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管理者なし「分散型取引所」
巨額マネロン疑惑で露呈した
理想に潜む欺瞞
Kagan McLeod
コンピューティング Insider Online限定
Welcome to the dark side of crypto’s permissionless dream

管理者なし「分散型取引所」
巨額マネロン疑惑で露呈した
理想に潜む欺瞞

「管理者不在」を謳う分散型取引所のTHORChainが、北朝鮮ハッカーによる12億ドル相当の盗難資金移動の温床となった。だが問題はそれだけではない。同じプラットフォームでは管理者キーが密かに存在し、ユーザー約2億ドルの出金が一方的に凍結されていた。誰も責任を負わないシステムは、本当に成立するのか。 by Jessica Klein2026.03.12

この記事の3つのポイント
  1. THORChain創設者ソービョルンセンが、12億ドル規模のハッキング資金洗浄で手数料収益を得た疑いで批判を浴びている
  2. 非中央集権型を標榜しながら管理者キーによる資金凍結が発生し、ユーザーが2億ドル相当の暗号資産から切り離される事態となった
  3. 責任の所在が曖昧な分散型金融の構造的問題が露呈し、理想と現実のギャップが浮き彫りになった
summarized by Claude 3

「もう管制圏を抜けた。これで好きにできる」。アストンマーティン仕様のヘリコプターの操縦席から、ジャン=ポール・ソービョルンセンは私にそう告げた。オーストラリア・メルボルン郊外の住宅街の上空を飛ぶにつれ、「好きなようにやる」ことこそがソービョルンセンの流儀であることがはっきりしてくる。

上位中産階級の住宅地はやがてブドウ園へと変わり、ソービョルンセンはあるワイナリーのそばにある着陸地点を指さした。ランチに訪れていた人々が屋外へと出てくる。「彼らは今から(写真を)撮らせてくれと言ってくるだろうな」と、自分の豪華なヘリコプターが注目を浴びることに慣れている彼は言った。機体尾部にはビットコインを象徴する「BTC」のテールレターが刻まれている(500万豪ドル、現在の米ドルで約350万ドルという価格は、以前の暗号資産プロジェクトで4億豪ドル以上を稼いだと主張する人物にとっては、妥当な買い物なのかもしれない。もっとも、彼はそのような資金は会社に拘束されていたとも語っているが)。

ソービョルンセンは、ブロックチェーン「THORChain(ソーンチェーン)」の創設者だ。このブロックチェーンを利用すれば、ユーザーはある暗号通貨を別の暗号通貨へと交換(スワップ)することができ、またその交換を仲介することで手数料を稼ぐことができる。THORChainはパーミッションレス(無許可・誰でも利用可能)であるため、中央集権的な機関からの事前承認なしに誰でも利用できる。非中央集権型ネットワークのこのブロックチェーンは、世界中に拠点を置くオペレーターによって構築・運営されており、オペレーターのほとんどはハンドルネームを使用している。

初期の頃、ソービョルンセン自身も「leena(リーナ)」というハンドルネームの背後に身を隠し、人工知能(AI)で生成された女性の画像をアバターとして使用していた。しかし2024年3月頃、彼は自らがTHORChainの背後にいる中心人物であることを明かした。地方のカトリック家庭で育った30代半ばのオーストラリア人男性――それが彼だ。まあ、おおむねそんなところである。

THORChainを巡って大きな問題が1つあるとすれば、それは「その運用責任は一体誰にあるのか」ということだ。THORChainのような非中央集権型ブロックチェーンは、本来、腐敗し得る政府や金融機関といった中央集権的な管理から独立して機能するシステムを提供するはずのものだ。もし少数の人間がこの非中央集権ネットワーク――これほどの規模で稼働している数少ないネットワークの一つ――に過度の影響力を持っているのだとすれば、それは資本主義的な政治的狂騒によってすでに損なわれてきたビットコインの理想に、さらに傷をつけることになる。

