KADOKAWA Technology Review
×
CO2排出実質ゼロ、マグネシウムの米国生産に挑むスタートアップ
Stephanie Arnett/MIT Technology Review | Library of Congress, Adobe Stock
This startup wants to make more climate-friendly metal in the US

CO2排出実質ゼロ、マグネシウムの米国生産に挑むスタートアップ

米スタートアップ企業のマグラシアが、海水を原料とした電解技術でマグネシウムを製造する新工場の建設を計画している。中国が世界供給量の95%を独占する市場に、CO2排出実質ゼロの製造プロセスで参入を目指す。 by Casey Crownhart2025.05.30

この記事の3つのポイント
  1. マグラシアは海水からマグネシウムを製造する新しい電解槽を稼働させた
  2. この製造プロセスは温室効果ガスの排出量を実質ゼロにできる可能性がある
  3. マグラシアはユタ州で実証プラントを建設し2027年中の稼働を見込む
summarized by Claude 3

米国カリフォルニア州に拠点を置く企業マグラシア(Magrathea)は、つい最近、海水から金属のマグネシウムを製造できる新しい電解槽を稼働させた。自動車や防衛用途で使われるマグネシウムを、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにして作り出せる可能性がある。

マグネシウムは驚くほど軽い金属であり、自動車や飛行機の部品のほか、さまざまな車両で使われているようなアルミニウム合金にも使用される。また、鉄鋼やチタンの製造プロセスをはじめとする防衛用途や工業用途でも用いられている。

現在、マグネシウムの生産は中国が独占的なシェアを持っている。そして最も一般的な製造方法は、気候変動の原因となる温室効果ガスを多く生み出す。マグラシアが独自の製造プロセスの規模を拡大できれば、マグネシウムの代替的な供給源となり、マグネシウムに依存している自動車製造業などの産業をクリーン化するのに役立つ可能性がある。

マグラシアの製造プロセスの主役は、電解槽だ。電解槽は、電気を用いて材料を構成元素に分ける装置である。 マグネシウムの製造に電解槽を用いるのは新しいことではないが、マグラシアの手法は、最新の技術を代表するものである。「私たちはこのプロセスを本当に近代化し、21世紀に持ち込みました」と、マグラシアの共同創業者であるアレックス・グラントCEO(最高経営責任者)は言う。

すべての製造プロセスは塩水から始まる。海水のほか、塩湖や地下水にも、少量のマグネシウムが含まれている。海水における含有濃度は約1300ppm(1ppmは100万分の1)なので、マグネシウムは重量計算で海水の0.1%ほどを占めている。その海水や塩水を採取してきれいにし、濃縮して乾燥させると、固形の塩化マグネシウム塩ができる。

マグラシアは現在、塩化マグネシウム塩をカーギル(Cargill)から購入している。この塩を電解槽の中に入れて約700℃に達するまで温度を上げて溶融塩にした後、電気を流してマグネシウムを塩素から分離し、金属マグネシウムを形成する。

通常、このプロセスで電解槽を稼働させるには、安定した電力源が必要になる。温度はたいていの場合、塩を溶融状態に維持するのに十分な高さに保たれる。冷やしすぎると、塩が固まってこのプロセスが台無しになり、装置を損傷する可能性もある。必要以上に加熱すれば、エネルギーを浪費するだけだ。

マグラシアの手法は柔軟に作られている。基本的に、同社は電解槽を、溶融塩を液体に維持するのに必要な温度よりも100℃ほど高い温度で運転する。そして余分な熱は、最終的に化学反応炉に投入されることになるマグネシウム塩の乾燥など、創意に富んだ方法で利用される。この製造方法は断続的に実施できるため、同社は電気が安い時や、再生可能エネルギーがより多く利用できる時に電力を得ることでコストと温暖化ガス排出量を削減できる。 さらに、この製造プロセスの副産物として作られる酸化マグネシウムは、大気中の二酸化炭素を捕捉するために使用でき、このプロセスだけでは削減しきれない炭素汚染を相殺するのに役立つ。

その結果、温暖化ガス排出量が実質ゼロの製造プロセスとなる可能性があることが、2025年1月に完了した独立機関によるライフサイクルアセスメントで示された。当初からこの水準に達することはないだろうが、現在この業界で使用されているものよりもはるかに気候フレンドリーなプロセスになる可能性があると、グラントCEOは言う。

ただし、マグネシウムの製造に新規参入するのは簡単ではないと、ネバダ州鉱山地質局(NBMG)局長で、ネバダ大学リノ校経済地質学研究センターの所長を務めるサイモン・ジョウィット教授は指摘する。

米国地質調査所のデータによれば、中国は2024年時点でマグネシウムの世界供給量のおよそ95%を生産している。中国の支配的な地位は、中国企業が市場に安価なマグネシウムを大量に提供することで、他国の企業が競争するのを困難にしている。「これらすべての経済的側面が、不確かなものです」と、ジョウィット教授は言う。

米国では、反ダンピング関税など、いくつかの貿易保護措置が実施されているものの、それでもまだ、代替的な製造プロセスを持つ新規参入企業が障害に直面することがある。ユタ州に拠点を置くUSマグネシウム(US Magnesium)は近年、米国でマグネシウムを製造する唯一の企業だったが、設備の故障や環境への懸念を巡る歴史を受け、2022年に製造を停止した。

マグラシアは、2025年末または2026年初頭にユタ州で実証プラントの建設を開始する計画だ。このプラントの年間生産能力は概ね1000トンとなり、2027年中に稼働する見込みである。2025年2月に同社は、大手自動車メーカーとの契約締結を発表した。ただし、社名の公表を避けている。この自動車メーカーは実証プラントで製造される原料を事前購入しており、今後、既存製品に組み込む予定である。

実証プラントが稼動したら、次のステップは、年間約5万トンの生産能力を持つより大規模な商業プラントの建設となるだろう。

人気の記事ランキング
  1. Anthropic’s new hybrid AI model can work on tasks autonomously for hours at a time アンソロピックが「Claude 4」発表、数時間の自律作業可能に
  2. A new sodium metal fuel cell could help clean up transportation MITがナトリウム燃料電池を開発、エネルギー密度はリチウムの4倍
  3. How AI is introducing errors into courtrooms AI幻覚、法廷にも 知的労働の最高峰がなぜ騙されるのか?
ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。
MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2025年版

本当に長期的に重要となるものは何か?これは、毎年このリストを作成する際に私たちが取り組む問いである。未来を完全に見通すことはできないが、これらの技術が今後何十年にもわたって世界に大きな影響を与えると私たちは予測している。

特集ページへ
日本発「世界を変える」U35イノベーター

MITテクノロジーレビューが20年以上にわたって開催しているグローバル・アワード「Innovators Under 35 」。世界的な課題解決に取り組み、向こう数十年間の未来を形作る若きイノベーターの発掘を目的とするアワードの日本版の最新情報を発信する。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る