<現地ルポ>ウクライナの
生命線「スターリンク」
1万台超を直した非公式工場
イーロン・マスク率いるスペースXの衛星インターネット・サービス「スターリンク」は、ウクライナ防衛において重要な役割を果たしている。しかし、戦時下での接続状態の維持には、ボランティアたちによるイノベーションと修理作業が不可欠だ。 by Charlie Metcalfe2025.08.24
- この記事の3つのポイント
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- ウクライナ最大規模の非公式スターリンク修理工場で、ボランティアたちが端末を修理
- 2万人のコミュニティが戦場通信を支える一方、マスクの気まぐれへの依存リスクも
- ウクライナ軍の通信インフラとしてスターリンクが不可欠な現実がある
スターリンク端末は、足を使って組み立てているのかもしれない。あるいは、背中の後ろに手を回して組み立ているのだろう——。オーレ・コヴァルスキーは、こう考えている。
スウェットパンツ姿で、手首から首にかけてタトゥーが入った大柄な47歳のウクライナ人男性であるコヴァルスキーは、自身が想像するスターリンク端末の組み立ての様子を説明しようと、前屈みになって背中の後ろで指を動かして見せ、笑った。部品は外れやすく、ホコリや湿気に弱い。「ひどい品質です。本当にひどいものです」。白く漂白された歯を見せながらこう語った。
だが、スターリンクの製造品質がどんなに感心できないものだとしても、この衛星インターネット・サービスがウクライナの防衛にとって極めて重要な存在であることには異論はない。
スターリンクは、ウクライナがロシアと戦い続ける上で絶対に欠かせない存在だ。前線部隊が遠方の司令部と通信する手段であり、ウクライナの存続に不可欠なドローンが目標を攻撃するための通信手段であり、さらには兵士が故郷の家族と連絡を取るための手段でもある。
2025年3月に私がコヴァルスキーを訪ねたとき、この極めて重要な支援システムが突如として失われるかもしれないという懸念が高まっていた。当時まだトランプ政権と深く関わっていたイーロン・マスク=スターリンクを提供するスペースX(SpaceX)のCEO=が、ウクライナ政府が米国主導の和平交渉に従わなければ、スターリンクのウクライナでの利用を停止するとの考えを示したというニュースを、ロイター通信が報じたばかりだった。マスクCEOはこの報道をすぐに否定したものの、トランプ大統領による気まぐれな外交方針と、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領に対する不安定な支援状況を踏まえると、スターリンクの将来には看過できない不確実性がつきまとっていた。そして、それは今も変わらない。
事態は極めて深刻である。7月下旬のロイター通信の別の報道によれば、2022年の重要な反攻作戦中に、マスクCEOがウクライナの一部地域におけるスターリンク通信を制限するよう命じていたことが明らかになった。ロイター通信は「ウクライナ軍は突然通信遮断に直面した」と伝えている。「兵士たちはパニックに陥り、ロシア軍を監視していたドローンは沈黙し、スターリンクを使って照準を合わせていた長距離砲兵部隊は、標的を狙うのに苦戦した」。
こうした状況は、コヴァルスキーも十分に認識している。そして今のところ、スターリンクへのアクセスは、彼も所属するユーザーおよびエンジニアの非公式コミュニティである「ナロードニー・スターリンク(Narodnyi Starlink)」に大きく依存している。
直訳すると「国民のスターリンク」という意味のこのグループは、ウクライナ東部で親ロシア派武装勢力との戦闘を経験した、テクノロジーに精通した退役軍人によって2022年3月に設立された。当初は、成長途上だったスターリンク利用者のコミュニティとして、フェイスブック・グループとして始まり、ガイドやヒントの共有を目的としていた。だが、瞬く間に戦時支援の重要なシステムへと変貌した。現在では約2万人のメンバーを擁し、独創的なカスタマイズ技術で知られる非公式の専門家「ドクター・スターリンク」や、コヴァルスキーとその仲間のような他のボランティア技術者も含まれている。ナロードニー・スターリンクは、最前線および後方支援の両方において、ウクライナの戦いを支えている、非公式ながら極めて有効なボランティアネットワークの好例となった。
