気候テックの聖地へ
ケニア、「犠牲者」から
「解決者」への壮大な賭け
火山活動が続くケニアの大地で、余剰地熱を使って大気中のCO₂を回収し、地中に永久貯留する——。「グレート・カーボン・バレー」構想は、気候変動に苦しむアフリカを解決策の供給地に変える壮大な賭けだ。だが、地元住民の多くは、その電力さえ使えない現実がある。 by Diana Kruzman2026.01.19
- この記事の3つのポイント
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- ケニアのスタートアップが地熱エネルギーを活用した大気中CO₂直接回収装置の実証実験を開始した
- 豊富な地熱資源と理想的な地質条件を背景に「グレート・カーボン・バレー」構想が進行中
- マサイ族の土地権問題や高コスト、政府・企業の気候変動対策後退により実用化への道のりは険しい
ケニア中南部に広がる遠浅の淡水湖、ナイヴァシャ湖周辺の大地は、まるで静まる気配を見せようとしない。
直近では1860年代に噴火した近隣のロンゴノット山からの火山灰が、今も地中に堆積している。場所によっては、地表からわずか数キロ下にあるマグマによって熱せられた蒸気が地中の亀裂から噴き出し、煮えたぎる水たまりからも立ち上っている。その背後には、黒曜石の洞穴やごつごつとした岩の塔が荒々しくそびえている。
この地形は、約2,500万年前にアフリカプレート(ヌビアプレート)とソマリアプレートが分離した際に生じた激しい地質活動によって形成された。その地殻の裂け目は、東アフリカから中東まで約7000キロメートルにわたり大地を貫き、現在「グレート・リフト・バレー」と呼ばれる窪地を生み出した。
このような変動性は、この大地に膨大な可能性をもたらしているが、その多くはまだ手つかずのままである。ナイロビから車で数時間足らずのこの地域には、5カ所の地熱発電所があり、噴出する蒸気を利用してケニア国内の電力の約4分の1を生み出している。しかし、この過程で生じたエネルギーの一部は大気中に放出されており、さらに多くのエネルギーは需要がないために地中にとどまったままだ。
それこそが、オクタヴィア・カーボン(Octavia Carbon)がこの地を選んだ理由だ。
6月、同スタートアップは、湖のすぐ北に位置する小規模ながら戦略的に重要な町ギルギルで、博打的ともいえる実証実験を開始した。この余剰エネルギーの一部を活用し、大気中の二酸化炭素を除去する機械の試作機4基の稼働を開始したのである。同社によれば、この方式は効率的で、コストも手頃、そして何より重要な点は、拡張可能性があることだという。
各装置の初期処理能力はCO₂換算で年間わずか60トンにすぎず、短期的にはその影響は小さいかもしれない。しかし、当面の目的は、この地で二酸化炭素の除去が可能であることを証明することにある。より長期的なビジョンは、はるかに野心的だ。それは、DAC(直接空気回収)と呼ばれるこの技術が、地球の気温上昇をより危険な水準に達するのを防ぐ有効な手段となり得ることを証明することである。
「私たちは、ケニアの地でできる限りの気候変動対策を実践しており、ケニアを気候変動対策の先駆者として位置づけるための取り組みを先導していると自負しています」。オクタヴィアの広報責任者であるスペシオサー・ムテウは、私が昨年、ケニアを訪れた際にこう語った。
国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の声明によると、世界の気温上昇を産業革命以前と比べて1.5 °C未満(パリ協定で定められた閾値)に抑えるため、あるいはより現実的だが依然として達成困難な2 °C未満に抑えるためには、将来の化石燃料由来排出量を大幅に削減すると同時に、これまで大気中に放出された数十億トンもの炭素を回収する必要があるという。
一部の専門家は、機械的および化学的プロセスを用いて大気中の二酸化炭素を吸収し、安定した形(通常は地下)で貯留するDACが、そうした目標を実現するための最も有効な手段であると主張している。なぜなら、この技術は非常に大きな可能性を秘めており、文明の発展がもたらしたこの危機から、人類の創意工夫とイノベーションの力によって抜け出す道を照らしてくれるかもしれないからだ。
昨年、世界最大のDACプラント「マンモス(Mammoth)」がアイスランドで稼働を開始し、最終的には年間最大3万6000トンのCO₂を除去できる能力を持つとされている。これはガソリン車約7600台分の排出量に相当する。その目的は、こうしたDACプラントが炭素を除去・永久貯留し、それにより企業や政府、地域の製造業者などが購入可能なカーボンクレジットを生み出すことにある。こうした仕組みが、地球を気候変動による最悪の影響から守る一助となるのだ。
現在、オクタヴィアを筆頭に、アフリカ・米国・欧州の企業、政治家、投資家たちが、ケニア特有の環境にこの高尚な目標達成の鍵があると見て、次々と賭けに出ている。だからこそ彼らは、グレート・リフト・バレーを「グレート・カーボン・バレー」へと変貌させるという壮大なビジョンを推し進めているのだ。さらに彼らは、その目標を、この地に住む先住民族の権利を尊重しつつ、ケニアに真の経済的恩恵をもたらす形で実現しようとしている。もしこれが成功すれば、このプロジェクトはDAC産業を活性化させるだけでなく、気候変動に対して特に脆弱であるにもかかわらず、ほとんど責任を負っていないグローバルサウス全域における、DACの概念実証となる可能性がある。
