暗号資産で「お金配り」、 45万人の生体データ集めた ワールドコインの残念な実態
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Deception, exploited workers, and cash handouts: How Worldcoin recruited its first half a million test users 暗号資産で「お金配り」、
45万人の生体データ集めた
ワールドコインの残念な実態

Yコンビネーターのサム・アルトマンが共同創業者に名を連ね、シリコンバレーのベンチャー・キャピタルが出資する「ワールドコイン」は、富の再配分を謳い、暗号通貨と引き換えに途上国でおよそ45万人分の生体認証データを集めている。だがその実態はお粗末なものだ。 by Adi Renaldi2022.06.07

2021年12月の、よく晴れたある朝のことだった。インドネシアのガナングラ村に住む家具職人、イユス・ルスワンディ(35歳)は、母親にたたき起こされた。地元のイスラム教徒が通う小学校で、どこかのテクノロジー企業が「社会貢献のためのプレゼント」を配っているらしいから、もらいに行くように、という。

ルスワンディは、主に女性の住民が並ぶ長蛇の列に加わった。中には午前6時から並んでいるという人もいた。パンデミックによって痛んだ経済状況では、どんな支援でも歓迎されるのだ。

列の先頭では、「ワールドコイン(Worldcoin)」をインドネシアで推進している担当者がメールアドレスと電話番号を収集したり、奇抜な金属製の球体を住民の顔に向け、眼球の虹彩などの生体認証データをスキャンしたりしていた。村の職員もその場にいて、順番を待つ住民に整理券を配っていた。

ルスワンディは、ワールドコインの担当者にどのような慈善事業なのかと尋ねたが、何も分からなかった。彼らは、母親が言うようにお金を配っているだけだった。

ワールドコインが訪れたのは、ガナングラ村だけではなかった。他にも、インドネシア西ジャワ州の村々や大学のキャンパス、地下鉄の駅、市場、20数カ国の都市(そのほとんどは発展途上国)で、ワールドコインの担当者が1日か2日間だけ現れ、生体認証データを収集していた。その見返りとして、自由に使える現金(多くの場合、ワールドコインのトークンと現地通貨)からエアポッド(AirPod)、将来的な儲け話まで、あらゆるものを提供するということだった。場合によっては、地元の政府職員へも現金を渡していた。だが、ワールドコインの「本当の意図」はまったく分からなかった。

これにはルスワンディをはじめ、多くの人が戸惑った。ワールドコインは、虹彩をスキャンして何をしようとしていたのだろうか?

この疑問に答えるため、そしてワールドコインの登録および配布のプロセスをより理解するために、MITテクノロジーレビューはインドネシアやケニア、スーダン、ガーナ、チリ、ノルウェーの6カ国において、ワールドコインの従業員や請負業者、生体認証データの提供者、あるいはその提供を拒んだ35人以上を取材した。MITテクノロジーレビューは、インドネシアでの登録イベントで生体認証データをスキャンする現場を実際に観察し、ソーシャル・メディアや携帯電話のチャット・グループの会話を確認し、グーグル・プレイとアップル・ストアでワールドコインのウォレットのレビューを調べた。また、ワールドコインのアレックス・ブラニア最高経営責任者(CEO)に取材し、詳細な報告書と質問リストを提出してコメントを求めた。

MITテクノロジーレビューの取材により、プライバシー保護に重点を置いたワールドコインの公式メッセージと、ユーザーの体験との間には大きなギャップがあることが明らかになった。MITテクノロジーレビューは、ワールドコインの担当者が欺瞞的なマーケティング手法を用いて、相手の十分な同意を得ずに予想以上の個人データを収集していたことを突き止めた。これらの行為は、現地の法律に加え、同社独自のデータ・ポリシーがユーザーに受け入れられるようにするよう求めている、EU一般データ保護規則(GDPR)に違反する可能性があった。

2022年3月上旬、ワールドコインが機器を製造しているドイツのエルランゲン市におけるビデオ取材で、ブラニアCEOは「行き違い」があったことを認めたが、それはワールドコインがまだ立ち上げ段階にあることが原因だと話した。

