ソーシャルメディアで世論は操作できるか?

Can social media control public opinion? ソーシャルメディアで世論は操作できるか?

11月8日に投票された米国の大統領選挙は激しい「ソーシャルメディア戦」が繰り広げられた。MITテクノロジーレビューの記事を通じて、ソーシャルメディア選挙の裏側を読み解こう。 by MIT Technology Review Japan2016.11.20

11月8日に投票された米国の大統領選挙は激しい「ソーシャルメディア戦」が繰り広げられた。トランプ、クリントン両陣営のソーシャルメディア戦略は、今後関係者の成果報告を通じて断片的には伝えられるだろう。ひとつ言えるのは、2016年の大統領選挙は、アドテクやボット、キュレーションサイトを駆使した、デジタル広告の総力戦でもあったことだ。MIT Technology Reviewの記事を通じて、ソーシャルメディア選挙の裏側を読み解こう。

支持者リスト

2016年2月1日、マイクロソフト・リサーチは「ボッティビスト:オンラインボットによるボランティアへの行動呼びかけ」と題する論文を発表した。「ボッティビスト」は「ボット」と「アクティビスト(運動家/活動家)」を組み合わせた造語で、ラテンアメリカの政治腐敗を題材に、「汚職」や「刑事免責」(汚職政治家が訴追等を免除されること)といったキーワードをツイートしたユーザーにボットが話しかけ、政治腐敗と戦うために何をすればよいのか、ユーザーに問いかけ、応答率などを調べた。全体では45%の返信率で、「自分たちの住む場所でどうやって汚職に立ち向かえばいい?」など、活動に参加するよう直接求めたツイートへの返信率は81%もあった。

⇒「ボットは政治運動に人間を巻き込めるか?

従来の政治運動では、すでにある団体の組織力を借りるか、地道な活動を通じてしか新しい組織は作れない。しかし、ユーザーが身近に感じる不満をフックにすれば、少なくともソーシャルメディア上で「同志」を募れる。しかもボットだから、末端部分で組織を束ねるリーダー役を育てる必要はない。大きな不満さえ見つければ、ボットが自動的に話しかけ、ソーシャルメディアのフォロー機能やリスト機能を使って、支援者リストを機械的に作成できる。ソーシャルメディアの自動運用が、選挙戦でも使われたわけだ。

ボットは、今回の大統領選挙で大活躍した。11月7日に発表された南カリフォルニア大学情報科学研究所のアレサンドロ・ベシ研究員とエミリオ・フェラーラ助教授による論文によれば、ツイッター上では大統領選挙関連のボットが推定約40万体稼働しており、選挙関連ツイートのうち、約20%はボットによるツイートだという。

⇒「大統領選ツイートは約20%がボット、約75%はトランプ支持

しかし、人間はボットのツイートだと見抜けないのだろうか。ツイート数が多くても選挙への影響はないとも考えられる。ところが研究チームは、リツイート率は、ボットでも人間でもほとんど同じであり、人間はボットを見分けられないことを示した。ツイッターのタイムラインはすぐに流れてしまうから、疲れを知らないボットが何度もメッセージをつぶやけば、それだけユーザーの目にとまる確率は高まる。その結果、誤情報や噂、陰謀論が拡散しやすくなる。一般企業のソーシャルメディア運用でも、ツイッターの投稿数がフェイスブックより多めに設定されるのと同じだ。

選挙戦でのボット利用は、2012年や2008年にもあった。しかし、2016年版のボットは人工知能を使っており、ユーザーとチャットができる点で進化している。しかも、1時間に1000回ツイートするような、人間離れした動作はなくなり、人間がツイートするときのように、何かのニュースに反応して何件かのメッセージを連投したり、お昼や夜には一切活動したりしないなど、人間らしく振る舞うように改良されていた。

状況証拠から、ボットを使って選挙戦を有利に戦おうとしたのはトランプ陣営だ。発見されたボットの約75%はトランプ候補の主張を強く支持しており、ボットの発信源は有権者数には比例しておらず、南部や中西部など、結果としてトランプ陣営が獲得した州で活発だった。こうした州の有権者は、ソーシャルメディア上で、まるで周りがトランプ支持者ばかりのように思えたかもしれないが、実際はボットだったわけだ。

トランプ次期大統領も「私がフェイスブック、ツイッター、インスタグラム等のフォロワー数で勢力があった事実は、各地での選挙戦の勝利に寄与していると思います。しかも選挙戦の相手は私よりも多額のお金を投じています」と、テレビ番組のインタビューでソーシャルメディア選挙であったことは認めている。「アンバサダー」プログラムや「ファン」プログラムとして、デジタルマーケティングでは広く使われている手法の政治版だ。

⇒「フェイスブックで流通した虚偽ニュースはトランプ当選に貢献したか?