DACは、実用化の大規模な実証がなされておらず、運用コストが非常に高いという点から、賛否の分かれる技術でもある。5月、アイスランドの報道機関が、マンモスプラントを運営するクライムワークス(Climeworks)に関する調査結果を公表した。そこでは、同プラントが他の企業の排出量を相殺するどころか、自社の排出分をも十分に除去できていなかったことが明らかになった。
批評家たちはまた、DACに必要な電力は、交通システムの脱炭素化、住宅の暖房、化石燃料に依存する他の産業への電力供給など、より有意義な用途に使われるべきだと主張している。さらに、DACへの依存が、汚染企業に再生可能エネルギーへの移行を無期限に先延ばしにする口実を与えるとも懸念している。状況をさらに複雑にしているのは、DACの主要な買い手となるべき政府や企業からの需要が縮小していることであり、一部の専門家は、この業界自体の存続を危ぶんでいる。
チュニジアの経済学者で、公平なグリーン移行の推進者であるファデル・カブーブは、こう語る。「二酸化炭素除去技術は、いつも実用化寸前のように見えて、実際には実現しないテクノロジーです。この分野には何十億ドルもの投資が必要ですが、成果は出ておらず、近い将来も期待できません。それなのに、なぜ私たちは、実現していない技術と、それを握る一部の人々に、地球の未来を委ねようとしているのでしょうか?」
DACの実現性や妥当性に対する懸念にさらに拍車をかけているのが、マサイ族が長年抱いてきた根深い不信感である。彼らは何世代にもわたりグレート・リフト・バレーを故郷としてきたが、この地の地熱資源を狙って進出したエネルギー企業によって、繰り返し土地を追われてきた。そして、いまもこの地に残るマサイの人々の多くは、こうした発電所が生み出す電力さえ利用できない状況にある。
状況は非常に複雑で、乗り越えるのは困難を極める。しかし、このプロジェクトが実現すれば、気候政策や再生可能エネルギー投資から歴史的に取り残されてきた国々にとって、計り知れない可能性が広がると、エネルギー政策研究者でボストン大学グローバル・サステイナビリティ研究所(Institute for Global Sustainability)所長のベンジャミン・ソバクールは考えている。ソバクール所長はDACを短期的な気候変動対策としては懐疑的に見ている一方で、このような国々は数兆ドル規模の潜在性を秘めたこの産業から多大な恩恵を得られる可能性がある、と述べている。
「気候変動対策として使えるあらゆる技術の中でも、大気からCO₂を吸収して貯留することで気候変動を逆転させるというアイデアは非常に魅力的です。一般の人にもわかりやすいですしね」とソバクール所長は言う。「DACを大規模に稼働できれば、エネルギー分野における次の大きな転換点になる可能性があります」。
ただしもちろん、その前に「グレート・カーボン・バレー」が本当に機能しなければならない。
エネルギー構造への挑戦
「グレート・カーボン・バレー」は、この地域、そしてオクタヴィアにとっての壮大なビジョンであり、オクタヴィアはその実現を導くために設立された企業でもある。
現在42歳のビルハ・ディラングはナイロビで育ち、マサチューセッツ工科大学(MIT)で電気工学を学んだ。彼女は長年、気候変動がケニアにもたらす影響を懸念してきたが、それでもこの国が温暖化の「犠牲者」で終わることは望んでいないと語る。むしろ、気候変動の解決策を生み出す起点になることを願っているという。そうした思いから、彼女は2021年に、アフリカの労働者をグリーン産業向けに育成することを目的とした非営利団体「ジェイコブズ・ラダー・アフリカ(Jacob’s Ladder Africa)」を共同設立した。
彼女はまた、気候スマートビジネスの構築と促進に焦点を当てた投資会社「アフリカ・クライメート・ベンチャーズ(Africa Climate Ventures)」の最高経営責任者(CEO)を務めるケニア人起業家、ジェームズ・イルング・ムワンギとの共同事業も開始した。ムワンギはケニアの膨大な地熱エネルギーの可能性に注目しており、この共通の信念が2人を結びつけた。彼の構想は、ケニアの余剰地熱エネルギーに買い手を見つけることで、さらなる再生可能エネルギー開発を促進するというものだった。そして、膨大なエネルギーを必要としつつ気候にも好影響を及ぼす産業が1つ見つかった。それが、二酸化炭素の直接空気回収(DAC)だった。
グレート・リフト・バレーこそが、その構想の要だった。この地は、手頃な価格でDACを大規模に稼働させるために必要なエネルギーを供給できるだけでなく、大気から回収した二酸化炭素を地下深くに安定的に貯留するのに理想的な地質条件を備えていた。また、ケニアの電力網の約90%がすでに再生可能エネルギーで構成されているため、DACが他の産業の電力を奪うこともない。むしろ、DAC誘致によってエネル …
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