タンパク質予測革命から5年
AlphaFold開発者、
「ノーベル賞の次」を語る
2024年、グーグル・ディープマインドのジャンパー博士は39歳という若さで、タンパク質構造予測AI「AlphaFold」開発の業績で同社のCEOと共にノーベル化学賞を受賞した。AlphaFoldがこの5年間で与えた影響や、今後の取り組みについてジャンパー博士が語った。 by Will Douglas Heaven2025.12.02
- この記事の3つのポイント
-
- AlphaFold2は生物学50年来の難題であるタンパク質構造予測を解決し、2024年のノーベル化学賞を受賞した
- タンパク質は生物機能の基盤だが構造解明は困難。従来は数カ月かかる作業をAIが数時間で実現可能にした
- 創薬精度向上や科学文献読解AIとの融合など次世代技術開発が進む一方、実用化にはさらなる課題解決が必要
2017年、理論化学の博士号を取得したばかりのジョン・ジャンパーは、グーグル・ディープマインド(Google DeepMind)が、超人的スキルでゲームをプレイする人工知能(AI)の開発から次の段階へと進み、タンパク質の構造を予測するという秘密プロジェクトを立ち上げているらしい、との噂を耳にした。ジャンパー博士は同社の求人に応募した。
そのわずか3年後、最高経営責任者(CEO)のデミス・ハサビスとともに、「AlphaFold2(アルファフォールド2)」と呼ばれるAIシステムの開発を主導していたジャンパー博士は、誰も予想していなかったような驚くべき成功を祝うことになった。このシステムは、タンパク質の構造を原子の幅に匹敵する精度で予測でき、研究室で用いられる手間のかかる手法に匹敵する正確さを実現し、しかもその何倍も高速だった。その速さは、数カ月かかる作業の結果を数時間で返すほどだ。
AlphaFold 2は、生物学における50年越しの壮大な難題を解決した。「これこそまさに、私がディープマインドを立ち上げた理由です」。数年前のインタビューでハサビスCEOは私にこう語っていた。「実際、このために全キャリアをAIに捧げてきたのです」。2024年、ジャンパー博士とハサビスは共にノーベル化学賞を受賞した。
AlphaFold 2が初めて発表され科学者たちを驚かせたのは、ちょうど5年前の先週のことだった。今やその熱狂は落ち着いているが、実際、AlphaFold2はどのようなインパクトを与えたのか。科学者たちはそれをどのように利用しているか。そして次に来るのは何か。その答えを探るため、私はジャンパー博士と数人の科学者に話を聞いた。
◆
「本当に驚くべき5年間でした」。ジャンパー博士は笑いながら語る。「膨大な数のジャーナリストと知り合う前のことを思い出すのは難しいくらいです」。
AlphaFold 2の次に登場した「AlphaFold Multimer(アルファフォールド・マルティマー)」は、複数のタンパク質を含む構造を予測できた。その後に登場したのが、これまでで最速のバージョンである「AlphaFold 3(アルファフォールド3)」 だ。グーグル・ディープマインドはさらに AlphaFoldをUniProt(ユニプロット)に投入 した。UniProtは世界中の何百万人もの研究者によって利用され、更新される膨大なタンパク質のデータベースである。AlphaFoldは現在までに、科学者が知るほぼすべてのタンパク質約2億種類の構造を予測した。
成功を収めたにもかかわらず、ジャンパー博士はAlphaFoldの成果について控えめである。「分かったことすべてについて確信が持てるというわけではありません。これは予測のデータベースであり、予測にはすべて注意点が伴います」と言う。
ある難しい問題
タンパク質は、生物を機能させる生物学的な機械である。筋肉や角、羽を形成し、体中に酸素を運び、細胞間でメッセージを伝達する。ニューロンを発火させ、食物を消化し、免疫系を駆動する。そして、その役割はそれだけにとどまらない。しかし、タンパク質が具体的に何をしているのか(また、さまざまな病気や治療においてどのような役割を果たすのか)理解するには、その構造を解明する必要があり、それは難しいことだ。
タンパク質はアミノ酸の鎖からできており、化学的な力によって複雑な結び目のように巻き上げられている。巻き上げられていない鎖からは、それが将来どんな構造を形成するのかについて、ほとんど手がかりが得られない。理論上、ほとんどのタンパク質が取り得る形状には天文学的な数のパターンがある。課題は、その中で正しい形状を予測することである。
ジャンパー博士らのチームは、トランスフォーマー(Transformer)と呼ばれる種類のニューラル・ネットワークを用いてAlphaFold 2を構築した。この技術は大規模言語モデル(LLM)の基盤にもなっている。トランスフォーマーは、より大きなパズルの中の特定の部分に注目することに長けている。
しかしジャンパー博士は、成功の要因の多くは、すばやくテストができる試作モデルを作ったことにあると考えている。「私たちは、驚くべき速さで間違った答えを返すシステムを作りました。それによって、非常に冒険的なアイデアを試しやすくなったのです」。
研究チームは、特定の種にまたがるタンパク質がどのようにして類似した形状に進化してきたかといった、タンパク質構造に関するあらゆる情報を、ニューラル・ネットワークにできる限り詰め込んだ。そして、それは予想以上にうまくいった。「私たちはブレイクスルーを成し遂げたと確信しました。アイデアとして飛躍的な進展だと確信したのです」。
ジャンパー博士にとって予想外だったのは、研究者たちが彼のソフトウェアをダウンロードして、すぐに実にさまざまな用途に使い始めたことだった。普通なら、試行錯誤を重ねて問題点が解消された後でなければ本当の影響は現れないものだが、「科学者たちがどれほど責任を持ってソフトウェアを扱っているかには本当に驚かされています。解釈の仕方にしても、実際に使う場面にしても、信用できる範囲内で、過剰でも過少でもなく、ちょうど …
- 人気の記事ランキング
-
- Text-to-image AI models can be tricked into generating disturbing images AIモデル、「脱獄プロンプト」で不適切な画像生成の新手法
- Promotion Innovators Under 35 Japan Summit 2025 2025年のイノベーターが集結「IU35 Summit」参加者募集
- Scientists can see Earth’s permafrost thawing from space 沈むアラスカ、自宅に亀裂も 衛星データで永久凍土解析、 町の安全を守る
- Pfizer is seeking authorization to start distributing its covid-19 vaccine by Christmas ファイザーがワクチン緊急使用許可を申請、クリスマス前に供給へ
- How Yichao “Peak” Ji became a global AI app hitmaker 10代でアプリ起業、中国発AIエージェント「Manus」開発者の素顔