「ご存じかどうか分かりませんが、シリーズA企業、つまり事業を始めたばかりの企業は数人で取り組むもので、ウーバー(Uber)のように数百人がかりで何度も事業を立ち上げている企業とは違うのです」とブラニアCEOは言った。

本人証明

ルスワンディの村にワールドコインが来る2カ月前、サンフランシスコに本社を置く「ツール・フォー・ヒューマニティ(Tools for Humanity)」という会社が表舞台に姿を現した。ワールドコインは、ツール・フォー・ヒューマニティの製品だ。

ツール・フォー・ヒューマニティのWebサイトでは、ワールドコインはイーサリアムをベースとしており、「できるだけ多くの人たちに公平に配布し、集団で所有する新しい世界通貨」と説明している。同社が「クロム・オーブ(Chrome Orb) 」と呼ぶ、ロボットの頭ほどの大きさのある特別に設計されたデバイスを使った虹彩スキャンに同意するだけで、世界中の誰もが無料でワールドコインを所持できると主張している。

公平性重視のためクロム・オーブが必要だ、とワールドコインのWebサイトは続ける。誰もが割り当てられたワールドコインを受け取るべきで、それ以上でも以下でもない。同一人物が何度も受け取れないように、オーブでユーザーの虹彩などの生体認証データをスキャンした後、開発中の独自のアルゴリズムを使って、ワールドコインのデータベースでそれが人間であり、一意であることを暗号技術によって確認するという。

「ユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)や世界の富の再分配がどうなるのか、非常に興味がありました」。ワールドコインの共同創業者で、シリコンバレーのスタートアップ養成企業Yコンビネーター(Y Combinator)の元社長であるサム・アルトマンは2021年夏、ワールドコインについて初めて報道したブルームバーグに対し、こう語っている。ワールドコインの目的は、「テクノロジーを使って世界規模で(UBIや富の再配分を)実現する方法はないのか」という問いに答えることだとアルトマン共同創業者は話した。

ブラニアCEOは、カリフォルニア工科大学の物理学修士課程を修了してすぐ、27歳でワールドコインに入社した(本記事ではブラニアCEOたちがそうするように、ツール・フォー・ヒューマニティという企業を指す際も「ワールドコイン」と記す)。ブラニアCEOは同じ記事の中で「世界では多くの人々が、金融システムにアクセスできていません。暗号通貨にはそれを実現できる可能性があるのです」と付け加えている。

だが、こういった慈善家ぶった態度とは別に、ワールドコインには別の側面が期待できる。一握りのテック企業が支配している現在のインターネットではなく、個人やグループがデータやコンテンツを非中央集権的に管理する、ブロックチェーンを活用した第3のインターネットとして注目される「Web3」の重要な技術的問題を解決できるかもしれないことだ。

ブラニアCEOはMITテクノロジーレビューのインタビューで、「すべての人にこの新しいプロトコルの所有権」を与えることは、これまでで「最速」かつ「最大の暗号通貨とWeb3の導入」であり、Web3の大きな課題の1つであるユーザーの少なさを解決することになると話した。

さらに、ブラニアCEOによると、ある個人が特定の人であることを生物的な測定で確認することで、ワールドコインは非中央集権型テクノロジーにおける、もう1つの「極めて基本的な問題」を解決できるかもしれないという。その問題とは、ネットワーク上のあるエンティティが複数の偽アカウントを作成・管理することで発生する、いわゆるシビル攻撃(攻撃者が複数のアカウントやコンピューターなどを作成しネットワークを支配しようとする攻撃)のリスクだ。シビル攻撃は、仮名が想定される非中央集権型ネットワークでは特に危険だからだ。シビル攻撃に耐性のある真の個人を証明する方法はこれまで極めて困難とされており、この点がWeb3の大規模導入の障壁の1つだと考えられている。

