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ブルーム・タミル:月から大地へ、農業AIロボ起業家が迎えた収穫期
ブルーム・タミル(輝翠)/提供写真
Trajectory of U35 Innovators: Tamir Blum

ブルーム・タミル:月から大地へ、農業AIロボ起業家が迎えた収穫期

輝翠の創業者であるブルーム・タミルは、月面探査車の技術を農業に転用した自律走行AIロボットを製品化。本格的な量産フェーズに入った。農家のニーズに着実に応えつつ、不整地走破性能を強みに市場拡大を狙う。 by Yasuhiro Hatabe2026.01.21

月面探査車(ローバー)の走行技術を応用した農業用自律走行AIロボットを開発する輝翠(きすい)の創業者兼CEOのブルーム・タミルは、2022年に「Innovators Under 35 Japan(35歳未満のイノベーター)」に選ばれた。当時、ロボットはまだ開発中で、タミルは農家に試作機を持ち込んでフィードバックを得るのに奔走していた。それから3年が経過した現在、同社はいよいよ収穫期を迎えつつある。

農業用ロボの販売を開始、量産化へ

2025年4月には社名を「輝翠TECH」から「輝翠」に変更。同時にロボットを「Adam(アダム)」として製品化し、一般販売を開始した。11月に初回生産分を完売した後も受注は続き、本格的な量産・拡販フェーズに入っている。

Adamは、果樹園で重い資材や収穫物の運搬を自動化するロボットだ。主にリンゴやブドウ、ナシ、カキといった果樹園で、最大300キログラムの収穫物を積載し、収穫場と選別場の間を自動で往復する。人に追従する「追従モード」、2点間を自動移動する「AtoBモード」、手動操作など、作業に応じた使い方ができる。

最大の特徴は、月面探査車の研究開発で培われた凹凸の激しい地形への対応力だ。GPSの信号が届きにくい環境でも画像認識で道や障害物を判別し、AIによって最適なルートを自ら判断して不整地を走破する。最大15度の傾斜地にも対応する。

収穫したリンゴをAdamに載せたカゴに入れていく/提供写真

「ようやく市場投入に漕ぎ着けました」というタミルだが、食用ブドウ農家などのニーズを受け、狭い農道にも対応できる小型版「Mini Adam」の準備もすでに進めている。「中型機械としてのAdamでは入り込めない場所でも、Mini Adamであれば余裕を持って動くことができます。農家の方々の作業環境に合わせた、よりきめ細やかな対応が必要です」と話す。

ワイン用の広大な畑とは異なり、日本の食用ブドウの棚下は支柱が多く、道幅も極めて狭い。こうしたニーズに対応するMini Adamは2026年3月、Adamの新バージョンと同時に発売を予定している。

並行して海外展開も進めており、2025年春には、スペイン、ポルトガルの販売パートナーとの提携が決定。2025年12月には、草刈り作業の自動化を目的として、オーストラリアでの導入が決まった。特許取得技術であるサスペンションおよびステアリングシステムの搭載は農業用電動用ロボットとしては類例が少なく、こうした独自技術による不整地環境における走行安定性が高く評価されたためだ。2026年1月現在、シンガポールでも導入予定の顧客がおり、年度内の納品を予定している。

月面ローバー研究者が農業に目を向けた理由

タミルは、イスラエル生まれの米国育ち。5歳でニューヨーク州に移り、自然に囲まれた郊外で育った。幼少期は外で遊ぶのが好きな普通の子どもだったという。大学入学時はまだ専攻を決めておらず、歴史や法律にも関心があった。しかし機械設計の授業で宇宙探査機のプロジェクト発表を見て、「人間をもっとすばらしいことができるようにしたい」と考え、機械工学の道を選んだ。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校で航空宇宙工学を学び、スペースXでのインターン経験を経て、2018年に来日。東北大学の吉田和哉教授が率いる宇宙ロボット研究室で博士号を取得した。同研究室は小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」や民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」など、多様なローバー開発をリードしてきた実績を持つ。タミルはここで月面ローバー走行のための画像認識と強化学習を研究した。

