AI競争、「電力不足」が米国のアキレス腱に:FT・MITTR共同企画
AIによる電力需要増に米国は対応できていない。中国が2024年に米国の6倍以上の発電容量を追加する一方、米国は老朽化した石炭火力に依存。「革新者から消費者に成り下がる」リスクをFT・本誌記者が議論する。 by Casey Crownhart2025.11.13
- この記事の3つのポイント
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- 中国が2024年に429ギガワットの新規発電容量を設置し、米国の6倍以上の電力インフラを構築した
- AI時代の進歩において資金より電力が最大の制約となり、データセンター需要が送電網を圧迫している
- 米国は再生可能エネルギー拡大の遅れによりエネルギーとAI技術で消費者に転落するリスクに直面
「ステート・オブ・AI(The State of AI)」は、AIが世界の力関係をどのように再構築しているかを検証する、フィナンシャル・タイムズとMITテクノロジーレビューの共同企画である。6週間にわたり、両誌の執筆陣が、生成AI革命が世界のパワーバランスをどう変えているかという一側面について議論する。
今週は、MITテクノロジーレビューのエネルギー担当上級記者ケーシー・クラウンハートと、フィナンシャル・タイムズのコラムニスト、ピリタ・クラークが、中国の急速な再生可能エネルギーの拡大がAIの進展にどう寄与するかを考察する。

ケーシー・クラウンハート(MITテクノロジーレビュー)の見解
AI時代において、進歩への最大の障壁は資金ではなくエネルギーです。これは特に米国にとって憂慮すべきことです。米国では巨大なデータセンターが稼働開始を待っていますが、それらすべてに対応するのに必要な安定した電力供給やインフラの構築は間に合いそうにありません。
常にこうだったわけではありません。2020年以前の約10年間、データセンターは需要の増加を効率改善で相殺できていました。しかし現在では、人気のAIモデルへの数十億件のクエリによって米国の電力需要は上昇しており、効率向上が追いついていません。新たな発電容量の稼働が不十分なため、ひずみが顕在化し始めています。データセンターによって送電網に負荷がかかる地域では、住民の電気料金が急騰しているのです。
AIが私たちの電気料金をこれ以上押し上げることなく、その大きな可能性を実現するためには、米国はエネルギー豊富性について世界の他の地域から教訓を学ぶ必要があります。中国を見てみましょう。
中国は2024年に429ギガワット(GW)の新規発電容量を設置しました。これは同期間に米国で追加された正味容量の6倍以上です。
中国は依然として電力の多くを石炭で発電していますが、それがエネルギーミックスに占める割合は減少しています。むしろ中国は記録的なペースで太陽光、風力、原子力、天然ガスの導入を進めているのです。
一方、米国は苦境にある石炭産業の復活に注力しています。石炭火力発電所は汚染を引き起こし、何より運転コストが高い。米国の老朽化した発電所は信頼性が低下しており、稼働率は42%にすぎません。2014年の61%と比較して低下しています。
これは良い状況ではありません。そして米国が何かを変えない限り、私たちはエネルギーとAI技術の両方において革新者ではなく、単なる消費者に成り下がるリスクを負っています。すでに中国は再生可能エネルギーの輸出から、米国が石油・ガス輸出から得るよりも多くの収益を上げています。
新しい再生可能エネルギー発電所の建設と許可取得は、確実に役立つでしょう。現在、それらは最も安価で最も迅速に稼働できるからです。しかし風力と太陽光は現政権では政治的に不人気です。天然ガスは有力候補ですが、主要機器の納期遅延に関する懸念があります。.
迅速な解決策の一つは、データセンターをもっと柔軟に運用することです。ピーク時には送電網から電力を吸い上げないことに合意すれば、新しいAIインフラは新しいエネルギー・インフラなしに稼働できるかもしれません。
デューク大学の研究によると、データセンターが年間わずか0.25%の時間(年間約22時間)消費を抑制することに合意すれば、送電網は約76GWの新規需要に対応できます。これは何も新しく建設することなく、送電網全体の容量の約5%を追加するのと同じです。
しかし柔軟性だけでは、AI電力需要の急増に真に対応するには不十分でしょう。ピリタさん、どう思いますか? 米国をこれらのエネルギー制約から脱却させるには何が必要でしょうか? AIとそのエネルギー使用に関して、他に考慮すべきことはあるでしょか?