この2つの解決策により、ワールドコインは「個人の証明と配布の両方で、誰もが使えるオープン・プラットフォーム」になり得るとブラニアCEOは話した。そこにワールドコインの可能性がある。成功すれば、このプロトコルはまったく新しいインターネットを構築する普遍的な認証方法になるかもしれない。実現すれば、(ワールドコインという)通貨そのものの価値も格段に上がるだろう。「投資家たちは、ワールドコインのプロジェクトが世界に価値をもたらし、その結果、当社の株式やトークンの価値が高まることを期待しています」とワールドコインはメールで声明を発表した。

そうした見通しがあるためか、アルトマン共同創業者のほかにもシリコンバレーの大物たちが資金をつぎ込んでいる。最近、ベンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツが1億ドルの投資ラウンドを主導し、10億ドルで頭打ちになっていたワールドコインの評価額が、3倍の30億ドルへと上昇した。

オーブって何?

2022年3月にブラニアCEOを取材した時点で、ワールドコインはすでに24カ国で45万人の目や顔、身体をスキャンしていた。世界銀行によれば、そのうち14カ国は発展途上国で、8カ国はアフリカにある。だが、2023年までに10億人のユーザー獲得を目指していたワールドコインにとっては、まさにスタート地点に立ったばかりだ。

ワールドコインのブログ記事によれば、活動の中心になっているのは、高度なカメラやセンサーを搭載し、ハイテクを駆使したオーブによる虹彩スキャンだけでなく、「ユーザーの身体や顔、目の高解像度画像」の撮影だ。さらに、ワールドコインのデータ同意書には、「非接触ドップラー型レーダーによる心拍や呼吸などの生体信号の測定の実施」も記されている。MITテクノロジーレビューの質問に対し、ワールドコインは生体信号を測定したことはなく、同意書からこの文言を削除する予定だと述べている(この記事の初出掲載時点で、この文言は残ったままだ)。

生体認証データは「アイリスハッシュ(IrisHash)」と呼ばれるコードを生成するために使われ、オーブの中に保存される。ワールドコインによれば、アイリスハッシュは決して共有されることはなく、同じコードがワールドコインのデータベースにすでに登録されているかどうかを確認するために使われると述べている。そのために、ゼロ知識証明と呼ばれるプライバシーを保護する新しい暗号方式を採用しているそうだ。アルゴリズムが一致するアイリスハッシュを発見した場合、その個人はすでに登録済みである。一致するアイリスハッシュがなければ、一意性確認を通過したことになり、メールアドレスや電話番号、あるいはQRコードを使った登録に進み、ワールドコインのウォレットにアクセスできるようになる。これらはすべて数秒で完了するとしている。

ワールドコインは、オーブに保存された生体認証データはアップロードされた時点で削除されるという。あるいは、少なくとも虹彩を認識することで不正を検出する人工知能(AI)ニューラル・ネットワークが訓練を終えれば、いずれ削除されるとしている。それまでは、「個人データは(中略)安全で暗号化された経路で送信されます」といった曖昧な説明だけで、このデータがどう扱われるのか不明だ。「実証実験の最中は試験が完了して本格的に始動する時よりも多くのデータを収集し、安全に保存しています」とブログに記述がある。「アルゴリズムが完全に訓練を終えた時点で、実証実験中に収集したすべての生体認証データは削除されます」。

この記事が掲載される直前のMITテクノロジーレビューの質問に対しワールドコインは、公開版のシステムでは新規ユーザーがワールドコインに生体認証データを提供しなければならない状況を解消すると回答しているが、その仕組みについての説明はない。

役に立たない借用証書

ただ、ワールドコインの導入方法がどのようなものかは分かっている。新しいユーザーのスマートフォンにワールドコインを導入するため、同社は現地の「オーブ・オペレーター」と契約し、その国や地域の登録を管理させている。

