主張:気候変動への適応には治水インフラの転換が必要だ
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Our water infrastructure needs to change 主張:気候変動への適応には治水インフラの転換が必要だ

甚大な洪水や深刻な干ばつの被害が世界中で発生している。これまではダムや堤防を建設する治水工事によって対応してきたが、これからは自然を利用した治水が必要だ。 by Sandra Postel2022.01.06

水に関して言えば、2021年は記録的な年となった。西欧各地では多数の死者を出した洪水が発生し、河川の水位がここ500年から1000年で最高の水準まで上昇した。中国の中央部でも破壊的な洪水が発生し、25万人以上の人々が家を失った。一方、米国南西部では広い範囲で大干ばつが続いており、過去1200年で2番目に降雨の少ない20年間となっている。

一方、高度な治水施設が過去1世紀の間に米国をはじめ世界各地で導入されたことで、社会がこのような大災害から守られているはずだと思われるかもしれない。現在、世界には約6万基の大規模なダムが存在し、水を捕捉して貯め込み、配管工事のように河川の流れを変えられるようになっている。毎年、世界各地の都市では、パイプラインや運河の広大なネットワークを通して、コロラド川10本分の水を引き込んでいる。また、全長何千キロもの人工的な堤防によって、都市や農場は河川の氾濫から守られている。

さまざまな意味で、80億人近くの人口と年間85兆ドルの財・サービスを抱えるこの世界が、これらのような治水施設なくして成り立つとは考えられない。エジプトのカイロや米アリゾナ州のフェニックスをはじめとする砂漠地帯の大都市は、現在の規模にまで拡大しなかっただろう。カリフォルニアの太陽が降り注ぐセントラル・バレーが、これほど豊かな野菜や、果物、ナッツ類の生産地になることもあり得なかっただろう。

しかし、水に関しては、過去の経験はもはや未来への指針として適切ではなくなった。地球温暖化により水循環は根本的に変化しており、世界のほとんどの国はその結果に対して何も準備できていない。

最も憂慮すべき前兆の一つは2018年、南アフリカのケープタウンが、住民400万人分の水道を止める寸前に追い込まれたときのことだった。3年連続の干ばつでケープタウンの貯水池は干上がっていた。市当局は、家庭の蛇口への水道水の供給が止まる日程「デイ・ゼロ」を公表した。

自然をさらに人類の思惑通りに制御しようと、より重厚長大な治水インフラを構築することは魅惑的かもしれないが、解決策にはならない。

自然保護対策によりケープタウンはデイ・ゼロをさらに先延ばしすることに成功し、その後、幸運にも再び雨が降るようになった。しかし、どのような都市も、災害から逃れるために運に頼ることは避けたい。後に科学者らは、気候変動によってケープタウンの極端な干ばつのリスクが5〜6倍に高まったと結論づけた。

干ばつや洪水など気候に関する災害は、多大な経済損失を伴う。2017年に米国で発生した3つの大型ハリケーンは、1980年以降の年間平均の6倍以上にのぼる3060億ドルの記録的な被害をもたらした。2017年の被害は例外のように思えるが、気候科学者らは、今世紀末にはこの規模の年間災害コストが一般的になると予想している。

そこで、自然をさらに人類の思惑通りに制御しようと、より重厚長大な治水インフラを構築することは魅惑的かもしれないが、解決策にはならない。解決策は、自然のプロセスに逆らうことではなく、むしろ協調して、水循環の破壊を進める代わりに修復することだ。このアプローチは、節水対策と組み合わせることで、水系の回復力を高める。さらに、水、気候、生物多様性に関わる、相互に関連した危機を、同時にかつコスト効率よく解決できる。

例えば、洪水被害が悪化した場合、堤防の高さを上げることで却って下流の洪水を激化させるよりも、複数の河川を自然堤防帯に戦略的に再接続する方法を検討できる。これによって、洪水被害を軽減し、炭素の回収量を増やし、地下水を涵養し、魚類・鳥類・野生生物のための重要な生息地を構築することにつながる。

