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武田俊太郎:日本発の光技術で世界の量子計算レースに挑む
武田俊太郎(東京大学大学院)/提供写真
Trajectory of U35 Innovators: Shuntaro Takeda

武田俊太郎:日本発の光技術で世界の量子計算レースに挑む

東京大学の武田俊太郎准教授は、独自のループ型プロセッサーで光量子コンピューターの実用化に挑む。光方式が長年抱えてきた非線形演算という課題に、世界で初めて突破口を開いた。 by Yasuhiro Hatabe2025.12.17

量子コンピューターは、超伝導、イオン、中性原子、光など多様な方式が並び立ち、どれが決定的なアプローチになるかはまだ見えていない。世界中で実用化へ向けた競争が続く中、光を使う方式は日本が基礎技術で強みを持つ領域の1つだ。光は常温・大気中でも扱いやすく、関連するデバイス技術も成熟しているため、将来的には十分に戦えるポテンシャルを備えている。

その光方式量子コンピューターの開発を牽引する一人が、東京大学大学院工学系研究科の准教授である武田俊太郎だ。武田は光の波に連続的な情報を持たせて計算を実行する連続量方式で、独自のループ型光量子コンピューターを発明。2021年に「Innovators Under 35 Japan(35歳未満のイノベーター)」の1人に選ばれた。

武田の研究の中核をなすのは、2017年に発表した「究極の大規模ループ型光量子コンピューター」方式だ。従来主流だった光量子コンピューターは、複数の光を空間的に並べて同時に処理する方式が多く、量子ビット数が増えるほど光回路が巨大化し、一度組んだ回路を変更するには手作業での組み替えが必要だった。

これに対し武田が考案したループ構造では、多数の光パルスをループ内に蓄え、その光パルスを同じプロセッサーで繰り返し処理しながら、時間的にずらして演算する。演算回路を動的に制御することで「ある光には例えば足し算、次の光には引き算というように、プログラム可能な処理ができる」。この発想の背景にあるのは、ポスドク時代に体験した、分子科学研究所での原子を使った実験だった。「デバイスを(ミリ秒からナノ秒まで)さまざまな時間スケールで精密に同期制御する技術を学んだことが、光でも同じことができるというアイデアにつながりました」と武田は言う。純粋な理論研究では思いつきにくく、工学的な技術を知っているからこそ生まれた「実験家ならではのアイデア」だと武田は振り返る。世界でも武田の研究室だけが実現できている独自の設計だ。

従来の光量子コンピューター(上)とループ型光量子コンピューターの違い(下)。

IU35選出当時の2021年は1量子ビットのマシンだったが、2023年には3量子ビットのマシンを実現した。1量子ビットから複数への拡張は、原理実証から実用的な量子計算への重要な一歩だ。従来方式では量子ビットが増えるほど回路が巨大化するが、ループ構造では、ループを長くするだけで演算装置を増やすことなく扱える光パルス数を増やせる。加えて、ハードウェア構成を変えずにプログラムを書き換えるだけで、さまざまな計算を実行できる汎用性も実現した。

光量子の最大の課題に世界初の突破口

2025年1月に発表した研究成果は、光量子コンピューター分野におけるブレークスルーとなった。

人間が四則演算を基本としてさまざまな計算をするように、量子コンピューターにも基本となる演算がある。光量子コンピューターの場合、1つの光の量子状態を変化させたり、2つの光を混ぜ合わせたりする5種類の基本演算がそれに当たる。このうち4つは「線形演算」と呼ばれ、光の通り道の長さを変化させたり、もしくは光の干渉という性質を利用したりして比較的実装しやすい。しかし残る1つの「非線形演算」は、光量子コンピューターにとって長年の難題だった。

超伝導やイオンなど他の方式では、物理システムが元々持つ非線形性を利用することで、原理的には光方式よりも非線形演算を実装しやすい。しかし、光のシステムは非線形性をほとんど持たないという物理的性質から、非線形演算の実現が極めて困難だった。線形演算だけでは、どれだけ量子ビット数を増やしても量子コンピューターとしての真の計算能力を発揮できないことが知られており、非線形演算の実装は避けて通れない課題だった。

武田が開発したのは、非線形演算を可能にする「量子性の強い光」をプロセッサーに組み込む技術だ。この特殊な光は、ランダムなタイミングで発生し、いつ現れるか事前にはわからないため、演算処理との同期が課題だった。武田らは、光の発生を検知してから演算を開始する仕組みを導入した。光の速度は極めて速いため、プロセッサーに至る前に100メートルの光ファイバーを挿入して光の到着を遅らせ、その間に演算の準備を整える時間を確保した。

