栄養教育は強化、食料支援は打ち切り——的外れのトランプ新政策
米国の健康危機への「解決策」として、ケネディ保健長官が医学生の栄養教育義務化を表明。しかし同時にトランプ政権は4100万人が利用する食料支援を大幅削減し、栄養教育プログラムも廃止する予定だ。 by Jessica Hamzelou2025.09.03
- この記事の3つのポイント
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- ケネディ保健福祉長官が医学生への栄養教育拡充を発表し医師会も支持を表明した
- 米国では不適切な食生活が心疾患等の主要死因増加を招き健康危機が深刻化している
- 栄養支援プログラム削減により根本的な食品アクセス問題解決が困難になる懸念がある
多くの米国人は適切な食生活を送っていない。そして、その代償を健康で支払っている。糖分、ナトリウム、飽和脂肪の多い食事は、糖尿病、心疾患、腎疾患などの問題のリスクを高める可能性がある。そしてこれらは米国における主要な死因の一つである。
これは目新しい話ではない。しかし8月末、米国保健福祉省(HHS)を率いるロバート・F・ケネディ・ジュニア長官が、この問題に対する新たな解決策を提示した。同長官とリンダ・マクマホン教育長官は、医学生に健康における栄養の役割についてより多くを教えることが、状況を好転させるのに役立つと考えている。
「私はリンダ(・マクマホン)と協力して、栄養学を医学生の教育に組み込むよう、医学部に強制することに取り組んでいます」とケネディ長官は8月26日の閣議で述べた。翌日、保健福祉省は医学生に対する「栄養教育の拡充」を求める声明を発表した。
「慢性疾患の蔓延は、食事と生活習慣を変えるだけで食い止めることができます」とケネディ長官は付随するビデオ声明で述べた。「しかし、そのためには、栄養学をすべての医師の基本的な教育の一部にする必要があります」。
確かに良いアイデアのように聞こえる。より多くの米国人が健康的な食事をとるようにすれば、そうした疾病の減少が期待できるだろう。しかし、このような米国の健康危機の捉え方は過度に単純化されたものである。特に、政権のほかの多くの施策により、重要な栄養教育プログラムの中止などを含め、さまざまな形で直接的に健康を損なっていることを考えるとなおさらだ。
いずれにせよ、慢性疾患の危機に取り組むには、ほかにより効果的な方法がある。
米国疾病予防管理センター(CDC)によると、米国における最大の死因である心疾患と脳卒中は、死亡者数の3分の1以上を占めている。健康的な食事は、これらの疾患を発症するリスクを減らすことができる。そして、米国の将来の医師たちに栄養学について教育することは、まったく理にかなっている。
医療団体もこの考えに賛同している。「医学教育における栄養学の重要性はますます明確になっており、慢性疾患の予防と管理や、患者の転帰改善のために、医師の能力を高めるエビデンスに基づいた指導の拡大を支持します」と米国医師会(American Medical Association)理事会議長のデイビッド・H・アイザスは声明で述べた。
もっとも、医学生が栄養教育をまったく受けていないわけではない。米国医科大学協会(AAMC:American Association of Medical Colleges)が実施した調査によると、栄養教育は過去5年間で増加している。
ケネディ長官は、米国の医学生が栄養教育を年間わずか1時間程度しか受けていないことを示す2021年の調査に言及している。しかし、米国医科大学協会は、栄養教育は独立した講義ではなく、「統合された学習体験」を通じて実施されることがますます増えていると主張している。
「医学部は、栄養が長期的な疾病の予防、管理、治療において果たす重要な役割を理解しており、必修カリキュラム全体にわたって重要な栄養教育を組み込んでいます」。全米医科大学協会のアリソン・J・ウィーラン最高学術責任者(Chief Academic Officer)は声明で述べた。
もちろん、改善の余地がないわけではない。ジョージ・ワシントン大学食品安全・栄養安全保障研究所(Institute for Food Safety & Nutrition Security)の食品・栄養政策担当副所長で食品システム栄養士であるギャビー・ヘドリックは、栄養士も患者ケアにおいてより重要な役割を果たせると考えている。
とはいえ、連邦政府の健康関連予算が最近削減されていることを踏まえると、トランプ政権が医学教育を重点分野として選択することはやや腹立たしいことである。例えば、何千人もの人々が健康的な食事と運動習慣を身につけるための支援と指導を提供する全国糖尿病予防プログラム(National Diabetes Prevention Program)への資金提供は、3月に政権によって打ち切られた。
医学部に焦点を当てることは、米国における栄養不良の背後にある最大の要因の一つを見落としている。それは健康的な食品へのアクセスである。ピュー研究所(Pew Research Center)による最近の調査では、コストの増加により大多数の米国人にとって健康的な食事をとることが困難になっているという。調査対象者の20%が自分たちの食事は健康的ではないと認めている。
「多くの人々は健康的な食事とは何かを知っており、毎晩、食卓に何を並べるべきかを理解しています」。この問題を研究しているヘドリック副所長は述べる。「しかし、圧倒的多数の人は、その食べ物を並べるための金銭的・時間的な余裕がないのです」。
補助的栄養支援プログラム(SNAP:Supplemental Nutrition Assistance Program)は、低所得の米国人がより健康的な食品を購入できるよう支援してきた。同プログラムは2024年に4100万人以上を支援した。しかし、トランプ政権の税制・歳出法案の下では、同プログラムは今後10年間で約1860億ドルの削減が予定されている。
ケネディ長官の焦点は教育だ。そして偶然にも、あらゆる年齢の人々が健康的な食品とは何かを学ぶだけでなく、予算内でそれらを調達し、食事の準備に活用する方法を学ぶのに役立つ栄養教育プログラムが存在している。
SNAP-Ed(スナップ・エド)として知られるこのプログラムは、すでに数百万人の米国人に支援を提供している。しかし、トランプ政権下では、廃止される予定だ。
このような施策が人々のより健康的な食事をとるのにどのように役立つのかを理解するのは困難だ。では、より良いアプローチとは何であろうか。私はヘドリック副所長に「もしあなたが責任者ならば、どのような政策を制定しますか?」と質問を投げかけた。
「国民皆保険制度です」と彼女は私に語った。経済的困窮のリスクを負うことなく医療にアクセスできることは、健康状態と平均寿命を改善するだけでなく、医療債務からも人々を救うのだ。最近の調査によると、医療債務は米国の成人の約40%に影響を与えている。
そして、トランプ政権が今後10年間で連邦医療支出を約1兆ドル削減する計画は、確実にこの問題の解決には寄与しない。議会予算局(Congressional Budget Office)の推計によると、2034年までに合計で約1600万人が健康保険を失う可能性がある。
「社会保障制度、例えば医療や食品へのアクセスを削減すれば、有害な影響が生じるというエビデンスがあります」とヘドリック副所長は述べる。「そして、それは予防可能な疾病の負担増加を引き起こすことになるのです」。
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- ジェシカ・ヘンゼロー [Jessica Hamzelou]米国版 生物医学担当上級記者
- 生物医学と生物工学を担当する上級記者。MITテクノロジーレビュー入社以前は、ニューサイエンティスト(New Scientist)誌で健康・医療科学担当記者を務めた。