世界の電力需要のおよそ半分はモーターによって消費されている。家庭用電化製品から産業機械、電気自動車まで、私たちの社会は無数のモーターによって動いている。ところが、その使用電力のうち約3割が、モーターが動力を生み出す際のエネルギーロスとして失われている。
その主因が、「磁気損失」だ。モーターの鉄心の中では、磁石の向き(磁化)が繰り返し変わる。このときに原子の磁化の方向が切り替わるたび摩擦のような抵抗が生じ、熱としてエネルギーが失われてしまう。鉄などの金属は原子が規則的に並ぶ結晶構造を持っており、この構造が磁化の切り替え時の“引っかかり”を生む原因となる。一方、結晶構造を持たない「アモルファス合金(非晶質合金)」は、磁化の向きが滑らかに変化するため、磁気損失を大幅に抑えられる。モーターのコア材料として用いれば、電力ロスを従来材料の約10分の1に低減できる。
ただ、この理想的な素材には難題がある。アモルファス合金は非常に硬く粘り強いため、高精度な切断や加工が極めて難しい。さらに加工時に工具の摩耗や損傷が激しく、コスト面でも実用化の妨げとなってきた。これまでの研究は主に、工具や加工機の改良といった工作機械側の視点から課題解決を試みてきたが、東北大学の助教である久慈千栄子は、発想を逆転させた。
「加工する側ではなく、加工される材料の側を制御する」。その着想のもと、久慈はアモルファス合金の組織制御によって加工性を高める手法を研究している。具体的には、一般に非熱加工で使われる特殊レーザーをあえて局所熱処理に応用。わずか数マイクロメートルの領域だけに熱を加え、熱拡散を抑えながら材料組織を加工に最適な状態へと改質する技術を確立した。この「局所熱処理(組織制御)加工法」によって、アモルファス合金を高精度に切断できるようになったのである。
レーザーを援用してアモルファス合金を組織制御し、精密な切断加工を達成することは、素材の発明から半世紀以上、実現できない難題だった。久慈の研究は、エネルギーロスを劇的に抑える省エネモーターの開発に新たな道を開くものだ。電化が進む世界では、今後モーター需要が急増すると予測されている。その効率を高めることは、エネルギー消費全体を左右するカギでもある。久慈の挑戦は、モーター材料の限界を超えて、脱炭素社会の実現に貢献する研究として注目される。
(元田光一)
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