ネット集客

では、ソーシャルメディアで何が起きていたのか? Facebookのニュースフィードは現在、メディアの情報よりも、友だちのポスト(ステータス)やシェアした記事が表示されやすくなっている。すると、自分好みの情報ばかりが表示される「エコー・チャンバー効果」(同じような立場の情報にばかり接しやすくなってしまうメディア環境)が生まれる。ヒラリー・クリントンが武器売買に関わっているとか、ドナルド・トランプがローマ法王の承認を受けた、といった虚偽の情報が、事実確認されたニュース以上に米国民のニュースフィードに表示された。

過激なニュースがソーシャルメディアで拡散しやすいことは、学術的に研究されている。オックスフォード大学の研究は、知らない土地のニュースよりも居住地に近い場所の話、死者が数人の事故より43人以上のニュースのほうが、ソーシャルメディアでより拡散することを明らかにした。人々の関心は、世界のことより、自分の身近で起きる重大事件にある。したがって、選挙の争点は自由貿易や平和秩序の維持より、この町に雇用が何十人単位で増えるのか、誰のせいでこの町の何十人もの雇用が奪われたのか、に集中したほうが受けがいい。YouTubeで受けるのが日常ネタであることと同じだ。

⇒「死者が40人以上の事故は、インターネットで話題になる

もし、トランプ陣営が直接こうした嘘ニュースを流通させれば大問題だ。しかし、問題はもっと根が深い。偽造ニュースサイトを作り、トランプ候補を持ち上げたり、クリントン候補の評判を貶めたりしていたのは、マケドニアの高校生や大学生だというのだ。

マケドニア共和国中部の町ベレスは、米国の大統領選挙のおかげで「ゴールドラッシュ」が訪れた。WorldPoliticus.com、TrumpVision365.comなど、米国政治を扱うニュースサイトを140以上作り、グーグルやFacebookのターゲティング広告で集客、サイト内の広告との差額で、一儲けした、という。集客的には、主張が常識的なクリントン候補より、トランプ候補を応援したほうが都合がいい。トランプ候補に好意的な記事は「自分たちの存在が無視されている」と感じるトランプ候補の支持者を集めるのに好都合だし、クリントン候補の評判を落とす記事は、「良識派」のクリントン候補の支持者がいきり立って、トランプ候補の支持者は喜んで訪れる。もっとも集客が効率的なのは、トランプ候補側に立つことで、逆では成り立たない。人口5万人余りのマケドニアのIT都市の若者に誰がデジタルマーケティングの手法を教え、初期の資金を提供したのかは不明だが、国外のニュースサイトの運営に、米国の公権力は手出しが出来ない。

こうした問題を受けて、グーグルやフェイスブックは虚偽ニュースサイトによる広告ネットワークの利用を禁止すると発表したが、すべての虚偽ニュースの禁止には至っていない。フェイスブックによるニュース記事の選別には、5月ころからニュース機能(米国版)が「リベラル」だと米国の保守派から批判されており、完全に禁止することを躊躇しているようなのだ(フェイスブックは否定)。

⇒「フェイスブック、保守派への配慮でねつ造ニュースの選別を自粛?

民主主義のハック

トランプ候補はソーシャルメディアのおかげで当選したのだろうか? ツイッターやフェイスブックなど、ソーシャルメディア経由でトランプ候補を持ち上げる(クリントン候補を貶める)情報は、確実に米国の有権者に目にはとまったはずだ。だからといって、それだけで誰に投票するかを決めたわけではないだろう。ロシアによる情報操作だとほぼ断定されているクリントン候補のメール私用問題のリークは、従来型メディアも話題にした。ソーシャルメディアが虚偽ニュースを拡散するプラットフォームになるのは健全ではないし、対策しなければ良識が蝕まれ、やがて社会の中心的価値は崩壊するだろう。では個人が大して美味しくもない昼食をInstagramでいかにも美味しそうに加工した写真を掲載することに問題はないのか? 通説とは異なる真実は誰がどう判定するのか? 虚偽情報を規制せよ、というのは簡単だが、どこで線引きするのか具体的に考え出すと、とたんに難しい問題であり、いくらでも抜け道があることに気付く。

⇒「クリントン不支持の世論形成は、ロシアによる選挙干渉

さて、こうした情報を陰謀論や敗者の側に立った戯れ言と片付けるのは簡単だ。しかし、MIT Technology Reviewのミッションは「テクノロジーが形作る世界を理解し、そこに貢献すること」。事実として何が起きたかを知れば、次の日本の総選挙で何が起きるか検討し、対策が立てられるし、選挙向けのサービスやコンサルティングのヒントになる。民主主義とテクノロジーの未来も構想できるだろう。MITテクノロジーレビューは、コトを仕掛ける側のメディアだ。

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