KADOKAWA Technology Review
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ザナドゥ、12量子ビットのサーバーラック型光量子コンピューター
Xanadu
This quantum computer built on server racks paves the way to bigger machines

ザナドゥ、12量子ビットのサーバーラック型光量子コンピューター

カナダのスタートアップであるザナドゥが、拡張が容易な光子量子コンピューターを開発した。現在の規模は12量子ビットだが、100万個のキュービットを搭載する数千台のサーバーを備えたデータセンターを、2029年に建設することを目指す。 by Sophia Chen2025.02.03

カナダのスタートアップ企業ザナドゥ(Xanadu)が、新たな量子コンピューターを構築した。同社によれば、スケールアップが容易で、創薬からエネルギー効率のよい機械学習まで、さまざまな科学的課題への取り組みに必要な計算能力を達成できるという。

同社が構築した「Aurora(オーロラ)」は、光量子コンピューターである。つまり、光子キュービット(光で符号化された情報)を使って数値データを高速処理する。実際には、レンズやファイバーなどの光学装置を使って、レーザー光線をアルゴリズムに従ってチップ上で組み合わせたり、組み合わせ直したりする。ザナドゥのコンピューターは、実行するアルゴリズムに対する答えが、各レーザー光線の中の最終的な光子の数と一致するように設計されている。このアプローチは、グーグルやIBMが利用しているような、超伝導回路の特性で情報を符号化するものとは異なる。

Auroraは、4つの同じようなユニットで構成されるモジュラー設計が採用されており、各ユニットは、平均的な人間よりも高さと幅が少し大きい標準的なサイズのサーバーラックに設置される。「これら1000台、複製してネットワークでつなげば、有用な量子コンピューターを作れます」と、ザナドゥの創業者であるクリスチャン・ウィードブルックCEO(最高経営責任者)は言う。

究極的にザナドゥは、量子コンピューターを、そのようなサーバーが何列も並ぶ特殊なデータセンターとして思い描いている。これは、スーパーコンピューターに搭載された、GPUのような特殊化されたチップという、業界の初期の構想とは対照的なビジョンである。

ただ、ザナドゥが1月22日付けのでネイチャー(Nature)誌で公表したこの研究成果は、そのビジョンの実現に向けた第一歩に過ぎない。 Auroraは今回、35個のチップを使い、合計12個の量子ビット(キュービット)を構築した。現在までに提案されている量子コンピューティングの有用な応用はすべて、少なくとも数千、場合によっては100万個のキュービットが必要になる。これに対し、昨年初公開されたグーグルの量子コンピューター「Willow(ウィロー)」は105個のキュービット(そのすべてが1つのチップ上に構築されている)、IBMの「Condor(コンドル)」は1121個である。

ノースイースタン大学の量子コンピューター研究者であるデヴェッシュ・ティワリ准教授は、ザナドゥの進歩をホテルの建設にたとえて説明する。「彼らは1つの部屋を作りました。間違いなく複数の部屋を作ることができるでしょう。しかし、それを1階ごとに積み上げていけるかは、わかりません」。

それでもティワリ准教授は、この研究成果は「非常に有望です」と言う。

ザナドゥの12個のキュービットは、IBMの1121個のキュービットに比べれば微々たるものに思えるかもしれない。しかしティワリ准教授は、だからといって光子学に基づく量子コンピューターが遅れているというわけではないと言う。キュービットの数は、テクノロジーの有望性というよりも、投資額を反映しているというのが、ティワリ准教授の見解だ。

光量子コンピューターは、設計上の利点をいくつかもたらす。光子キュービットは環境ノイズの影響を受けにくいため、より長い期間にわたり情報を保持させることがより簡単になる。さらに、光量子コンピューター同士を従来の光ファイバーを使って接続することも、比較的容易である。すでに光を使って情報が符号化されているためだ。量子コンピューター同士をネットワークでつなげることは、この業界がビジョンとして掲げる、異なる量子デバイスが互いに情報をやり取りする「量子インターネット」にとって重要な鍵となる。Auroraのサーバーは、超伝導量子コンピューターほど低温に保つ必要がないため、極低温技術もそれほど必要ないと、ウィードブルックCEOは言う。 光子計数検出器は別室で極低温に冷却する必要があるが、サーバーラックは室温で運用される。

光量子コンピューターを追求しているのは、ザナドゥだけではない。米国のプサイクオンタム(PsiQuantum)やフランスのQuandela(クアンデラ)など、他の企業も取り組んでいる。他に、中性原子やイオンなどの物質を用いて量子システムを構築しているグループもある。

ティワリ准教授は、技術的な観点から見て、単一のキュービットタイプが「勝者」になることはないが、特定タイプのキュービットが特定の応用により適する可能性は高いと考えている。たとえば、光量子コンピューターは、グラフ問題を素早く解くのに有用なアルゴリズムであるガウシアン・ボソン・サンプリングに特によく適している。「もっと多くの人々に光量子コンピューターに注目してもらいたいと願っています」と、ティワリ准教授は言う。同准教授はこれまで、光子や超伝導キュービットを含む複数タイプのキュービットを用いた量子コンピューターを研究しており、特定の単一企業との関わりはない。

カリフォルニア大学デービス校の物理学者アイザック・キム助教授は、ザナドゥがエラー訂正能力を実証していないと指摘する。量子コンピューターに格納される情報は壊れやすいことでよく知られており、そのため量子コンピューターが有用なタスクを実行するためにはエラー訂正能力が必要になると、多くの専門家が考えている。

しかし、ウィードブルックCEOによれば、ザナドゥの次の目標は、コンピューター内の光子の質を改善し、エラー訂正の必要性を軽減することであるという。「自由空間であれ、チップであれ、光ファイバーであれ、ある媒体を通してレーザーを送るとき、その情報のすべてが最初から最後まで届くわけではありません」と、同CEOは言う。「つまり、実際には光を失っており、従って情報を失っているのです」。同社は、この損失を減らすことで、そもそものエラーを減らすことに取り組んでいる。

ザナドゥは、100万キュービットを搭載する数千台のサーバーを備えた量子データセンターを、2029年に建設することを目指している。

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米国オハイオ州コロンバスを拠点とする科学ジャーナリスト。物理学とコンピューティングを専門に取材している。2022年には、カリフォルニア大学バークレー校シモンズ計算理論研究所(Simons Institute for the Theory of Computing)で客員サイエンス・コミュニケーターを務めた。
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