KADOKAWA Technology Review
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驚きに満ちた脳の「配線図」、グーグルらが史上最高解像度で3D地図化
Google Research & Lichtman Lab, Harvard University / D. Berger (rendering)
Google helped make an exquisitely detailed map of a tiny piece of the human brain

驚きに満ちた脳の「配線図」、グーグルらが史上最高解像度で3D地図化

ハーバード大とグーグルのチームが、人間の脳細胞間のつながりを高解像度で表した3Dマップを作成した。脳の小さなサンプルを5000の断片にスライスして電子顕微鏡でスキャンし、機械学習を使ってつなぎ合わせた。 by Cassandra Willyard2024.05.13

ハーバード大学とグーグルの科学者が率いるチームが、人間の脳の1立方ミリメートルのナノスケール解像度の3Dマップを作成した。脳全体はその100万倍であるため、このマップは脳のほんの一部をカバーしたに過ぎないが、約5万7000個の細胞、約230ミリの血管、約1億5000万個のシナプスが含まれている。これは、これまでに作成された人間の脳の画像の中で最も解像度が高い。

これほどの詳細なマップを作成するために、チームは組織サンプルを5000枚のスライスに切り分け、高速電子顕微鏡でスキャンせねばならなかった。その後、機械学習モデルを使って、スライスを元通りに電子的につなぎ合わせ、特徴にラベル付けをした。生データセットだけで1.4ペタバイト(ペタは10の15乗)を費やした。「おそらく、神経科学の分野で最もコンピューターを駆使した研究でしょう」と、アレン脳科学研究所(Allen Institute for Brain Science)の計算神経科学者、マイケル・ハブリリチ博士は言う(同博士はこの研究には参加していない)。「途方もなく多くの作業が必要です」。

他にも多くの脳アトラスが存在するが、そのほとんどはもっと低解像度のデータである。ナノスケールでは、研究者は脳の配線を1つずつたどって、ニューロンからシナプスまで、それらがつながる場所を追跡できる。「人間の脳がどのように働き、どのように情報を処理し、どのように記憶を出力するのかを本当に理解するためには、最終的にはこの解像度のマップが必要になります」と、グーグルの上級研究科学者で、2024年5月9日にサイエンス誌に掲載された論文の共著者であるヴィレン・ジェイン博士は言う。このデータセットと本稿の査読前論文(プレプリント)版は2021年に公開されたものだ。

脳アトラスにはさまざまな形式がある。細胞がどのように組織化されているかを明らかにするものもあれば、遺伝子発現を扱っているものもある。今回の研究チームが作成したマップは、細胞間のつながりに焦点を当てた「コネクトミクス」と呼ばれる分野である。脳の最外層には約160億のニューロンがあり、互いに連結して何兆もの結合を形成している。ひとつのニューロンが、何百、何千もの他のニューロンから情報を受け取り、同じような数のニューロンに情報を送ることがある。そのため、たとえ脳のほんの一部分であっても、これらのつながりを追跡するのは非常に複雑な作業となる。

このマップを作るために、研究チームはいくつものハードルに直面した。最初の問題は、脳組織のサンプルを見つけることだった。脳は死後急速に劣化するため、死体の組織は使えない。代わりに、チームは、てんかんの発作を抑えることを目的としたてんかん患者の脳手術で摘出された組織の一部を使用した。

サンプルを手に入れた研究チームは、それを樹脂の中に慎重に保存し、人間の髪の毛の1000分の1ほどの細さに切り分けねばならなかった。その後、このプロジェクトのために特別に設計された高速電子顕微鏡を使って切片を画像化した。

次は計算上の課題である。「これらの配線が3次元のあらゆる場所を横断し、あらゆる種類の接続をしています」とジェイン博士は言う。グーグルのチームは、機械学習モデルを使ってスライスを元通りにつなぎ合わせ、それぞれのスライスと次のスライスを整列させ、配線を色分けし、接続を発見した。これは思ったより難しいことである。「ひとつでも間違えれば、その配線に接続されているすべての接続が不正確になります」。

メリーランド大学の神経科学者セス・アメント准教授は、「人間の脳のサンプルをここまで深く再現できるようになったことは、重要な進歩です」と言う。このマップは、「今、私たちが得ることのできる最も真実の情報に近いもの 」である。しかし、アメント准教授はまた、それは一個人から採取された一個の脳標本であることにも注意を促している。

研究チームが作成したマップは、「ニューログランサー(Neuroglancer)」と呼ばれるWebプラットフォームで他の研究者が自由に利用して、独自の発見ができるようになっている。「人間の大脳皮質をこのレベルで詳細に研究することに興味がある人なら、誰でも自分でデータを調べられます。特定の構造を校正して、すべてが正しいことを確認したら、自分の研究結果として発表できます」とジェイン博士は言う (このプレプリントはすでに136回引用されている)。

ジェイン博士の研究チームはすでにいくつかの驚きの発見している。たとえば、あるニューロンから次のニューロンへ信号を伝える長い巻きひげの一部は、「渦巻き」という、その周りをくるくると回るスポットである。軸索は通常1つのシナプスを形成し、次の細胞に情報を伝達する。研究チームは、1本の軸索が繰り返し結合を形成していることを突き止めた。場合によっては、50個のシナプスに分かれる。なぜそうなるのかはまだ明らかではないが、強い結合は特定の刺激に対して素早く、あるいは強く反応するのに役立つ可能性があるとジェイン博士は言う。「これは人間の大脳皮質の組織に関する非常にシンプルな発見です。しかし、この解像度のマップがなかったため、以前はこのことに気づかなかったのです」。

ハーバード大学の神経科学者で、研究を主導したジェフ・リヒトマン教授は、このデータセットは驚きに満ちていたと語る。「教科書に書かれていることとは相容れないことがたくさんありました」。研究者たちは、彼らが見ているものについての説明はできないかもしれないが、多くの新しい疑問を抱いている。「そのようにして科学は進歩するのです」。

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