KADOKAWA Technology Review
×
【春割】実施中!年間購読料20%オフ!
クローニング2.0の衝撃
卵子も精子も使わずに
合成胚で肉牛を作る試み
Stephanie Arnett/MITTR
生物工学/医療 Insider Online限定
Scientists are trying to get cows pregnant with synthetic embryos

クローニング2.0の衝撃
卵子も精子も使わずに
合成胚で肉牛を作る試み

精子や卵子を使わずに動物を生み出せるのだろうか。フロリダ大学の研究チームは、ウシの幹細胞から作った「合成胚」を使うことで、クローン羊「ドリー」の衝撃に続く「クローニング2.0」の実現を目指している。 by Antonio Regalado2024.05.10

米国フロリダ州ゲインズビルにある肉牛の教育実習施設は、寒い朝を迎えていた。スツールに座った学生の腕が307番のウシの子宮頸部の中に消えていくと、ウシは金属製のかごの中で足を蹴り上げる。学生は水が入った注入容器を手にしていた。

近くの柵の向こうにはさらに7頭のウシがいた。子宮の中身を取り出される順番を待っているのだ。307番の子宮の中身がバケツに流れ落ちると、1人の作業員がすぐさま家畜小屋の波型屋根の下に設けられた小さなラボに運んだ。

青いオーバーオールを着て長靴を履いたハオ・ミンという名前の博士研究員の学生が、顕微鏡に映った桃色の細い組織片を円で囲いながら「何かある!」と叫んだ。だが、確信が持てずに思い直し、「見分けるのは難しい」と言った。

フロリダ大学で実施されているこの実験は、卵子や精子を使わずに、さらには受胎もさせずに幹細胞のみから大型の動物をつくり出そうとする試みだ。この1週間前、研究室で作成された人工組織である「合成胚」が8頭すべてのウシの子宮に移植されていた。どんなものができたのか、確認する時期が来たのだ。

10年ほど前、壁で仕切られたプラスチック製容器に置かれた幹細胞が自発的に集合し、胚を形成する様子が生物学者によって観察され始めた。これらの組織は「胚モデル」(あるいは胚様体)と呼ばれ、徐々に現実味を増している。2022年には、イスラエルのある研究室が瓶の中でマウスの胚モデルを培養した。頭蓋が形成され、鼓動する心臓が現れた。

フロリダの施設では現在、研究チームが最後までやり遂げようとしている。生きた動物の創造を目指しているのだ。実現すれば、畜牛のまったく新しい繁殖方法となるだけではない。「そもそも生命とは何か」という概念さえ揺らぐ可能性がある。「卵子を使わずに生命が誕生したことはこれまで一度もありません」。今回のプロジェクトを指揮する再生生物学者のゾンリャン・“カール”・ジアン准教授はそう語る。「『とても素晴らしく、とても重要なプロジェクトだ。でも、もっとデータを見せてくれ、受胎できるところを見せてくれ』という声があちらこちらで聞かれます。ですから、私たちはそれを目指しているのです」。

今のところ、確実な成功が約束されているわけではない。その大きな理由として、研究室で幹細胞から作成された胚が実物とは異なることが挙げられる。それは歪んだ鏡に映った胚のようなものだ。パーツは正しいが、その比率は間違っている。だからこそ研究チームは、胚の成長の度合いを確認し、改善の方法を探るために、たった1週間で子宮から取り出しているのだ。

「幹細胞はとても賢いので自らの運命を把握しています。しかしまた、助けも必要としています」とジアン准教授は言う。

これまでのところ、合成胚のほとんどの研究ではマウスやヒトの細胞が使用されており、研究室内にとどまっている。しかし昨年、ジアン准教授はウシの合成胚を作製する方法をテキサス大学の研究者らとともに公表した。その胚は体外受精の段階に適した胚の段階である「胚盤胞」に似ていることから、「畜牛胚盤胞様構造」と名付けられた。

一部の科学者は、幹細胞から動物を生み出すことができれば、それは羊の「ドリー」に匹敵すると考えている。1996年にドリーが誕生したことで、クローン技術は研究室を飛び出した。成体細胞を卵子に移植するクローン技術によって、科学者はマウスや畜牛、飼い犬、それにポロ用のポニーまでも複製することが可能となった。アルゼンチンのあるポロチームでは、全選手が「ドルフィナ(Dolfina)」という優勝馬のクローンに乗馬している。

合成胚もまた、元となる開始細胞のクローンだ。しかし、作製にあたって卵子は必要なく、はるかに多い個体を生み出すことができる。理論上は数万個単位で可能だ。それがウシの繁殖に革命をもたらす可能性がある。毎年生まれる子牛のすべてが、「草をステーキにする」ための理想的な処置が施された、世界でもっとも筋肉質な去勢雄牛のコピーである状況を想像してみるといいだろう。

「これが『クローニング2.0』になることを心から願っています」。テキサス大学の研究室でプロジェクトを率いる獣医師のカルロス・ピンソン=アルテアガ博士はそう語る。「ウシがたくさん登場する『スター・ウォーズ』のようなものです」。

絶滅危惧種

産業界も動き始めている。「遺伝的に優れた」ブタや畜牛の補助生殖を専門とするジーナス PLC(Genus PLC)という企業は、合成胚に関する特許を購入し始めた。今年に入ってジアン准教授の研究室への資金提供も開始し、実現する可能性のある発見についての商業的な選択肢を押さえている。

動物園もまた、関心を示している。絶滅危惧種が多くいる現状において、補助生殖は難しい。最近絶滅した種に関しては不可能だ。冷凍保存された組織片しか残っていない。だが合成胚が実用化されれば、理論上はそうした標本に命を吹き込み、胚にすることができる。そして、それを姉妹種の代理母にさせら …

こちらは有料会員限定の記事です。
有料会員になると制限なしにご利用いただけます。
有料会員にはメリットがいっぱい!
  1. 毎月120本以上更新されるオリジナル記事で、人工知能から遺伝子療法まで、先端テクノロジーの最新動向がわかる。
  2. オリジナル記事をテーマ別に再構成したPDFファイル「eムック」を毎月配信。
    重要テーマが押さえられる。
  3. 各分野のキーパーソンを招いたトークイベント、関連セミナーに優待価格でご招待。
【春割】実施中!年間購読料20%オフ!
人気の記事ランキング
  1. A new US phone network for Christians aims to block porn and gender-related content ポルノもLGBTも遮断、キリスト教徒向けMVNOが米国で登場
  2. Musk v. Altman week 1: Elon Musk says he was duped, warns AI could kill us all, and admits that xAI distills OpenAI’s models 「オープンAIを蒸留した」マスク対アルトマン第1週、法廷がざわめく
  3. Will fusion power get cheap? Don’t count on it. 核融合は本当に安くなるのか? 楽観論に「待った」をかける新研究
MITテクノロジーレビューが選んだ、 世界を変える10大技術

MITテクノロジーレビューの記者と編集者は、未来を形作るエマージング・テクノロジーについて常に議論している。年に一度、私たちは現状を確認し、その見通しを読者に共有する。以下に挙げるのは、良くも悪くも今後数年間で進歩を促し、あるいは大きな変化を引き起こすと本誌が考えるテクノロジーである。

特集ページへ
AI革命の真実 誇大宣伝の先にあるもの

AIは人間の知能を再現する。AIは病気を根絶する。AIは人類史上、最大にして最も重要な発明だ——。こうした言葉を、あなたも何度となく耳にしてきたはずだ。しかし、その多くは、おそらく真実ではない。現在地を見極め、AIが本当に可能にするものは何かを問い、次に進むべき道を探る。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る