KADOKAWA Technology Review
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「おいしさ」をリバースエンジニアリング、AI考案の植物性チーズ
JOHN F. MALTA
This creamy vegan cheese was made with AI

「おいしさ」をリバースエンジニアリング、AI考案の植物性チーズ

米国のクライマックス・フーズは、人工知能技術を使って、10万種類の植物成分の組み合わせからおいしいヴィーガン・チーズを開発した。既存のチーズと遜色ない滑らかさとリッチな味わいを実現している。 by Andrew Rosenblum2024.04.26

米国カリフォルニア州エメリービルにあるクライマックス・フーズ(Climax Foods)のオフィスで、同社のオリバー・ザーンCEOがヴィーガンのブリチーズ、フェタチーズ、ブルーチーズの載った皿を準備してくれている間、私の期待はそれほどでもなかった。ほとんどのヴィーガンチーズは、食べ物版の「不気味の谷現象」に陥っている。本物と比べると違和感が満載なのだ。しかし、今日私が口にしたブリチーズは、なめらかで、濃厚で、まろやかで、おいしい。牛乳から作られたものだと容易に信じてしまうほどの味だが、このチーズは完全に植物から作られている。ザーンCEOによれば、機械学習なしでは、このチーズは生まれなかったという。

クライマックス・フーズは、米国カリフォルニア州アラメダのシル(Shiru)やチリのノットコ(NotCo)などと同様に、人工知能(AI)を使って植物由来の食品を作っている新興企業の1社だ。これらの企業は、味、香り、伸縮性など、望ましい特徴を持つ成分のデータセットを使ってアルゴリズムを訓練する。そして、AIを使って膨大なデータを調べ、同じような機能を持つ成分の新しい組み合わせを開発するのだ。

「従来の成分探索には何年も何千万ドルもかかることがありますが、その結果は、前の世代よりも少しずつ良くなっている程度に過ぎません」。タンパク質工学のテーマで博士論文を書いた、シルのジャスミン・ヒュームCEOは言う。「(今なら)ゼロから、つまり自然界に存在するものから最もよく機能するタンパク質を選び出し、約3カ月で試作品を作ってテストすることができます」。

食品業界の誰もがAIを使った成分探索を強く支持しているわけではない。 かつてペプシ(Pepsi)で飲料とスナック菓子の研究開発チームを率いていた食品コンサルタントのジョナサン・マッキンタイアは、AIによる成分探索は「かなり」過大評価されていると考えている。「AIは、AIに与えるデータと同程度の性能を示すだけです」とマッキンタイアは言う。 また、食品会社が製法や機密情報をいかに用心深く守っているかを考えると、生産的な結果を得るのに十分なデータがあるとは限らないとマッキンタイアは付け加える。 マッキンタイアは、ある教訓めいた話をしてくれた。彼がペプシに在籍していたとき、同社はIBMのワトソン(Watson)を使ってよりおいしい炭酸飲料を作ろうとした。 「ワトソンが作ったのは、史上最悪の味でした」。

クライマックス・フーズは、チーズのおいしさの理由を本質的にをリバース・エンジニアリングするため、独自の訓練用データセットを作成することで、このデータ不足の問題を回避した。「チェダーチーズ、ブルーチーズ、ブリチーズ、モッツァレラチーズなど、動物性食品がなぜそのような味になるのかについて、私たちが研究を始めた頃はほとんどデータがありませんでした。それがその食品自体の味だからです」。以前はグーグルの巨大広告事業でデータサイエンスの責任者を務めていたザーンCEOは語る。「その味を研究する商業的理由はなかったのです」

