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ニューラリンクだけじゃない、脳インターフェイス技術の注目企業
Stephanie Arnett/MITTR | Envato, Synchron via Businesswire (device)
Beyond Neuralink: Meet the other companies developing brain-computer interfaces

ニューラリンクだけじゃない、脳インターフェイス技術の注目企業

脳コンピューター・インターフェイスの分野では、イーロン・マスク率いるニューラリンク(Neuralink)が話題になることが多い。だが、他の有望企業もそれぞれ独自のアプローチで開発を進めている。 by Cassandra Willyard2024.04.22

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

脳コンピューター・インターフェイス(BCI)の世界では、1つの企業が話題を独占しているように見えることがある。3月にニューラリンク(Neuralink)はX(ツイッター)に、同社の脳インプラントの施術を受けた最初の人物が登場する映像を投稿した。「テレパシー(Telepathy.)」という名称になる予定の同社の脳インプラントを埋め込んだこの被験者は肩から下が麻痺している29歳の男性で、思考によってカーソルを動かしながらコンピューター・チェスをプレイした。そのコントロール方法を学ぶのは、「スターウォーズのフォースの使い方を学ぶようなものだった」と男性は映像の中で語っている。

ニューラリンクのヒト試験第1号という発表が大きな話題となったのは、この被験者が成し遂げたことが理由ではなく(脳インプラントを使ってカーソルを動かすことは2006年に実証済み)、非常に高度なテクノロジーだったからだ。それは目立たない無線装置で、非常に薄くて壊れやすい電極を内蔵しているため、専用ロボットによって脳に縫い付ける必要がある。また、ニューラリンクの創業者であるイーロン・マスクCEOが公言している荒唐無稽な約束も注目を浴びた。マスクCEOが同社のチップを使って怪我や病気で失われた機能を回復するだけでなく、精神を強化したいと考えていることは周知の事実である。

しかし、動いたり話したりする能力を失った人々を助けるための脳コンピューター・インターフェイスを開発しているのはニューラリンクだけではない。実際、ビル・ゲイツとジェフ・ベゾスが資金提供しているニューヨークに本社を置くシンクロン(Synchron)は、すでに10人に同社の装置を埋め込んでいる。4月8日には、より大規模な臨床試験に向けて患者登録を開始することを発表した

この記事では、脳インプラントを開発しているいくつかの企業とその進捗状況、そしてそのテクノロジーに対するそれぞれのアプローチを見ていこう。

この分野に取り組んでいる企業の多くは、脳インプラントユーザーの意思を読み取るのに十分な情報を脳から取得するという目標を掲げている。要するに、コンピューターのカーソル操作を助けたり、脳の活動を実際に音声やテキストに変換することを助けたりすることで、動いたり話したりすることが困難な人々のコミュニケーションを支援しようということだ。

脳インプラントを分類する方法はいろいろあるが、ライス大学の生物工学者であるジェイコブ・ロビンソン教授は、その侵襲性によってグループ分けしたいと考えている。脳インプラントには本質的にトレードオフが存在する。電極のついた脳インプラントを深く埋め込むほど、それを埋め込むための手術の侵襲性は高くなり、リスクも大きくなる。しかし、深く埋め込むことで、脳インプラント企業が記録したいと考えている脳活動に電極を近づけることができる。つまり、装置が脳の活動情報をより高解像度で取得できるということだ。そうすることで、たとえば脳信号を音声に変換できるようになるかもしれない。それが、ニューラリンクやパラドロミクス(Paradromics)のような企業の目標である。

ロビンソン教授は、モティーフ・ニューロテック(Motif Neurotech)という会社のCEO兼共同創業者だ。同社は、頭蓋骨のみを貫通する脳コンピューター・インターフェイスを開発している(これについては後で詳しく説明する)。 対照的に、ニューラリンクの装置には、大脳皮質の「数ミリメートル内部」まで到達する電極が付いているとロビンソンは説明する。米国テキサス州オースティンを拠点とするスタートアップ企業パラドロミクス(Paradromics)とブラックロック・ニューロテック(Blackrock Neurotech)の2社も、大脳皮質に侵入するように設計されたチップを開発している。

「そうすることで、神経細胞のすぐそばまで接近し、それぞれの脳細胞の活動情報を得ることができるのです」とロビンソン教授は説明する。ニューロンに近接し、ニューロンの活動を「聞く」ことができる電極の数が増えるほど、データ転送の速度、つまり「帯域幅」が増す。また、帯域幅が広いほど、脳インプラントが脳の活動を音声やテキストに変換できる可能性が高くなる。

ヒト試験による情報の膨大さという点では、ブラックロック・ニューロテックは群を抜いている。同社が開発した「ユタ・アレイ(Utah array)」は、2004年以来数十人に埋め込まれている。このユタ・アレイは、全米の学術研究所で使用されている。また、2021年に米国食品医薬品局(FDA)のブレークスルーデバイス指定を受けたブラックロックの装置「ムーブ・アゲイン(MoveAgain)」の基盤となるアレイでもある。しかし、その帯域幅はおそらくニューラリンクの装置よりも狭いとロビンソン教授は考える。