この問題が重要なのは、昨年1月、単一の管理者によるオーバーライドによってTHORChainの取引とアカウントが凍結され、ユーザーが合計2億ドル以上相当の暗号資産を失ったからだ。ユーザーは、非中央集権型の仕組みであればこのような凍結は起こり得ないと考えていた。凍結が解除されると、一部のユーザーは慌てて資金を引き出そうとした。その翌月には、北朝鮮のハッカー集団「Lazarus Group(ラザルス・グループ)」が、ドバイに拠点を置く暗号資産取引所「Bybit(バイビット)」のハッキングで盗んだ約12億ドル相当のイーサリアムを、THORChainを通じて移動させた。

ソービョルンセンは、THORChainが盗難資金の移動を阻止したり、取り付け騒ぎを防いだりできない理由を、非中央集権型でパーミッションレスというその性質にあると説明する。執行権限がないということは、誰もがあらゆる理由でこのネットワークを利用できる。そして、最悪の事態が発生しても責任を問える者がいないとも言えるのだ。

しかし実際に最悪の事態が起こると、THORChainコミュニティのほぼ全員、そしてXなどのチャンネルでこの問題を注視していた人々は、非難の矛先をソービョルンセンに向けた。2025年1月に数百万ドルの損失を被ったTHORChainの債権者が起こした訴訟でも、ソービョルンセンの名前が挙げられている。元FBIアナリストで北朝鮮問題の専門家のある人物は、盗難資金の移動を助けた場合に生じ得る影響を考えると、ソービョルンセンの立場にはなりたくないと語った。

私がオーストラリアまで足を運んだのは、ソービョルンセンが、自ら創設したと主張するこのネットワークとの関係において、自分自身の役割をどう位置づけているのかを確かめるためだった。

ソービョルンセンによると、どちらの件についても自分が責任を負うべきではないという。THORChainは、ノードオペレーターによる投票に基づいて意思決定するように設計されている。ノードオペレーターは、ネットワークのトランザクションを処理するサーバー群を稼働させるための計算能力と、暗号資産のステーク(担保としてロックされた保有資産)を保有する人を指す。このノードオペレーターによる投票では、3分の2以上の同意によって決定が下される。

さらに、パーミッションレスであるという性質もある。THORChainでは誰でもスワップ取引ができるため、北朝鮮政府のように広く制裁を受けている主体が盗んだ資金を移動させる手段として利用されることも多い。この原理は、国家の規制の外で運用される通貨であるビットコインのサイファーパンク(暗号技術の積極的な利用により個人のプライバシーと自由を守ることを目指す活動家や開発者の集団)的ルーツにさかのぼる。THORChainは地政学的な絡み合いを回避するよう設計されており、それがユーザーに支持されている理由でもある。

しかし、盗まれたものであろうとなかろうと、暗号資産の移動には明確な金銭的動機が存在する。ノードオペレーターは、THORChainを移動する資金から手数料を得る。理論上、これはノードオペレーターにTHORChainの利益のために行動するインセンティブを与える。そして、多くの人がソービョルンセンの資産がこのネットワークの利益と結びついていると考えていることから、結果的には彼自身の利益のために行動するインセンティブにもなり得る(ただしソービョルンセン本人はこれを否定しており、彼の資産は「2013年にビットコインを購入した」ことを含む「多くの源泉」に由来すると述べている)。

最近相次いだこうした出来事によって、THORChainの運営においてソービョルンセンが果たしている大きな役割だけでなく、このブロックチェーンの根本的な性質そのものにも重大な疑問が投げかけられている。

もしTHORChainが本当に非中央集権型なのだとすれば、Bybitハッキングの1カ月前に、どのようにして単一のオペレーターが資金を凍結できたのだろうか。ある人物が独断で、盗まれたBybitの資金がTHORChainネットワークを通過するのを止める決定を下すことが可能だったのに、それを実行しなかったという可能性はあるのだろうか。

ソービョルンセンは、THORChainは、腐敗した政府の影響を受けることなく誰もが自由に取引できるようにするという、ビットコイン本来の目的の実現に貢献していると主張する。しかし、このネットワークをめぐる問題は、代替的な金融システムが必ずしもそれほど優れているわけではない可能性を示している。

非中央集権型?

