームント博士は言う。

わからないこと:制限全廃によって危険な変異株が生み出される可能性

多くの専門家が危惧しているのは、英国政府による規制全廃措置が、ワクチン耐性を持つ変異株が出現するための理想的な繁殖環境を作り出すことだ。

リバプール大学ゲノム研究センターの共同ディレクターであるスティーブ・ピーターソン教授は7月5日、この懸念をツイートで、「一部の人々がワクチンを接種した集団にウイルスを拡散させることは、免疫を回避できるウイルスを進化させるための実験そのものです」と表現した。

 

ピーターソン教授が懸念しているのは、感染者が増えることで新型コロナウイルスが変異する機会が増え、新たな変異株が発生するリスクが高まることだ。現在の新型コロナウイルス感染症の予防対策が主にワクチン接種であることを考えると、人々の免疫反応をよりうまく回避できる変異株が生まれる可能性がある。新型コロナウイルス感染症を抑制するのにワクチンに大きく依存している英国にとって、このような結果が起これば悲惨なことになる。

進化生物学者の中には、同じ突然変異が繰り返し起こる「収斂進化(しゅうれんしんか)」と呼ばれる現象が確認され始めている事実に、少し安心すべきだと述べる人もいる。収斂進化は、新型コロナウイルスが適応するための手段が尽きてきたことを示唆しているのかもしれない。

しかし、ウイルスの進化を研究しているスキームント博士は、ワクチンによる免疫反応を回避するための変異は、その機会が何であれ、恐れるべきシナリオだと言う。同博士は地雷原を走り回ることにたとえて、こう説明する。

「誰かが地雷を踏む可能性は、数人ではなく数千人が地雷原を走り回っているときの方がはるかに高いのです」。

わかっていること:全世界が注目している

オランダ、スペイン、オーストラリア、スウェーデンなど、多くの国が規制を解除した後、規制を再導入している。規制が州ごとに異なる米国でさえ、規制解除を撤回している地域もある。たとえば、ロサンゼルス市は感染者数が急増したため、再びマスク着用を義務付けた。

オランダのマルク・ルッテ首相は、ナイトクラブの閉鎖などの規制を解除してからわずか2週間後の7月12日に、規制の一部を再導入しなければならなくなり、謝罪した。

オランダの方がワクチン接種率が低いので完璧な比較はできないが、注意を向ければイングランドが学べる教訓があるかもしれない。

英国政府の「覆されることはない」という姿勢はすでに軟化しているかもしれない。ボリス・ジョンソン首相は先週の記者会見で、この規制撤廃を確約から「希望」に格下げしたようで、「あらゆる可能性を考慮する必要があるのは明らかです」と付け加えた。

どういう展開になろうとも、多くの国がイングランドの今後の動向を注視している。

「何が起こるかを解明するために、誰もが英国に注目しています」と元WHOの疫学者のオブレゴンはいう。「私たちはかつて観察したことのない状況を観察しています。全世界がイングランドの人々の行動から学ぶことになるでしょう」。

現実には、「フリーダム・デー」に何が起ころうとも、単一のイベントでパンデミックが終わりを迎えることはないだろう。パンデミック収束まで、痛みを伴う長く厄介な状況が繰り返されることになる。

16カ月間にわたって比較的厳格に統制された生活を送ってきたので、すべての規制を取り払うことに多くの人はまだ恐怖を感じている。しかし、パンデミックの終焉には、必ず何かしらのリスクの移転が伴うとメドレー教授は言う。

「パンデミックでは、政府は一般的にリスクを管理・統制しようとします。パンデミック収束にたどり着く頃には、教育や指導、保健医療を提供する以上、もう政府に頼れることはありません。現在は、リスク管理主体が政府から個人へと移っている時期です」。

スキームント博士はそれほど楽観的ではない。「パンデミックはいずれ収束するでしょう。どんなパンデミックでも必ず収束します。しかし、問題はその代償です」。