以前はチョコレート工場だった場所にあるクライマックス・フーズのオフィスの1階の食品科学研究室で、ザーンCEOは自身のチームがデータ集積を構築するために使用した機器のいくつかを披露した。イオンクロマトグラフィーを使って、細菌株が乳糖を分解した後のさまざまな酸の正確なバランスを示す機械がある。質量分析計は 「電子の鼻」のような役割を果たし、どの揮発性化合物が食物に対する私たちの嗅覚反応を引き起こすかを明らかにする。レオメーターと呼ばれる装置は、チーズが物理的な変形に対してどのように反応するかを追跡する。チーズに対する私たちの反応の一部は、スライスしたり噛んだりしたときの反応に基づくものだ。こららのチーズのデータにより、AIが植物成分のさまざまな組み合わせで到達しようとするパフォーマンスの目標基準値が作成される。

クライマックス・フーズの食品科学者は、どの植物が代用品としてうまく機能するかについて経験に基づく推測を駆使し、過去4年間で5000以上のチーズの試作品を作り上げてきた。このチームは、動物性チーズに使われるのと同じ実験器具を使って、食感と風味についておよそ50種類の検査を含む分析を実施する。その過程で何百万ものデータポイントが生成される。AIはこれらの試作品で訓練され、アルゴリズムはさらに優れたパフォーマンスを発揮する可能性のある混合物を提案する。チームはそれらを試し、反復し続ける。「すべての入力ノブを変化させ、出力を測定し、そして出力と目標とする動物性チーズとの差をできるだけ小さくしようと試みます」とザーンCEOは語る。ザーンCEOの推定では、小規模の「マイクロプロトタイプ」を含めると、クライマックス・フーズはおよそ10万種類の植物成分の組み合わせを分析した。

手作業でこれだけ多くの試作品を試食し、成分の配合を微調整するには数千年かかるだろうとザーンCEOはいう。しかし、2020年初頭にゼロからスタートしたザーンCEOらのチームは、第1号となるチーズを調合し、2023年4月に市場に投入することができた。

ヴィーガンブルーチーズであるこの製品の植物成分は、ほぼ身近なものだ。原材料のトップ4は、かぼちゃの種、ココナッツオイル、ライ豆、ヘンププロテインパウダーである。ミシュランの星付きシェフであるドミニク・クレンは、このチーズを 「やわらかくバターのような風味があり、ヴィーガンチーズとしては想像を超えるリッチな味わい」と評した。

ラフィングカウ」のメーカーであるベルグループ(Bel Group)は、クライマックス・フーズ製品のライセンス契約を結んでいる。また、ザーンCEOがまだ公に名前を挙げられない2つ目の大手メーカーも契約を締結済みだ。ザーンCEOは現在、ベンチャーキャピタルからの資金調達に奔走しており、今年後半にはブリチーズとフェタチーズの販売を開始したい考えだ。

ワトソンがよりおいしいペプシを作ろうとして失敗したのとは異なり、クライマックス・フーズのアルゴリズムは、錬金術のような新しい方法で成分を組み合わせることができる。「ある成分と別の成分との相互作用が、予想もしなかった味や感覚を生み出します。2つの成分をただ合わせただけ、というものではありません。まったく異なるものになるのです」。

乳製品を原料とするチーズの代替品を開発する理由の1つは、その環境コストにある。重量に換算すると、チーズは鶏肉や豚肉よりも二酸化炭素排出量が多く、人間は毎年およそ2200万トンのチーズを食べている。ザーンCEOにとってその答えは、消費者にゴムのような味気ない代用品で我慢してもらうことではなく、同等かそれ以上の味を持ち、製造コストもはるかに安い植物由来のチーズを提供することなのだ。

アンドリュー・ローゼンブラムは、フリージャーナリスト。ニュー・サイエンティスト誌、ポピュラー・サイエンス誌、ワイアード誌、その他多くの雑誌に寄稿している。

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アンドリュー・ローゼンブラムは、MIT Technology Reviewのゲスト寄稿者で、ドローンや人工知能、セキュリティ、商用宇宙旅行についてポピュラー・サイエンス誌やワイヤード、フォーチュンなどにも寄稿しています。
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