米国で進む遺伝子系図捜査、私の「善意」であなたも捜査対象に?
未解決事件の解決に威力を発揮する遺伝子系図捜査が米国で普及している。記者が「善意」でDNA提供に協力したことで、自分だけでなく遠縁の親族数千人も捜査対象になってしまった。 by Antonio Regalado2025.08.23
- この記事の3つのポイント
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- 筆者は犯罪捜査支援のため自身のDNAを民間データベースに登録した
- 米国警察はフォレンジック遺伝子系図学で数百件の事件を解決している
- 筆者は規制不備を懸念し、国家データベースを支持するが個人判断は後悔している
昨年、私は自分のDNAプロファイルを、民間の系図データベースであるファミリーツリーDNA(FamilyTreeDNA)に追加し、警察が私の遺伝情報を検索することを許可する「Yes」をクリックした。
2018年、米国カリフォルニア州の警察は、数十年間逮捕を免れていた男、ゴールデンステート・キラーを逮捕したと発表した。警察は、私が参加したようなWebサイトに犯行現場のDNAをアップロードすることで、これを実現した。そこでは、系図学愛好家たちが遺伝子プロファイルを共有し、親族を探したり、祖先をたどったりしている。殺人犯の親族数名との「一致」が得られると、警察は大規模な家系図を構築し、そこから容疑者と見られる人物を特定した。
フォレンジック遺伝子系図学(FIGG)と呼ばれるこのプロセスは、それ以来、数百件の殺人事件や性的暴行事件の解決に貢献してきた。しかしこの技術は強力である一方で、いまだ発展途上である。FIGGは、民間研究所やファミリーツリー(FamilyTree)のような規制のないWebサイトを通じて運用されており、これらのサイトでは、ユーザーが警察による検索への参加・不参加を選択できるようになっている。現在、警察が検索可能なプロファイルは約150万件程度であり、すべての事件で一致を見つけるには不十分である。
その数字を増やすために自分なりの貢献をしようと、私はマサチューセッツ州スプリングフィールドへ向かった。
地元の地方検事であるアンソニー・D・ガルーニのスタッフは、マイナーリーグのホッケーの試合で無料のファミリーツリー検査を配布していた。これは、DNAネットワークを拡大し、いくつかの未解決殺人事件の解決を支援する取り組みである。私は同意書にざっと目を通し、チューブに唾液を吐いて提出した。ガルーニの事務所の宣伝資料によれば、私は「ヒーローになる」とされていた。
だが、私は遠縁の連続殺人犯を捕まえたいという衝動に駆られていたわけではなかった。むしろ、私の唾液にはもっと低俗で、挑発的な動機があった。DNAに対する懸念は誇張されており、建設的ではない——そう考える私は、プライバシー擁護者たちをからかいたかったのだ。唾液を提供することで、私は個人のDNAが、プライバシー擁護者が時に主張するような「個別化された神聖なテキスト」であるという見解に反旗を翻したのだ。
実際、FIGGが機能するのは、親族がDNAを共有しているからにほかならない。たとえば、親とは約50%、祖父母とは25%、いとことは約12.5%のDNAを共有している。私がファミリーツリーから報告書を受け取ったとき、私のDNAは3309人と「一致」していた。
FIGGに恐怖を感じたり、その処罰的な目的を拒絶したりする人々もいる。私が知っているある欧州の系図学者は、死刑に反対しており、死刑が適用され得る事件で米国当局に協力するリスクを避けるため、自身のDNAを非公開にしているという。しかし、十分な数の人々がDNAを共有すれば、良心的拒否者の存在は問題にならない。科学者たちは、人口の2%、つまり米国であれば約600万人のデータベースがあれば、我々一人ひとりが持つ膨大な数の遠縁親族のつながりを考慮すれば、ほぼすべての犯罪現場のDNAの出所を特定できると見積もっている。
ビッグデータの研究者たちは、この現象を「少数者の専制」と呼んでいる。つまり、一人の自発的な情報開示が、結果として多くの他者に関する同様の情報を暴露する可能性があるということだ。そしてこの「専制」は、悪用され得る。
ファミリーツリーのような民間の系図サイトに保存されたDNA情報は、利用規約によってかろうじて守られているにすぎない。これらの契約条件はこれまでに何度も変更されており、一時期はすべてのユーザーがデフォルトで法執行機関による検索対象とされていた。さらに、ルールは簡単に無視される。最近の裁判資料によれば、FBIは事件解決への熱意から、法執行機関を排除している方針のデータベースに対しても、制限を無視してアクセスしていることがあるという。
「崇高な目的、だがルールはなし」——。これが、ある遺伝子系図学者が自分の分野全体の現状を表した言葉だ。
質問を重ねるほどに、私の不安は増していった。一体誰が私のDNAファイルを管理しているのか? それを突き止めるのは容易ではなかった。ファミリーツリーは、ジーン・バイ・ジーン(Gene by Gene)という別の会社が運営するブランドであり、2021年にはさらに別の会社であるマイDNA(MyDNA)に売却された。この会社は最終的にオーストラリアの大物実業家が所有しているが、その名前はWebサイトのどこにも記載されていない。ファミリーツリーの事業部長である系図学者デイブ・バンスに連絡を取ったところ、彼は、同サイトのプロファイルの4分の3が法執行機関による検索に「オプトイン」されていると語った。
一つの解決策として、連邦政府がFIGGのための独自の国家DNAデータベースを構築すべきだという案がある。しかし、それには新たな法律や技術標準の整備、そして我々の社会がこの種のビッグデータをどのように活用すべきかについての議論が必要である。私のような個人の同意だけでは不十分なのだ。そのような国家プロジェクトも、合意形成も、今のところ存在していない。
私は今でも、国家レベルの犯罪捜査用DNAデータベースに参加する用意がある。しかし、ホッケーの試合の片隅でチューブに唾を吐き、自分だけでなく数千人に及ぶ私の遺伝的親族すべてに影響を及ぼす同意書にサインするという行動にはついては後悔している。彼らに伝えたい。ごめん、君たちのDNAまで巻き込んじゃったのは、私のミスだ。
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- アントニオ・レガラード [Antonio Regalado]米国版 生物医学担当上級編集者
- MITテクノロジーレビューの生物医学担当上級編集者。テクノロジーが医学と生物学の研究をどう変化させるのか、追いかけている。2011年7月にMIT テクノロジーレビューに参画する以前は、ブラジル・サンパウロを拠点に、科学やテクノロジー、ラテンアメリカ政治について、サイエンス(Science)誌などで執筆。2000年から2009年にかけては、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で科学記者を務め、後半は海外特派員を務めた。