気がつけば「世界2位」、 ビットコイン採掘者が去った カザフスタンに残されたもの
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Bitcoin mining was booming in Kazakhstan. Then it was gone. 気がつけば「世界2位」、
ビットコイン採掘者が去った
カザフスタンに残されたもの

安価なエネルギーと緩い規制を利用するため、ビットコイン採掘者はカザフスタンに群がった。今ではほとんどの者が別の国や地域へと移ってしまい、朽ちかけた設備や社会不安以外に残されたのは、見果てぬ夢だけだ。 by Peter Guest2023.02.14

カザフスタン最大のビットコイン採掘(マイニング)施設は、エキバストスというカザフスタンのラスト・ベルトの奥深くまで進まないとたどり着けない街にある。エキバストスはカザフスタンの最北東の地域にあり、首都アスタナとセルビア国境とのちょうど中間に位置する。街で見られるのは、殺風景で無秩序に広がった薄汚い数々の店と、「鶏小屋」と呼ばれる旧ソ連時代の狭苦しいアパートぐらいだ。

2022年10月後半、私はエキバストスの街中にある駐車場に停めたレンタカーで待機していた。武装した民間警備員を載せた警備車両に先導されてビットコイン採掘施設へ向かう、小規模な車両の隊列に加わるためだ。警備車両はオレンジのライトを点滅させながら、尾鉱沈殿池や、灰色の埃が渦を巻きながら立ち上る立坑の間の、曲がりくねった狭い道を走った。

20分後、車列は黒色の準軍事装備品に身を包み、カラシニコフを構えた警備員が配置されている門の前で停車した。門の内側では、さらに多くの武装した警備員がパトロールし、高くそびえ立つ塔に取り付けた監視カメラが常に見張っている。この採掘施設の所有者であるエネギックス(Enegix)のために施設を管理しているヤルボル・トゥルグムバエフの説明によれば、こうした警備は「ゴミを漁りにくる連中のため」だそうだ。トゥルグムバエフは自分の声が私に届くように、大声で叫ぶ必要があった。採掘施設に8棟ある60メートル長の建屋すべてに、2階建て住宅の高さほどあるコンピューター・ラックが所狭しと置かれ、建屋の換気扇が内部のサウナ並みの熱気を排出するため轟音を立てているからだ。

エネギックスの採掘施設がフル稼働すると、エキバストスのピーク時の需要の5倍に相当する150メガワットの電力を消費する。近年、この街とその周辺地域には引き寄せられるようにたくさんのビットコイン採掘者(マイナー)が集まっており、エネギックスもその1つに過ぎない。豊富な石炭がある一方、ソビエト連邦崩壊後に工業生産が衰退したため、エキバストス周辺地域、そしてカザフスタン全体に余剰電力が生じた。採掘者は早晩その事実に気づき、2017年になるとカザフスタンに採掘施設を置くようになった。電力が安価だっただけでなく、土地もほぼ無限にあり、採掘施設の設置が可能な使われていない工業用建屋も有り余っていた。

2021年夏、事業欲、収賄、その時の状況という組み合わせで、カザフスタンは「ハッシュ・レート」で世界第2位になった。ハッシュ・レートとは、ビットコインの採掘に費やされている計算機能力を測る尺度だ。

しかし、ビットコイン採掘というゴールドラッシュの行く先には、最初から暗雲が立ち込めていた。カザフスタンの送電網に過剰な負担をかけるビットコイン採掘者には2種類ある。税制優遇措置と安価な電力を活用する「ホワイト」採掘者と、カザフスタンの縁故政治と緩い規制を悪用して水面下で活動する「グレー」採掘者だ。2021年末までに、採掘者は人口1900万人のカザフスタンにおける総発電量の7%以上を消費するようになった。電力消費が急上昇したことによって、送電網は余剰がある状態から電力不足へと転落した。電力不足によって一部地域で停電が起こるようになり、昔から続く汚職、縁故主義、そして燃料代の値上がりをめぐって市民感情は悪化した。2022年1月、こうした問題はとうとう大規模な抗議活動にまで発展した。数週間のうちに、カザフスタン政府は採掘者を実質的に国内送電網から締め出し、採掘ブームは唐突な終焉を迎えた。

カザフスタンでの出来事は、暗号通貨の混乱が始まる2022年のきっかけに過ぎなかった。この年、暗号通貨業界はテラ(Terra)のステーブルコイン(安定通貨)の暴落から、世界で第三の規模を誇る暗号通貨取引所「FTX」が詐欺と窃盗の疑いをかけられるなかでの劇的な破綻に至るまで、相次ぐスキャンダルに見舞われた。しかし、カザフスタンでの出来事は、暗号通貨のサプライチェーンにおける、ゆっくりと進行する危機を映し出している。暗号通貨採掘者が施設を設置できる場所であればどこでも起き得る危機であり、暗号通貨産業の社会的、経済的、環境的な持続可能性に対して大きな疑問を投げかけた。