ピリタ・クラーク(フィナンシャル・タイムズ)の回答
同感です。送電網が逼迫している時に電力使用を削減できるデータセンターは、例外ではなく標準であるべきです。同様に、電力会社がバックアップ発電機にアクセスできるようにするデータセンターに安価な電力を提供するような取引がもっと必要でしょう。どちらも発電所の新設需要を減らすことができます。AIが最終的にどれだけの電力を使用するかに関係なく、合理的です。
これは世界各国にとって重要なポイントとなります。なぜなら我々はまだAIがどれだけの電力を消費するかを正確に知らないからです。
わずか5年後にデータセンターが必要とする電力の予測さえ、現在の2倍未満から4倍まで大きくな幅があります。
理由の1つは、AIシステムのエネルギー需要に関する公的データが不足しているためです。また、これらのシステムがどれだけ効率的になるかわからないためでもあります。エヌビディア(Nvidia)は昨年、同社の専用チップが過去8年間で4万5000倍もエネルギー効率が向上したと発表しています。
さらに、私たちは以前にもテクノロジーのエネルギー需要について、大きく間違えたことがあります。1999年のドットコム・ブームの最盛期には、インターネットが10年以内に米国の電力の半分を必要とし、より多くの石炭火力が必要になるとの誤った主張がなされました。
それでも、一部の国はすでに明らかに圧迫を感じています。アイルランドでは、データセンターが非常に多くの電力を消費するため、送電網への負担を避け、ダブリン周辺では新規接続が制限されています。
一部の規制当局は、テック企業に需要に見合う十分な発電を提供することを義務付ける新しい規則を検討しています。私はそのような取り組みが拡大することに期待しています。また、AI自体が電力豊富性を促進し、重要なことに、気候変動と闘うために必要な世界的エネルギー転換を加速することを望みます。オープンAIのサム・アルトマンCEOは2023年に「本当に強力な超知能を手に入れれば、気候変動への対処はそれほど困難ではないでしょう」と述べました。
これまでのところ、前向きな兆しはあまり見られません。再生可能エネルギー・プロジェクトが中止されている米国ではなおさらです。それでも、昨年世界で追加された新規発電容量の90%以上をますます安価な再生可能エネルギーが占める世界において、米国は異端となる可能性があります。
欧州は最大級のデータセンターの一つを主に再生可能エネルギーと蓄電池で稼働させることを目指しています。しかし、グリーン・エネルギー拡大を主導している国は明らかに中国です。
20世紀は、米国が現在延命させようとしている化石燃料に富む国々によって支配されました。対照的に中国は、世界初のグリーン電力国家になる可能性があります。もし中国がこれまで米国が支配してきたAI競争での勝利に役立つ方法でこれを実現すれば、経済、技術、地政学史における印象的な章となるでしょう。
ケーシー・クラウンハートの返答
AIが気候変動への対処競争において画期的な助けになるというテック界の幹部たちの主張に対するあなたの懐疑論に、私も同意します。もちろん公平に言えば、AIは急速に進歩しています。しかし、裏付けのない大きな主張に立脚した技術を待つ時間はありません。
送電網に関して言えば、例えば専門家によると、AIが計画や運用さえも支援する可能性がありますが、これらの取り組みはまだ実験段階です。
一方、世界の多くは、より新しく、よりクリーンなエネルギー形態への移行において測定可能な進歩を遂げています。それがAIブームにどう影響するかは今後の展開次第です。明らかなのは、AIが私たちの送電網と世界を変えつつあり、その結果について冷静な目で見る必要があるということです。
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- ケーシー・クラウンハート [Casey Crownhart]米国版 気候変動担当記者
- MITテクノロジーレビューの気候変動担当記者として、再生可能エネルギー、輸送、テクノロジーによる気候変動対策について取材している。科学・環境ジャーナリストとして、ポピュラーサイエンスやアトラス・オブスキュラなどでも執筆。材料科学の研究者からジャーナリストに転身した。