人工衛星は、通信・放送や気象観測、測位をはじめとするさまざまな用途で使われ、私たちの生活や社会活動に不可欠な存在となっている。2025年10月の台風22号で東京都青ヶ島と八丈島をつなぐ海底ケーブルが損傷した際には、衛星群を活用したインターネットサービスが唯一の通信手段になった。その一方で、運用終了や故障によって不要になった衛星が地球周回軌道上に増加し、他の人工衛星に衝突することで宇宙活動に支障をきたす「スペースデブリ(宇宙ゴミ)」の問題が深刻化している。
2023年に宇宙スタートアップ「コスモブルーム(cosmobloom)」を共同創業した福永桃子は、超小型衛星にも搭載できるデオービット(軌道離脱)装置を開発し、この課題に挑む起業家だ。人工衛星を地球周回軌道から離脱させ、大気圏に突入させるデオービットにはいくつかの方式がある。たとえば大型衛星であれば、搭載されているスラスター(推進機)を逆噴射させて軌道を下げる方法が一般的だ。しかし、近年急増している超小型衛星では、重量やコストの制約からこの方式を採用することが難しい。
そこで福永らが開発しているのが、折り畳んだ構造物を宇宙空間で大きな膜面(セイル、帆)として展開し、空気抵抗を増やすことで大気圏突入までの時間を短縮する「膜面展開方式」のデオービット装置である。福永らは、膜やケーブルなどの薄く軽い柔軟な部材で構成される「ゴッサマー構造」を採用し、0.3Uサイズ(1Uは10cm×10cm×10cm)という世界最小クラスの装置を開発した。本装置は支持材にばね状テープなどを用いることで、モーター等の動力を用いずに展開できる。また、これらの設計を独自のシミュレーション技術によって最適化することで、大幅に軽量・小型化でき、従来は搭載が難しかった3Uや6Uクラスの超小型衛星でも軌道除去が可能になる。2026年度には打ち上げ実証を計画している。
高校時代から宇宙開発に興味を持っていた福永は、大学1年で超小型衛星の開発に参加。大学院では、30メートル級の自己展開構造物の実験にチームで取り組み、世界初の成果を上げた。福永は、自身の活動について「研究者としての技術的挑戦にとどまらず、サステナビリティや国際ルール遵守といった社会実装を強く意識している」と話す。コスモブルームは現在、ゴッサマー構造を使った膜面アンテナや宇宙太陽光発電システムの開発にも取り組む。2025年7月には膜構造建築大手の太陽工業から出資を受け、共同研究を開始した。地上と宇宙をまたぐ構造技術の融合にも一歩を踏み出す。
(中條将典)
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