ワールドコインのアナスタシア・ゴロビナ広報責任者は、オーブ・オペレーターは「独立した請負業者であり、ワールドコインの従業員ではありません」とメールで強調している。とはいえ、オペレーターはこの仕事に応募し、ワールドコインの面接を受けて採用された人物だ。オペレーターたちには法律的に明確な取り決めや賃金の保証はなく、その代わり、収集したユーザーの生体認証データに対する手数料を受け取っている。だが、「労働法を含む現地の法律や規制は遵守しなければなりません」とゴロヴィナ広報責任者は付け加えた。

各国のオーブ・オペレーターは、ステーブルコイン(安定通貨)のテザー(Tether)で手数料を受け取っている。ステーブルコインは暗号通貨の一種で、その価格は伝統的な通貨、多くは米ドルに連動している。オペレーターは、下請け業者にいくら支払うのか(通常、現地通貨)や労働条件(フルタイム、パートタイム、単発の請負)を決定する。オペレーターも下請け業者も、いわゆる歩合によって報酬が決まるため、できるだけ早く多くの人を登録することがインセンティブになっている。

一方、これまでの新規ユーザーは、生体認証データを提供することで少なくとも15米ドル相当のワールドコインを獲得し、ワールドコイン・ウォレットにログインすればさらに5ドルを獲得できていた。その後、新規ユーザーの利用可能な合計金額は25ドルに変更された。(ワールドコインを)一度に受け取れるユーザーもいれば、週ごとに2.5ドルずつ受け取るようになっているユーザーもいる。ブラニアCEOは、この違いは(新規登録ユーザーに対する)最も効果的なインセンティブを試すためだと話す。いずれにせよ、ワールドコインはステーブルコインではないうえ、まだ(市場での)取引が始まっていないため、同社は「20米ドルに相当するワールドコイン(WLD)トークンがどいくらになるかはまだ分かりません」と回答で述べている。

ユーザーのインセンティブを探るために、一部の人にはワールドコインの代わりに20ドル相当のビットコインを受け取るオプションが与えられ、事実上、現金化できるようにした。ワールドコインは「熱心なユーザーはWLDを持ち続けることを選択しました」と言うが、取材を受けたほとんどの人は正反対のことを話した。

だが、この現金化オプションは2021年秋に終了しており、今のところ20ドルまたは25ドル相当のワールドコインが約束されていても、ワールドコインからの借用証書(IOU)に過ぎない。ユーザーがデジタル・ウォレットに保有する(ワールドコインの)トークンは、どう考えても価値がないのだ。

チャンスに賭ける

ワールドコイン・ユーザーの登録理由は、さまざまだ。

「好奇心」が一般的だろう。オーブ・オペレーターが「いい人そうだったから」、あるいは「たまたま兄弟やいとこ、同級生だったから」という理由もある。次のビットコインになるかもしれないものを早く手に入れたいと思う人もいれば、パンデミックによって仕事や収入を失った人もいた。内戦が再燃しそうな恐れから、自暴自棄になった人もいた。昼食代にした人もいただろうが、ほとんどの人は、無料で提供される現金が欲しかっただけだろう。多くの人が詐欺を疑ったが、詐欺ではない可能性を考えると、無視する人はほとんどいなかった。

ルスワンディは、これらの理由のうちのいくつかが当てはまる。パンデミックで家具職人としての多くの仕事を失い、有り余る時間を株や暗号通貨の取引に費やし、暗号関連の掲示板や取引所に入り浸っていた。

ルスワンディは「興味があったし、やっても損はないと思いました」とふり返り、「収入が減る中、あのお金は魅力的でした」と付け加えた。

だが、ルスワンディはすぐに疑問を抱いた。現場にいたワールドコインの担当者も、村の職員も、ワールドコインに関する基本的な質問にすら答えられなかったからだ。その後、ネットで調べても情報が出てこないため、詐欺だと思うようになった。ルスワンディは、現実世界でばらまかれたこの謎のプレゼントは、トークンを無料配布して暗号通貨の取引を促進することが目的だと装った、大量のデータ収集活動だと考えた。

多くの人がインターネットといえば、スマートフォンにプリインストールされたフェイスブックのアプリくらいしか知らなかったため、結局、ワールドコインの …

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