カザフスタンがビットコイン採掘者を送電網から締め出した際、多くの採掘企業が閉鎖された。国際的に活動しているほぼすべての採掘者たちは次の地域や国へと移動し、一部は散り散りになって(当局の目が届きにくい)国境地帯へ逃走した。エネギックスは踏み止まったが、採掘施設の全能力と比較すれば小さな規模でしか操業していない。稼働は深夜から午前8時までと週末だけで、電力は国境を超えてロシアから輸入している。同社は環境がいつか変わることを期待しているが、ビットコインの価格が2021年のピーク時と比較して格段に低くなってしまったことで、ビットコイン採掘産業の経済は大きく様変わりしてしまった。世界を股にかけるビットコインの事業者たちは、次なる地を目指した。一部の事業者は中国、ロシア、米国へ移り、別の事業者は中央アジアやアフリカといった新境地へ旅立った。

後に残されたのは、打ち砕かれた希望と取り残された資産だけだ。資産と言っても、採掘以外の用途には使えないコンピューター、その場で錆びゆくだけのサーバーラックと電子機器といった類のものだ。カザフスタンの北東部のあちこちで、MITテクノロジーレビューは解体中、あるいは放棄された採掘施設をいくつも現認し、採掘者は採掘ビジネスから手を引く以外の道がないと話した。

ビットコイン採掘を批判する人たちは、カザフスタンで起きたことは不可避だったと話す。採掘産業は往々にして地政学的にグレーなゾーンや辺境地域に集まる。そういった場所で脆弱な政治システムを悪用し、価値を搾り取り、社会的分断を悪化させる。一方の擁護者からすると、採掘産業は高度な技術を伴う輸出ビジネスであり、新しい経済の礎を築き上げるという。しかし、雇用と社会貢献の観点からすると採掘産業がもたらす利益はせいぜい一時的なものとしか思えない。採掘産業は現れてはすぐに消えるものでしかない。その間、国の助成金を何億ドルも吸い上げ、汚職を助長し、送電網を不当に占拠し、1日に数千トンもの石炭を燃やすのだ。採掘産業が過ぎ去った後には不安と不信以外、大したものは残らない。

「採掘者は自分たちを歓迎する地域や国へ移動し、必要とするものをすべて奪い取ったら、次へと向かうのです」。採掘ビジネスについて幅広く研究しているノーサンブリア大学のピート・ハウソン助教授は言う。「寄生虫のような産業なのです」。

カザフスタン政府は、自国の暗号通貨にまつわる物語がまだ終わりを迎えていないことを夢見ている。採掘者が施設を閉鎖し撤退する一方で、当局は暗号通貨産業を野心的に再復興しようとしている。暗号通貨取引所と投資家に対する優遇措置を実施し、カザフスタンを国際的な暗号通貨の金融ハブにしようとしている。政府は、こうした措置がカザフスタンの金融およびテック部門に弾みをつけると考えている。しかし、暗号通貨産業はその哲学的な面においても、実際的な面においても1カ所に留まることは真逆であり、そんな産業を引き戻そうとする政府はとてつもない苦戦を強いられるかもしれない。

世界を移動するビットコイン事業者たちを可能にしたイノベーションがある。カスタマイズ可能なチップ「ASIC(特定用途向け集積回路)」だ。ビットコインを少しでも獲得するためには、1秒間に数兆ものハッシュ計算が必要で、ASICはそれに最適化して作ることができる。

暗号通貨の採掘に最適化されたASICが市場に登場したのは2013年頃のことだ。これによって、採掘は家庭用のコンピューターで実行されていた家内工業(もっとも、グラフィックス・プロセッサーで強化されていたが)から、工業的なプロセスへと変貌した。2013年に世界の「ハッシュ・レート」、つまりネットワーク上で生成されたハッシュの数は、毎秒約75テラ・ハッシュ(または75兆ハッシュ)だった。国際エネルギー機関(International Energy Agency)のデータによると、2016年までに世界のハッシュ・レートは毎秒100万テラ・ハッシュを超えた。ネットワーク上のコンピューターが増えれば増えるほど競争は激化し、採掘者はより巨大な採掘用の設備を構築するようになった。ASIC搭載機は比較的持ち運びがしやすいので、世界中のどこにでも運ぶことができ、採掘をすぐに始められるのが利点だ。

「採掘というのは、実に単純な市場なんです。主な要素は2つ。1つはデバイス。もう1つは必要なエネルギー。それで事足りるんです」。データ科学者で、暗号通貨業界で使われるエネルギーを追跡するプラットフォーム「ディジコノミスト(Digiconomist)」の創業者、アレックス・デ・フリースは言う。「ビットコインの価格が適切な水準に達し暗号通貨業界が専門化し始めると、すぐに採掘者は運営のためのエネルギー源をより安価に提供してくれる場所を、脇目も振らず探し求めるようになりました」。

