KADOKAWA Technology Review
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ビル・ゲイツ特別寄稿:
それでも気候変動対策に
私が投資し続ける理由
Courtesy of the Gates Foundation
Bill Gates: Our best weapon against climate change is ingenuity

ビル・ゲイツ特別寄稿:
それでも気候変動対策に
私が投資し続ける理由

パリ協定の目標達成は困難だが、むしろ楽観的になれる理由がある——。こう主張するビル・ゲイツ氏に、なぜ気候テックへの投資が必要なのか、どの分野に投資すれば効果的なのか、氏が提唱する「グリーン・プレミアム」という指標を使って解説してもらった。 by Bill Gates2025.10.10

この記事の3つのポイント
  1. パリ協定目標未達の根本原因は排出量実質ゼロに必要な技術ツール不足と高コストにある
  2. エネルギー関連ブレークスルーにより2040年の世界排出量予測は40%下方修正されている
  3. グリーン・プレミアムの削減が気候テック普及の鍵、21世紀最大成長産業への投資機会となる
summarized by Claude 3

2015年のパリ協定で掲げられた、二酸化炭素排出量と地球温暖化抑制目標を世界が達成できないことは、もはや当然の結果である。多くの人々がこの失敗を政治家や企業の責任にしたがるが、より根本的な理由が存在する。目標達成に必要なすべての技術的なツールが揃っておらず、既存のツールの多くは依然として高すぎるということだ。

再生可能エネルギー源、電動移動手段、電力貯蔵といった分野において、世界は確かな進歩を遂げてきた。にもかかわらず、排出量実質ゼロの最終目標を達成するためには、発見から社会実装に至るまで、あらゆる領域でさらに多くのイノベーションが必要である。

しかし私は、これを悲観的になるべき理由だとは考えていない。むしろ、楽観的になれる理由だと考えている。なぜなら、人間は物事を発明するのがとても得意だからだ。実際、人類はすでに排出量削減に寄与する多くのツールを生み出してきた。エネルギー関連のブレークスルーにより、このわずか10年間で、2040年の世界の排出量の予測は40%も下方修正された。つまり、人類が持つイノベーション能力のおかげで、たとえ他に何も変わらなかったとしても、2040年までに排出量を大幅に削減する道を順調に歩んでいるのである。

さらに私は、より前向きな変化がこれから訪れるであろうと確信している。過去20年間、私は地球温暖化について学び、それを食い止めるためのアイデアに投資してきた。加えて、気候災害の防止に尽力する、先入観にとらわれない科学者やイノベーターたちとも協働してきた。10年前、私はそのうちの数人の仲間とともに、クリーン・エネルギー分野のイノベーションを加速させることを唯一の目的とする投資グループ「ブレイクスルー・エナジー(Breakthrough Energy)」を設立した。そしてこれまでに、150社以上の企業を支援してきた。その多くが、MITテクノロジーレビューの「注目すべき気候テック企業」にも選ばれたファーボ・エナジー(Fervo Energy)やレッドウッド・マテリアルズ(Redwood Materials)といった、大企業へと成長している(編集部注:ビル・ゲイツ氏は本誌の気候テック企業リストの選考プロセスには参加しておらず、このエッセーの執筆を引き受けた時点では前述の2社が選ばれていることを知らなかった)。

気候テックは、単なる公共財以上の意義を持つ。今後数年のうちにエネルギー市場から製造、輸送、さまざまな産業や食糧生産を変革し、世界経済のほぼすべての側面を再構築だろう。それらの取り組みの中には長期的なコミットメントが必要になるものもあるが、重要なのは、今すぐに行動することである。そして、どこにチャンスがあるのかはすでに明らかなのだ。

過去10年の間に、何千人ものイノベーター、投資家、業界リーダーたちによるエコシステムが生まれ、この問題のあらゆる側面に取り組んできた。今年の「気候テック企業10」のリストは、そのような多くの例のほんの一部を示しているにすぎない。

このイノベーション・エコシステムの大部分は米国内で成熟したものだが、今や世界的なムーブメントへと発展しており、米国での新たな障害によって止められることはないだろう。米国をはじめとするいくつかの国の政府が、気候イノベーションへの資金供給を削減し、画期的なアイデアの規模拡大を支援する政策の一部撤回を決定したことは、残念に思う。このような状況下においては、最大の効果をもたらす取り組みを、これまで以上の厳格さをもって見極めた上で、時間、資金、創意工夫を費やす必要がある。

では、最も効果的な取り組みをどのように見つけ出せばよいのか。まずは、どの活動が最大の排出源となっているのかを理解することから始める必要がある。私はそれらを、発電、製造、輸送、農業、そして建物の冷暖房という5つのカテゴリーに分類している。

もちろん、私たちが現在手にしているゼロカーボン・ツールは、これらの部門に均等に行き渡っているわけではない。電力などの一部の部門が大きな進歩を遂げてきた一方で、農業や製造業といった部門の進歩ははるかに遅れている。私は、全体的な進歩を比較するために、「グリーン・プレミアム」と呼ぶ指標を使っている。 これは、ある活動をクリーンな方法で行なう場合と、二酸化炭素排出を伴う従来の方法で行なう場合のコストの差を示すものである。

たとえば、持続可能な航空燃料(SAF)の価格は現在、従来のジェット燃料の2倍以上であり、グリーン・プレミアムは100%を超える。これに対し、太陽光発電や風力発電が急成長したのは、多くの場合、従来の電源よりもコストが低くなったからだ。つまり、グリーン・プレミアムがマイナスになっている。