水工学の先進国として知られるオランダは、洪水時に川幅が広がる余地となる空間を設けるという新たな治水方法により、2021年7月に発生した歴史的大洪水による大きな被害を免れた。ベルギーから流れ込むマース川(ベルギーでの呼称はムーズ川)は、2020年7月に1993年の最高流量記録を更新したが、1993年の洪水よりも被害を抑えられた。その理由の一つは、新しく完成した、5平方キロメートルの湿地帯に洪水の流れを逸らすプロジェクトである。この湿地帯が水を受け止めたことで、激流となったマース川の一部の水位を30センチメートル以上下げることができた。また、この湿地は二酸化炭素を吸収すると同時に、自然保護区としても機能しており、気候や野生動物の生態系に貴重な恩恵を与えるだけでなく、レクリエーションの場も提供している。オランダでは、「ルーム・フォー・ザ・リバー(川のための空間)」計画を通じて、このような自然を利用した洪水対策プロジェクトを国内の30カ所で実施している。

カリフォルニア州ナパ郡は、ナパ川の治水システムを再設計する際に、似たようなアプローチを取った。1900年代初頭、エンジニアはナパ川の水路を直線にかつ深くし、湿地帯や干潟を埋め立てた。同地域が1962年から1997年の間に11回の大洪水に見舞われた後、地元職員は米国陸軍工兵隊に「生きた川」戦略への協力を要請した。それは、ナパ川を本来の自然堤防帯と再接続し、住宅や企業を災害リスクの高い場所から遠ざけ、湿地や沼地を再生し、より戦略的に選んだ場所に堤防やバイパス水路を建設するものだった。住民は、3億6600万ドルにのぼるこのプロジェクトの分担金を支払うために、地元の売上税を半額引き上げることに投票した。ナパ郡は、バードウォッチングやハイキングのための新しいコースができただけでなく、10億ドル以上の民間投資によってダウンタウンが再び活性化するという恩恵も受けた。

米国議会は、自然を利用したシステムの規模を拡大するために、2020年に米国陸軍工兵隊に対して従来型のインフラと同等の扱いで検討するよう指示した。しかし、アプローチの大幅な変更には、隊規や手続きの変更、追加資金が必要となるだろう。

土壌の健全性を回復させる農法もまた、一つの戦略だ。世界全体の土壌を合わせると、世界中の河水の総量8倍分の水を蓄えることができるが、土壌が水の貯蔵庫として見られることはほとんどない。科学者らは、土壌中の有機物の含有率を1ポイント増やすことで、土壌の保水力が1エーカーあたり最大68キロリットル増加し、豪雨や乾季への順応性が高まることを発見した。

つまり、農閑期に被覆作物を植えるなど、土壌を再生させる農法は、収穫量を増やしてコスト削減につながるだけでなく、水管理を改善し、気候変動の影響を緩和できるのだ。さらなる恩恵として、被覆作物によって農場からの土壌流出が減ることで、河川や帯水層を汚染する窒素やリンの量が抑えられる。その結果、世界中の飲料水、沿岸漁業、内陸湖を脅かす有毒な藻類の発生が減ることになる。

このような自然に立脚した水害対策の利用を拡大するには、気候、水、農業の相互関係を考慮した新政策やインセンティブが必要だ。例えばメリーランド州では、被覆作物を植えるのにかかる費用を農家と分担している。米国全体では農地の約6%にしか被覆作物が植えられていないのに対し、メリーランド州では農地の約29%に植えられている。

問題を全体的に解決策するには、官僚や専門家の枠を超えて考え、行動する必要があるため、簡単には実現しない。しかし、人が暮らせる未来への鍵となる。

気候変動の影響を避けるにはすでに遅すぎるが、このような自然に基づく治水対策により多額を投資することで、最悪の影響を避けることは可能だ。

サンドラ・ポステルは『Replenish: The Virtuous Cycle of Water and Prosperity(リプレニッシュ:水と繁栄の好循環)』(未邦訳)の著者。2021年にストックホルム水大賞を受賞している。