将来の人類居住・資源確保を見据えた宇宙開発や、生命の起源を探る深宇宙探査への取り組みが加速している。極限環境である宇宙でのミッションを遂行するには、軽量かつ高耐久で、広い範囲の温度に対応できる「次世代宇宙材料」が不可欠だ。東北大学 学際科学フロンティア研究所の助教である許 勝(Sheng Xu)は、−269℃の極低温から室温を超える領域で安定して機能する「チタン・アルミニウム・クロム(Ti–Al–Cr)系超弾性合金」を開発した。宇宙空間や月・火星表面のような極低温・過酷環境下において、従来の金属では困難だった柔軟な変形と形状の自己回復性を世界で初めて実現した。
金属材料は従来、極低温環境下では外力を受けても可逆的な変形を示さず、そのまま破壊に至ると考えられてきた。許はこの常識に挑み、材料設計、結晶構造の解析、低温変形挙動の解明により、液体水素の沸点(−253℃)以下の極低温環境でも安定的な超弾性を示す軽量金属材料を発見した。さらに、冷却に伴い超弾性を担う変態応力が上昇するという一見逆転的な現象を、理論モデルと直接測定の両面から実証し、この異常な温度依存性こそが超広温度範囲での安定した超弾性発現を支える鍵であることを明らかにした。
許が開発したTi–Al–Cr合金は、宇宙開発分野に重要な技術革新をもたらす。中でも、NASA(米航空宇宙局)が提唱する「エアレス超弾性タイヤ(Airless Superelastic Tire)」への応用では、超弾性による柔軟な変形が可能で、耐低温性と軽量性を兼ね備えるTi–Al–Cr合金は、探査機の機動性と信頼性を大きく向上させることが期待される。従来、月面探査車に用いられてきた鉄鋼製のタイヤは、月面のような凸凹の多い地形では走行性に限界があり、耐久性や重量も課題となっていた。
Ti–Al–Cr合金の研究において許は、設計だけでなく、製造プロセス開発、低温試験装置の構築、宇宙機器模擬検証まで一貫して主導した。ドイツのマックス・プランク持続可能な材料研究所(Max Planck Institute for Sustainable Materials)やNASA関係者との技術交流も進めており、国際連携のもとで宇宙仕様での実用性検証にも取り組んでいる。今後は、宇宙望遠鏡の精密駆動構造や極地探査ロボットの関節構造への応用も視野に入れ、次世代宇宙インフラや長期ミッションに対応するスマート材料群の基盤としてTi–Al–Cr合金のバリエーション展開にも挑む考えだ。
(中條将典)
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