世界中の光量子コンピューター研究者が抱えていたこの課題に対し、武田は世界で初めて具体的な突破口を示した。完全な克服にはまだ時間を要するが、「重要なポイントを押さえた」ことで、光量子コンピューターが真の計算能力を発揮する道筋が見えてきた。

ベンチャー、そして超伝導方式との協働

研究の進展とともに、産業界との連携も動き出した。恩師である古澤教授らが2024年9月に設立したOptQC(オプトQC)に、武田も顧問として協力している。世界的に大規模な開発競争が進む中、武田はベンチャーによる迅速な産業化とアカデミアによる長期的な研究の両輪が必要だと強調する。

2025年には、科学技術振興機構(JST)のCREST(戦略的創造研究推進事業)に採択された。超伝導方式の量子コンピューターの研究開発で実績を持つNTTの遠藤傑理化学研究所の鈴木泰成ら(ともにIU35に選出されている)を研究チームに迎え、光量子コンピューターのエラー訂正という次なる課題に挑む。武田は、「ハードウェアだけでなく、プログラミング言語やコンパイラー、エラー訂正など、さまざまなレイヤーの専門家と協力しないと世界には勝てない」と語る。

実験家ならではの発想とニッチ戦略

武田の研究者としての原点は、子どもの頃からの「モノづくりへの興味」にある。「真理を知りたいというより、物理のルールを使っておもしろい仕組みを作ったり、人を驚かせる仕掛けを作ることに興味がありました」と振り返る。

学部生として古澤研究室を初めて訪れた時、ミラーやレンズがテーブルに配置された実験装置を見て、直感的に「これを自分の手で作りたい」と思った。その姿勢は今も変わらない。

量子コンピューター研究はかつて量子テレポーテーションのような基礎物理が中心だったが、実用化が視野に入った今、「いかに精密にたくさんの量子を制御するか」という工学的な研究にシフトしつつあるという。「光の実験には工学部だからこその、モノづくりの楽しさがあります。既知の技術を組み合わせて新しい構造を作り、量子の世界を自分の手で制御し操ることは純粋におもしろい」。

博士号取得後、分子科学研究所で原子の研究に転じたのは、異分野の経験を積むことで他にはない強みを持てると考えたからだ。3年後、光量子の分野に戻ったのは、原子の研究での経験が強みになり、光の分野の突破口が開けると考えたからだった。光量子コンピューターは世界でも研究グループがまだ限られており、主流の超伝導方式と比べると競争相手は少ない。「ライバルが少ない領域で、独自性を発揮したい」と武田は言う。

加えて日本には、NTTや浜松ホトニクスなど光通信やセンサー技術で世界をリードする企業がある。「日本の強みを生かせる」と武田は考えている。

実験室の光回路は、乱雑に見えて実は緻密な計算のもとミラーが配置されている(提供写真)

次なる課題と光技術の可能性

今後の最大の課題は、エラー訂正だ。量子ビットは環境の影響を受けやすく、計算誤りが蓄積してしまうため、それを訂正する技術が必要になる。超伝導方式では量子ビットは固定されているが、光は動き続ける。この性質により、「効率よくエラー訂正ができる可能性がある」と武田は考えている。

一方で武田は、完全な実用化までの道のりは長いと見る。実験レベルでは、特定の問題で既にスーパーコンピューターを上回る「量子優位性」が報告されている。しかし、多様な実用課題に対して安定して高い性能を発揮するには、誤り訂正を備えた本格的な量子コンピューターの完成が必要であり、そこに至るまでの道のりはまだ長い。

ただ、光技術には、量子コンピューター以外にも量子通信や光量子センシングなど多様な応用がある。特に光は通信との親和性が高く、量子インターネットの実現にも適している。これらを組み合わせることで、新しいアプリケーションが生まれる可能性もある。

「途中段階でも応用できる領域を探しながら、光方式の量子コンピューターの完成を目指したい」と武田は語る。光方式の量子コンピューターは確かにまだ多くの課題を抱えているが、武田の研究はその核心を一つずつ切り開きつつある。精密な実験の積み重ねと柔軟な発想が、光量子計算の未来に確かな輪郭を与えようとしている。

この連載ではInnovators Under 35 Japan選出者の「その後」の活動を紹介します。バックナンバーはこちら

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