遺伝子治療では、外部から治療用遺伝子を疾患部位に届け、細胞内に取り込ませる。そのときの「遺伝子の運び屋」として使われるのが、病原性のないアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターである。AAVは、すでにデュシェンヌ型筋ジストロフィーや血友病などの難治性疾患に対して実用化されている。しかし、ほとんどの成人はAAVに対する抗体をもっており、投与できる患者や投与回数には制限がある。さらに、大量のAAV投与は重篤な副作用を引き起こすおそれもある。
東京科学大学助教でナノ医療イノベーションセンターの主任研究員を兼任する本田雄士(Yuto Honda)は、ワインやお茶の成分として知られるポリフェノールを利用したナノコーティング技術の開発に取り組んでいる。ポリフェノールのうち渋み成分として知られているタンニン酸は、タンパク質やAAVなどの生体分子と複合体を形成する性質を持つ。本田は、この性質を利用し、遺伝子治療やバイオ医薬品の治療効果を飛躍的に高めることを目指している。
本田が開発したのが、ポリフェノールと合成高分子を組み合わせた「ポリフェノール・ナノマシン」と呼ばれる構造物である。このナノマシンでAAVを包み込むことを考案した本田は、マウスを用いた実験において、脳や肝臓における遺伝子導入効率が大幅に向上することを確認した。この成果は、AAVに対する抗体を持つ患者にも遺伝子治療の道を開く可能性を示している。
さらに本田は、ポリフェノール・ナノマシンで抗体をコーティングし、細胞内に届ける試みも行なった。抗体はタンパク質に結合する生体分子だが、細胞内に届けることが難しく、現在の抗体医薬品の多くは細胞表面のタンパク質に作用する。乳がんを持つマウスでの実験では、抗体単独の場合と比べて、腫瘍の大きさを約20%まで縮小することに成功した。がんだけでなく、遺伝性疾患やウイルス感染症、自己免疫疾患など、細胞内に治療ターゲットがある疾患への新たな治療アプローチを切り開くものだ。
ポリフェノール・ナノマシンは、必要な分子などを水中で混合するだけで形成できる簡便さもあり、実用化しやすい特徴を持つ。本田は、この薬物送達技術の社会実装を進めるため、現在、スタートアップの設立を準備中だという。基礎研究から実用化へ、期待がかかる。
(島田 祥輔)
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