「実際、帯域幅が最も広いインターフェイスを持っているのはパラドロミクスですが、ヒト試験ではまだ実証されていません」とロビンソン教授は語る。電極は腕時計の電池ほどの大きさのチップに搭載されているが、この装置にはそれとは別に無線送信機が必要となる。無線送信機は胸部に埋め込まれ、脳インプラントに有線接続される。

ただし、このような帯域幅の広い装置には欠点がある。頭蓋骨の切開手術が必要なのだ。「脳は針を刺されるのをあまり好みません」とシンクロン創業者のトム・オクスリーCEOは2022年のTED講演で語っている。シンクロンはステントに連結した電極アレイを開発した。このステントは、医師が詰まった動脈を押し広げるために使用する装置と同じものだ。同社が開発した「ステントロード(Stentrode)」は、首の切開部から運動皮質のすぐ上の血管に送られる。このユニークな方法により、脳の手術を避けることができる。しかし、装置を脳の内部ではなく、脳の上に設置するため、取得できるデータ量に限界があるとロビンソン教授は指摘する。そして、この装置がマウスカーソルを動かすのに十分なデータを取り込めるかどうかについては懐疑的である。ただし、マウスをクリックさせるには十分である。「イエスやノーをクリックしたり、上下にクリックしたりできます」とロビンソンは主張している。

ニューラリンクの元幹部が新しく創業したプレシジョン・ニューロサイエンス(Precision Neuroscience)は、人間の髪の毛よりも細い、セロテープのような柔軟な電極アレイを開発した。小さな切開部から大脳皮質の上に滑り込ませることができる。同社は昨年、初の臨床試験を開始した。この初期研究では、他の理由で脳手術を受ける人々に電極アレイが一時的に埋め込まれた。

モティーフ・ニューロテックのロビンソンとそのチームは4月12日、頭蓋骨のみを貫通する同社の脳コンピューター・インターフェイスの最初の臨床実験をサイエンス・アドバンシス(Science Advances)誌で報告した。この電池不要の小型装置「DOT」は、すでに脳手術を受ける予定だった患者の運動皮質の上に一時的に配置された。装置のスイッチを入れると、患者の手に動きが見られた。

モティーフの装置が最終的に目指しているのは、身体の動きを生み出すことではない。モティーフが目指しているのは、気分障害の緩和という、まったく異なる用途である。「脊髄損傷者1人に対し、10人が大うつ病性障害(MDD)に苦しみ、薬が効かない状態です」とロビンソン教授は語っている。「外見からはわかりませんが、脊髄損傷者と同じくらい絶望に打ちひしがれています」。今回の臨床実験の報告では、同社の装置が脳を刺激するのに十分なほど強力であることが示されており、目標に向けた第一歩となった。

この装置は脳の上に設置されるため、高帯域幅のデータを取得することはできない。しかし、モティーフは脳信号を解読して音声に変換したり、人々が思考で物を動かすのを助けたりしようとしているわけではないので、そうする必要はない。「感情は、口から発せられる音ほどすぐに変化しません」とロビンソン教授は語る。

どの企業が成功するかはまだわからないが、この分野がすでに勢いを増していることから、思考でテクノロジーをコントロールすることは、もはやSFの世界の話のようには思えない。それでも、このような装置は主に重度の身体障害を持つ人々を対象としたものだ。脳インプラントが「人間の能力の限界を再定義」したり、「世界を体験する方法を拡大」したりするというニューラリンクの目標がすぐに達成されるとは思わない方がいい。

MITテクノロジーレビュー関連記事

イーロン・マスクは、脳インプラントを用いて人間同士のコミュニケーションの「帯域幅」を広げたいと主張している。しかし、コミュニケーションの高速化という考えは「ほぼナンセンス」だと、本誌のアントニオ・レガラード編集者は昨年の記事で述べている。ただし、帯域幅が本当に重要な場合もある。

昨年、私は脳インプラントのおかげでコミュニケーション能力を取り戻した2人の女性を紹介する記事を書いた。1つは口の筋肉の動きを文字や音声に変換する装置。もう1つは脳信号を直接音声に変換するものだ。

脳コンピューター・インターフェイスの発明家の1人であるフィル・ケネディは、データを求めて自らの脳にインプラントを埋め込んだ。アダム・ピオルがまとめたこの奇妙な物語(リンク先は米国版)は興味深く、実に面白い記事である。

本誌のアントニオ・レガラード編集者は2021年に、ある脳インプラントユーザーを紹介した長文記事を発表した。脳インプラントについて知りたいほぼすべてのことが網羅されており、上述したテクノロジーのいくつかについてもより深く掘り下げられている。

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