2025年2月21日、Bybitの最高経営責任者(CEO)であるベン・ジョウは、同社の最高財務責任者(CFO)から非常事態を知らせる電話を受けた。同取引所のイーサリアムトークン(ETH)約15億米ドル相当が盗まれたというのだ。

米国連邦捜査局(FBI)は、この窃盗事件の犯人はラザルス・グループだと結論付けた。通常、犯罪者はETHをビットコインに換金しようとする。ビットコインの方が現金化しやすいからだ。この点を踏まえ、FBIは2月26日に「取引所、ブリッジ、その他の暗号資産サービスプロバイダー」に対し、このハッキングに関連するアカウントからの取引をブロックするよう求める公共アナウンスを出した。

ソフトウェア・エンジニアやゲーマーに広く利用されているチャットアプリ「Discord(ディスコード)」上にあるTHORChainの招待制プライベート開発者チャンネルに、誰かがこのアナウンスを投稿した。他の暗号通貨取引所やブリッジ(異なるブロックチェーン間の取引を仲介する仕組み)がこの警告に耳を傾ける一方で、THORChainのノードオペレーター、開発者、そして投資家たちは、取引ゲートを閉鎖するかどうかについて議論した。この決定には3分の2以上の同意が必要だった。

「『内戦』というのは大げさかもしれませんが、コミュニティには深い亀裂がありました」と、米国在住の暗号資産愛好家ブーン・ウィーラーは振り返る。ウィーラーは2021年、THORChainの北欧神話をテーマにしたネイティブトークン「RUNE(ルーン)」を購入し、またTHORChainを宣伝する目的の記事を書いて報酬を得ていたという。彼によれば、「パーミッションレスのままでいるべきだと主張する人たちと、資金をブラックリストに登録すべきだと主張する人たちの間で亀裂が生まれた」のだという。

ウィーラーは、自分はTHORChainのノード運用にもコード開発にも関わっていないと言うが、立場としてはパーミッションレス性を維持すべきだという側に立った。一方で、窃盗事件に関わる資金移動は遮断すべきだと主張する人々もいた。彼らによれば、THORChainは、ネットワーク運営者を法執行機関から守れるほどには分散化されていなかった。とりわけ、ノードオペレーターはIPアドレスによって特定可能であり、その中には米国を拠点とする者もいた。

「私たちは道徳警察ではない」と、@Swing_Popというユーザー名の人物は2月27日、Discordの開発者チャンネルに書き込んだ。

THORChainの設計では、最大120のノードが想定されており、そのオペレーターたちが投票プロセスを通じてネットワーク上のトランザクションを管理する。ホスティング用のハードウェアを持つ者であれば誰でも、担保としてルーンを拠出することでノードオペレーターになれる。このルーンはネットワークに流動性を提供する役割を果たす。ノードは各トランザクションに対し、承認するか、何もしないかのいずれかを選べる。個々のトランザクションを止めることはできないが、取引全体は3分の2以上の賛成投票によって停止できる。

ノードは投票に参加しなかった場合にもペナルティを受ける。システムは投票不参加を「不正行為」と見なすからだ。THORChainは2日半ごとに自動的にノードを「チャーン(入れ替え)」し、特定のノードに過度な支配力が集中しないようにしている。Bybitハッキングに関連するトランザクションの承認を拒んだノードは、自動的にこの仕組みでネットワークから外された。ソービョルンセンによれば、この形で約20~30のノードがネットワークから排除されたという(ノードオペレーターは複数のノードを動かせるが、120ノードが同時稼働することはまれである。本稿執筆時点では、55の固有IDが103のノードを運用していた)。

2月27日までに、一部のノードオペレーターはTHORChainネットワークから完全に離脱する構えを見せていた。「個人的には、もう自分のリスク許容度を超えつつある」と、@Runetardは開発者向けDiscordに書き込んだ。「そう感じていないコミュニティの人たちには申し訳ない。だが、リスクの大半を一部の者たちが背負っており、その中には立ち去る準備をしている者もいる」。

それでも、ネットワークに残った運営者たちには大きな金銭的誘因があった。その日早く、開発者向けDiscordのメンバーの一人が書いたところによれば、THORChainの運営者たちはこの窃盗事件から300万ドルを「手数 …

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