グリーン・プレミアムは単なる経済的な指標ではない。クリーンな代替技術が競争力を持つためには、置き換える従来技術と同等の実用性も必要だ。たとえば、電気自動車(EV)の充電がガソリン車の給油と同じぐらい速くなれば、EVを購入する人は大幅に増えるはずだ。

私は、グリーン・プレミアムこそが、インパクトの大きい分野を特定する最良の方法であると考えている。ジェット燃料のように、グリーン・プレミアムが高い分野では、問題に積極的に取り組むイノベーターや投資家が必要だ。逆に、グリーン・プレミアムが低い、あるいはマイナスの分野では、テクノロジーが世界規模で普及することを妨げている障壁を打破する必要がある。

新しい技術が既存技術を上回るためには、多くの課題を乗り越えなければならない。絶対に欠かせないのは、コスト競争力を持つことである。だからこそ、ゼロカーボン技術に取り組むすべての企業に1つだけアドバイスするとすれば、たとえどのような分野であっても、グリーン・プレミアムの引き下げと解消に集中すべき、ということだ。物事を大きく考えよう。もしあなたのテクノロジーが、最終的に世界の年間排出量の少なくとも1%(0.5ギガトン)を削減できるほど競争力を備えるのであれば、あなたは正しい方向に進んでいると言える。

政策立案者たちにも、このグリーン・プレミアムに基づく部門別の視点を、自らの仕事に反映させるよう勧めたい。また、クリーン・テクノロジーと、それを推進する政策への資金供給を維持すべきである。これは単なる公共財ではない。この技術革新の競争に勝つ国々は、雇用を創出し、今後数十年にわたって巨大な経済的影響力を持ち、エネルギー自立性を高めることになるだろう。

若い科学者や起業家たちは、自らのスキルをこれらの課題にどう活かすかを真剣に考えるべきだ。今はまさに刺激的な時期であり、クリーン・テクノロジー分野でキャリアをスタートさせる人たちは、人類の福祉に多大な影響を与えることになる。ヒントが欲しければ、ブレークスルー・エナジーを含むパートナーが先月共同発表した「クライメート・テック・アトラス(Climate Tech Atlas)」が優れたガイドとなる。この資料では、経済の脱炭素化や、人々が温暖化に適応するために不可欠なテクノロジーが紹介されている。

投資家たちには、グリーン・プレミアムを大幅に削減できる技術を持つ企業に、本格的な投資を実行することを勧めたい。これは、21世紀最大の成長産業への投資と考えてほしい。各部門の企業は、より優れた、よりクリーンなソリューションの実現において劇的な進歩を遂げてきた。そうした企業の多くに今求められているのは、排出量に真の影響を与える規模を達成するための、民間資本とパートナーシップである。

ゼロカーボン技術に取り組むすべての企業に1つだけアドバイスするとすれば、たとえどのような分野であっても、グリーン・プレミアムの引き下げと解消に集中すべき、ということだ。

物理的な経済全体を変革するというのは、前例のない挑戦であり、それを実現するには市場の力が不可欠である。すなわち、化石燃料よりもコストと実用性で優れたブレークスルーを生み出す企業を支援することでのみ、可能となる。それには、失敗のリスクを受け入れ、長期的な視点を持つ投資家の存在が必要だ。もちろん、政府や非営利団体もエネルギー転換において重要な役割を担うが、最終的な成功は、気候変動に取り組むイノベーターたちが、持続可能で利益を生み出す企業を構築できるかどうかにかかっている。

それがうまくいけば(私はそう信じている)、次の10年間で「排出量目標の未達成」というニュースは減り、「排出量が急速に減少している」というニュースが増えるだろう。世界中で、旅客機や貨物船を動かすクリーンな液体燃料、排出ゼロの鉄鋼やセメントで建設された住宅地、そして無尽蔵にクリーン電力を供給する核融合発電施設など、画期的なテクノロジーが発明され、社会実装が進んでいく。

排出量が予想以上に速いペースで減少するだけではない。何億人もの人々が、手ごろな価格で信頼性の高いクリーン・エネルギーを利用できるようにもなるだろう。とりわけ低所得国では、劇的な改善が期待される。より多くの人が、極端な暑さの日にエアコンを使えるようになる。より多くの子どもが、灯りの下で宿題ができるようになる。より多くの診療所が、ワクチンを適切に冷蔵保存できるようになる。人類は、誰もが繁栄できる経済を築くことになるはずだ。

もちろん、それでもまだ、気候変動はさまざまな課題を突きつけてくるだろう。しかし、私たちが今後数年間で成し遂げる進歩によって、生まれた場所や気候条件にかかわらず、誰もが健康で生産的な生活を送るチャンスを確実に手にできるようになる。

ビル・ゲイツは技術者、ビジネスリーダー、慈善家である。1975年、幼なじみのポール・アレンとともにマイクロソフトを共同創業し、現在は世界中の貧困、病気、不平等と闘う非営利団体「ゲイツ財団」の会長を務めている。また、クリーンエネルギー・イノベーションの推進を目的とした「ブレークスルー・エナジー(Breakthrough Energy)」、および画期的な原子力・科学技術を開発する企業「テラパワー(TerraPower)」の創業者でもある。3人の子を持つ。

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ビル・ゲイツ [Bill Gates]米国版
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