採掘産業が産声を上げた当初、米国はその中心地だった。しかし、中国が目覚ましい成長を見せた。新疆ウイグル地区、内モンゴル自治区、四川省といった中国における辺境の地は、水力発電による豊富な電力があり、国の監視も緩かった。辺境地の採掘施設は他にも、バルト諸国、ノルウェーやスウェーデンの一部、地熱エネルギーが余っていたアイスランドなどに設置された。

採掘者を惹きつけたのは、安価な電力だけではなかった。採掘産業が盛んになったのは往々にして、政府が脆弱か無関心な場所、採掘者が融通の利く環境を見つけたり、作り出せたりする場所、ほとんど追跡不可能な通貨に対する切迫した需要がある場所だった。多くの場合、そのような場所は旧ソ連の構成国(独立国家共同体:CIS)だった。自由市場への移行により多くの産業が衰退し、使われなくなったインフラが打ち捨てられている場所だ。当然、天然ガスと石油が豊富なロシアも人気は高く、ウクライナも同様だった。少なくとも、2022年の初頭まではそうだった。

元の国家から分離した状態で国際的に認められていない自称国家とロシアに従属している政権の国家は、採掘者が惹かれる地域・国家の代表だ。ロシアの支援によってモルドバから分離したトランスニストリアに対して、ロシアのエネルギー企業「ガスプロム(Gazprom)」は実質的に無料のガス電力を提供している。機に敏い起業家たちはこれを利用して小規模なビットコイン採掘産業を築き、トランスニストリアが国際的な制裁対象になっているにもかかわらず、同政権の資金調達を支援しているとの疑いをかけられている。2008年にロシアが違法に侵攻し独立を承認したジョージア北部のアブハジアでは、採掘者が崩壊しかけていた送電網を完全に崩壊する瀬戸際まで追い込んだ。2021年、ついにアブハジアでの採掘が禁じられた。同年、コソボ北部にあるセルビアの飛び地に、突然、ビットコインの採掘施設が数多く出現した。コソボの首都プリシュティナにある政府の正当性を認めていないこの地域は、電気料金を支払っていない。コソボ政府は最終的に採掘を禁止し、採掘用の機材を押収した結果、社会の緊張状態が悪化した。

ハウソン助教授はビットコインの採掘を、かつて英国で歯科医師が児童に処方していた、虫歯部分を明るい色に染める歯垢顕示錠に例える。「ビットコインは、同じ役目を果たしていると考えています。ビットコインは世界中を駆け巡り、地政学的な緊張状態にある地域や、貧困と汚職が蔓延する地域を浮き彫りにするのです」。

より過酷な辺境に慣れ親しんだ採掘者にとって、カザフスタンは大当たりを引き当てたようなものだった。カザフスタンには、採掘者が望む要素がいくつもあった。安価で助成金を支給される電力や、豊富にある朽ちかけた工業地区の不動産だ。さらに、広大で、比較的安全で、安定した国家のカザフスタンは、ソビエト連邦崩壊後の衰退を天然資源の輸出によって補っていた。カザフスタンは、30年近くヌルスルタン・ナザルバエフ初代大統領によって統治されてきた。ナザルバエフ大統領は昔ながらの中央アジアでよく見られる警察・諜報官僚出身だったので、カザフスタンの政治は予測しやすかった。2019年、ナザルバエフ大統領は公式に退任したが、自身やその仲間たちは権力の中枢に留まった。

「カザフスタンのエネルギー能力には余力があり、人里離れた場所に古いソビエト式の建屋があったため、インフラを整えるのが大変安価に済んだのです」。ビットコイン採掘のベテランで、現在はスイスの暗号通貨コンサルタント企業「マーベリック・グループ(Maveric Group)」に勤務するデニス・ルシノビッチは話す。「何しろCISです。汚職は当たり前で、地域全体に蔓延していると考えています」。彼は2017年9月にカザフスタンを訪れ、その後、カザフスタン全国ブロックチェーン・データ産業センター協会(National Association of Blockchain and Data Centers Industry in Kazakhstan)を共同設立した。この協会はブロックチェーンとデータセンター産業の業界団体で、ロビー団体でもある。しかし、「カザフスタンは他の地域よりもさらに安定していました」とルシノビッチは話す。「なぜなら、20年以上、大統領によって統治されていたからです」。

2018年になると、カザフスタンのビットコイン採掘産業は勢いを増してきた。既存の建屋に機器を設置する採掘者もいれば、携帯可能なモジュール式の採掘用設備を輸送コンテナの …

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