コヴァルスキーは、首都キーウから西に約480キロメートル離れた都市リヴィウにある、非公式のスターリンク修理工場をMITテクノロジーレビューの取材に独占公開した。「秩序ある混沌」という表現がぴったりのこの工場は、タイル店の裏手にある、何の変哲もない2階建ての建物のいくつかの小部屋にまたがって広がっている。泥まみれのスターリンク端末の外装ケースが詰まったよれよれの段ボール箱が積み上げられ、修理部品のがれきの中に通路を形作っている。緑色の回路基板は、まるでゴシック建築のフライング・バットレスのように壁を支え、あらゆる隙間からケーブルの束が飛び出している。
この修理工場を知る人々からは、ウクライナ国内で最大規模、さらには世界最大級の施設だと評されている。公式・非公式の推計では、ウクライナ国内では4万2000台から16万台のスターリンク端末が稼働している。コヴァルスキーによれば、彼の8人のボランティア・チームは戦争開始以来、1万5000台以上の端末を修理またはカスタマイズしてきたという。
プレッシャーはあったものの、私がコヴァルスキーを訪ねた時点では、スターリンクへのアクセスを失う可能性について、彼をはじめとするボランティアたちは大きな懸念を抱いていなかった。取材を通じて明らかになったのは、外国のテック界の大富豪の気まぐれよりも、彼らが直面しているもっと切迫した問題が数多く存在するという現実だった。ロシアはウクライナの都市に対して空爆を繰り返し、時には一晩で500機以上のドローンを送り込むこともある。前線への強制動員の脅威は、街角のいたるところに潜んでいる。毎日毎分が危機である中、まだ起きていない未来の不確実な問題に備える余裕などないのだ。
ウクライナの戦場では、あらゆる場所、あらゆる局面がほぼ完全にスターリンクによって支えられている。スターリンクは、塹壕近くの兵士と、数キロメートル上空を飛ぶ偵察ドローンをつなぎ、その映像を後方の司令部に中継する。さらに、暗号化されたメッセージング・サービスを通じて、前線の兵士が遠く離れた家族や友人と連絡を取り合う手段にもなっている。
ナロードニー・スターリンクのメンバーを含む一部の兵士やボランティアは、スターリンクを「ぜいたく品」と呼ぶこともあるが、実際には不可欠なインフラである。スターリンクがなければ、ウクライナ軍は他の、たいていは非効率な通信手段に頼らざるを得ないだろう。有線ネットワーク、モバイル・インターネット、旧式の静止軌道衛星技術などだ。いずれも通信速度が遅かったり、妨害に弱かったり、未訓練の兵士には設定が難しかったりする。
「スターリンクがなければ、私たちはとっくにキーウでロシアのルーブルを数えていたはずです」とコヴァルスキーは言う。
スターリンクは本来、商業用途向けに設計されたものだが、戦場では極めて優れた通信手段となっている。スターリンク端末が低軌道衛星コンステレーションと確立する低遅延・高帯域幅の接続は、大容量のデータ送信を可能にする一方で、敵による妨害が非常に困難だ。これは、静止軌道衛星とは異なり、スターリンクの衛星が常に移動しているためである。
操作も非常に簡単で、技術的な知識がほとんど、あるいはまったくない兵士でも数分で接続できる。しかも、このシステムは他の軍用技術に比べてはるかに安価だ。ウクライナ政府や軍が使うスターリンク・システムの多くは、米国やポーランド政府が法人契約したものが提供されている。一方、個々の兵士や部隊は、それとは別にスターリンクのハードウェアを約500ドルの個人価格で購入し、月額50ドルで利用できる。
コスト、使いやすさ、サ …
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