リサイクルだけでは「プラスチック問題」を解決できない理由
プラスチックは温室効果ガス排出の巨大な発生源になっている。国連のプラスチック条約の交渉はなぜ決裂したのか、そしてプラスチックからの排出にどう対処すべきかを掘り下げてみよう。 by Casey Crownhart2025.08.27
- この記事の3つのポイント
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- 国連のプラスチック条約協議が産油国などの反対により決裂した
- プラスチック生産は世界のCO₂排出量の約5%を占めている
- 2060年までにプラスチック由来排出量が2倍に増加する予測である
私は幼い頃、プリンセスの歯ブラシを使っていたことを覚えている。持ち手部分は紫と青緑色で、キラキラしていた。これまでに作られた他のプラスチック製品の大部分と同様に、それはおそらく今でもどこかに存在し、埋立地で朽ち果てているのだろう(海にないことを祈るばかりだ)。
8月22日に国連のプラスチック条約に関する協議が決裂した後、再びあの歯ブラシについて考えている。各国はプラスチック廃棄物に対処するための拘束力のある条約を策定しようと集まったが、交渉担当者らは合意に至ることなく会議を終えた。
プラスチックは環境汚染の巨大な原因として広く認識されているが(再び、あの歯ブラシがどこにあるのか気になるところだ)、この素材は気候変動の要因でもある。この記事では、なぜ交渉が決裂したのか、そしてプラスチックからの排出にどう対処すべきかを掘り下げてみよう。
私は以前、プラスチックを(ある意味で)擁護したことがある。プラスチックは極めて有用な材料であり、眼鏡のレンズから点滴バッグまで、あらゆるものに不可欠だ。
しかし、我々がプラスチックを生産・使用するペースはまったくもって異常である。プラスチック生産は1950年以来、毎年平均9%の割合で増加している。生産量は2019年に4億6000万メートルトンに達した。そして推定5200万メートルトンが毎年環境に投棄されるか燃やされている。
そこで、2022年3月、国連環境総会(UN Environment Assembly)はプラスチック汚染に対処するための国際条約の策定に着手した。海洋に浮遊する大量のプラスチック廃棄物が悪いものであることは、誰もが同意するはずだ。しかし、この数年間で我々が学んだように、これらの協議が進展するにつれて、それに対して何をすべきか、いかなる介入がどのようになされるべきかについて、意見が分かれている。
交渉で論争の的となっている言い回しの1つが、プラスチックの「ライフサイクル全体(full life cycle)」だ。これは、プラスチックの回収やリサイクルといった「終端」だけでなく、生産段階にも制限をかけようとする一部グループの考えを反映している。総会では、使い捨てプラスチックの禁止についてさえ議論された。
産油国は生産制限に強く反対している。サウジアラビアとクウェートの代表者はガーディアン紙に対し、「プラスチックの生産制限は議論の範囲外だ」との考えを語った。米国も交渉を遅らせたと報じられており、プラスチックのライフサイクル全体に言及する条約条項の削除を提案したという。
既得権益を持つ産油国が強硬姿勢を取るのは当然だろう。石油、天然ガス、石炭はプラスチック製造においてエネルギーとして燃焼されるだけでなく、原材料としても使用されるからだ。それにしても、「世界の石油需要の12%、天然ガス需要の8%以上がプラスチック生産のために使われている」という統計には驚かされる。
これは大量の温室効果ガス排出につながる。ローレンス・バークレー国立研究所(Lawrence Berkeley National Lab)の報告書によれば、2019年時点でプラスチック生産は22億4000万メートルトンのCO₂排出を引き起こしており、これは世界全体の約5%に相当する。
将来を見据えると、プラスチック由来の排出量はさらに増加する見込みだ。経済協力開発機構(OECD)の別の推計では、2060年までにプラスチックからの排出量は約20億トンから40億トンに膨れ上がる可能性があるとされている。
経済協力開発機構(OECD)の推計によれば、プラスチックの生産と廃棄に伴うCO₂排出量は、2060年までに現在の2倍以上に達する可能性がある。特に、生産および製品化の段階(青)が排出量の大部分を占めており、気候変動への影響が懸念されている。
このグラフは私に強い印象を与え、プラスチック条約交渉が結論に至らなかったことが非常に残念に思える。
リサイクルは非常に有効な手段であり、新たな技術によって、より多くのプラスチックをより簡単にリサイクルできる可能性もある。私は特に、混合プラスチックのリサイクルに関心がある。これは、時間とコストのかかる分別作業を省けるからだ。
しかし、プラスチックの廃棄段階だけで対処するのは、この素材の気候への影響を抑えるには十分ではない。プラスチックからの排出量の大部分は、その生産段階から生じる。そのため、石油とガスを全体の要素から取り除くために、異なる原料と燃料を使用してプラスチックを製造する新しい方法が必要なのだ。そして、我々が生産するプラスチックの量についても、もっと賢明な判断をしなければならない。
1つ朗報もある。プラスチック条約は完全に破棄されたわけではなく、一時的に棚上げされているだけだということだ。関係者によると、交渉再開に向けた取り組みが今後始まる予定だという。
これまでに生産されたプラスチックのうち、リサイクルされたのは10%未満にすぎない。プラスチック製の水筒であれ、数回しか着なかったポリエステルのシャツであれ、あるいは子どもの頃に使っていたプリンセスの歯ブラシであれ、それらは今もどこかの埋立地や自然環境の中に存在している。これはすでに知られていることかもしれない。しかし、次の点も見逃してはならない。プラスチックを作るために排出された温室効果ガスも、いまだ大気中に残っており、気候変動の一因となっているということを。
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。