転機となったのは、在学中に東北地方を旅行した際に目の当たりにした光景だった。美しい自然に心を打たれる一方、高齢化が進み、作業の負担が大きい農家の現状を知った。傾斜地や凹凸の多い果樹園の環境は、走行の困難さという面で月面と似ていると感じた。「宇宙技術を農業など地上の課題解決にも役立てられる」と気づいたタミルは2021年、研究の世界からビジネスの世界へと踏み出し、農家の人手不足を解消するロボットの開発に乗り出した。

「Adam」という名前はヘブライ語聖書に由来する。アダムとイブのアダムで、「最初の人間」という意味に加え、ヘブライ語で「大地」を意味する「adamah(アダマ)」を語源とする。農業機械として大地と共にあり、人間の相棒として働くロボットにふさわしい名前だと考えた。

多用途プラットフォームへの挑戦

タミルが何より重視するのは、スピードだ。「とにかく早く試作し、農家の方々に使ってもらってフィードバックをもらう。失敗は次への学びになります」。

Adamを単なる運搬ロボットにとどめず、さまざまなアタッチメントを取り付けることで、草刈りや農薬散布、肥料散布など多用途に使えるプラットフォームにすることを目指している。

自律走行ロボット「Adam」と、その下部に装着された草刈りアタッチメント(手前)。奥はプロトタイプの「Mini Adam」/提供写真

一方で「Affordability(手頃な価格)」も重視する。高機能であっても農家が手を出せない価格では意味がない。量産によるコスト削減と、機能の拡充の両立を追求している。

現在のチームは約20人で、16カ国から集まった多国籍なメンバーで構成されている。生産は一部を外部委託し、、社内はエンジニアを中心とした少人数体制で開発を進めてきたが、量産・拡販の段階に入り、組織強化が必要になってきた。

果樹園から建設現場、広がる活躍の場

タミルは今、資金調達と組織づくり、そしてパートナーシップの構築・強化に力を注ぐ。2026年は代理店を通じた販売でスケールアップを図る計画だ。販売規模を段階的に拡大し、早ければ2027年にも黒字化できる見通しだという。

農業分野だけでなく、建設業やインフラ点検での活用も進める。シンガポールでは大学と日本の建設大手3社との連携で、建設用アタッチメントの共同開発に取り組んでいる。農業DX基盤として開発した「MyNojo」、建設現場向けの「MyGenba」も展開する。夜間の建設現場警備や、電力会社のソーラーパネル施設での自動巡回点検など、他分野での実証実験も始まった。これらのプラットフォームでは、ロボットの位置情報をリアルタイムで確認でき、将来的にはロボットが収集したデータの分析機能をサブスクリプションで提供する計画だ。

収穫時期が短くなるなど、果樹農家を取り巻く環境は厳しさを増しており、Adamを通じて農場ごとのデータを集めて分析できるようになれば、地域のトレンドを把握し、収穫時期の予測や品種選択など、より的確な営農判断につなげられる可能性もあるという。

Adamから送られたデータを元にMyNojoで圃場の状態管理が可能に/提供写真

MyGenbaでは、建設現場の夜間警備にあたるAdamの自動巡回ルートを設定する/提供写真

タミルは宇宙への関心を失ったわけではない。しかし今は、地球の課題解決に集中している。「地上の問題を解決し、世界の経済を強化できれば、社会全体として宇宙開発もさらに進められるようになる。私たちが開発している技術も、いつかそこで役立つかもしれません。20年後には、Adamを火星にも送れると思います」。足元の課題に全力で取り組みながら、そんな未来も思い描いている。

この連載ではInnovators Under 35 Japan選出者の「その後」の活動を紹介します。バックナンバーはこちら

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