承認間近の初のCRISPR治療、新たな法廷論争の幕開けか
生命の再定義

The first CRISPR cure might kickstart the next big patent battle 承認間近の初のCRISPR治療、新たな法廷論争の幕開けか

バーテックス・ファーマシューティカルズは、CRISPRの技術を応用して、鎌状赤血球症の遺伝子編集療法を開発し、2023年中にもFDAの承認を得る見込みだ。しかし、CRISPR技術の特許権をめぐる法廷闘争が、新薬の普及を妨げるかもしれない。 by Antonio Regalado2023.12.07

それは本当にすばらしいCRISPR(クリスパー)療法だ。もしそれに何か起きるようなことがあったら残念だ。

こんな皮肉な物言いは捨てて、悪者は脇に置いておこう。とはいえ、似たような会話を今後、耳にする可能性がある。歴史的な遺伝子編集療法が、早ければ年内にも市場に投入されようとしているからだ。

ボストンに拠点を置くバーテックス・ファーマシューティカルズ(Vertex Pharmaceuticals)は12月中旬までに、画期的な新治療薬の販売承認を米国食品医薬品局(FDA)から取得する見込みだ。これは鎌状赤血球症の治療薬で、ヒト細胞内のDNAを改変するために初めてCRISPRを応用した薬だ(バーテックスは、すでに英国で規制当局の承認を取得済みである)。

問題は、CRISPRでのヒト細胞の編集に関する米国特許をバーテックスが所有しておらず、マサチューセッツ工科大学(MIT)とハーバード大学が運営するブロード研究所が特許権者になっていることにある。おそらく米国最大の遺伝子研究機関である同研究所は、バーテックスの競合であるエディタス・メディシン(Editas Medicine)にライセンスを独占的に供与している。エディタスは、独自に鎌状赤血球症の治療薬を開発しており、試験を進めている。

このような背景から、エディタスはバーテックスに支払いを求めることになるだろう。支払わない場合、ブロード研究所とエディタスが特許侵害を主張して訴訟を起こし、特許権使用料や損害賠償を要求するか、治療薬の販売差し止めを求める可能性もある。

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校ロースクールの教授で遺伝子編集特許を専門とするジェイコブ・シャーコウは、「年末までに訴訟になると予想しています」という。「この分野の特許訴訟担当者が待ち望んでいた瞬間です」。

ここで、いくつかの免責事項に触れておきたい。まず、この記事を執筆している私(MITテクノロジーレビュー[米国版]編集者)はMITで働いている。ただし、CRISPR特許から直接の利益を得ているわけではない。とはいえ、周囲には利益を得ている人間がいる。ある科学者と最近話をしたところ、CRISPRに関するいくつかのフォローアップ研究で補助的役割しか果たしていないにもかかわらず、多い時には年収に匹敵するほどの年間特許権使用料を小切手で受け取っているとのことだった。

CRISPRの特許管理をめぐる悪名高い争い(リンク先は米国版)をMITテクノロジーレビューがいち早く報じたのは、2014年のことだ。それから10年近く経っても、その紛争は、DNAを正確に切断するようプログラムできるスーパーツールに付きまとう話のひとつとして残っている。

紛争によって競い合うことになったのは、ブロード研究所の研究員であり、MITで教授を務める遺伝子学者のフェン・チャンと、CRISPR編集の開発で最終的にノーベル賞を受賞した研究者たちだ。カリフォルニア大学バークレー校のジェニファー・ダウドナ教授と、現在はドイツのマックス・プランク研究所に所属するエマニュエル・シャルパンティエ教授だ。

ノーベル賞を受賞したのはダウドナ教授とシャルパンティエ教授だったが、CRISPRゲノム編集の真の発明者だと …

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