KADOKAWA Technology Review
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スチュアート・ブランドの
「メンテナンス論」が
回避したもの
WINNI WINTERMEYER/GUARDIAN/EYEVINE/REDUX
カルチャー Insider Online限定
The case for fixing everything

スチュアート・ブランドの
「メンテナンス論」が
回避したもの

カウンターカルチャーとサイバーカルチャー双方を代表する伝説的人物、スチュアート・ブランドによる新著は、メンテナンスを「ラディカルな行為」と呼び、その重要性を訴えている。奔放な知的好奇心に満ちた本だが、肝心の難しい問いは回避している。 by Lee Vinsel2026.05.13

この記事の3つのポイント
  1. スチュアート・ブランドの新著はメンテナンスの文明史的重要性を掲げるが、学術的先行研究を再利用した散漫な構成にとどまる
  2. メンテナンス研究が政治・格差・環境の複雑なトレードオフを扱う段階に進む中、ブランドは個人的英雄譚と道具礼賛に終始する
  3. マスク無批判な称賛など権力への親和性が露呈し、「ラディカルな行為」という本書の核心的主張は空洞のままである
summarized by Claude 3

テクノロジー業界の伝説的人物、スチュアート・ブランドによる装丁も美しい新著『Maintenance: Of Everything, Part One(あらゆるもののメンテナンス 第1巻)』(未邦訳)は、「メンテナンスの文明史的重要性を包括的に概観する」シリーズの第1巻となることを掲げている。ブランドの伝記を記した作家の一人は、彼をカウンターカルチャーとサイバーカルチャー双方を代表する存在と評している。本書『Maintenance』でブランドは、道具やシステムの維持・修理が日常生活に深い影響を及ぼしていることを読者に理解してほしいと考えている。彼自身の言葉を借りれば、「オートバイであれ、記念碑であれ、あるいは地球そのものであれ、何かを維持する責任を引き受けることは、ラディカルな行為になりうる」。

では、どのような意味でラディカルなのか。本巻では、その点は明確に説明されていない。シリーズ全体の構想について述べた箇所で、ブランドは自らの目標を「メンテナー(Maintainer)という存在の本質と、彼らに払われるべき敬意を示すことで締めくくる」ことだとしている。

メンテナーが何らかの評価を受けるべきだ、ましてや敬意を払われるべきだという考えに驚く読者もいるかもしれない。しかし実際には、メンテナンスと修理は2010年代半ば以降、学術界で重要な研究テーマとなってきた。この記事を執筆している私自身も、その潮流に一定の役割を果たしてきた一人と自負しており、「ザ・メンテナーズ(The Maintainers)」という団体の共同創設者でもある。これは、メンテナンス、修理、ケア、そして世界を機能させ続けるためのあらゆる労働を研究対象とする、国際的かつ学際的なネットワークである。

メンテナーが本来受けるべき称賛を得ていないというブランドの指摘も正しい。過去数十年にわたり、研究者たちは、道具に油を差す作業から摩耗部品の交換、コードベースの更新に至るまで、あらゆるメンテナンス作業が「イノベーション」より低い地位に置かれがちであることを明らかにしてきた。メンテナンスは、多くの組織や社会の現場で軽視されている(米国のインフラを見れば一目瞭然だろう)。さらに、「修理する権利(right-to-repair)」運動が示してきたように、利益拡大を追求する企業は、消費者が修理を行えないよう制限を設けたり、製品をメンテナンス可能な状態で使える期間を著しく短縮したりしてきた。冷蔵庫のドアにコンピューターを組み込む理由など、ほかには思いつかない。

ブランドの過去の著作の一部は、こうした洞察を生み出す契機にもなった。しかし今回の新著を読む限り、彼自身はそのような視点では物事を見ていないように思われる。ブランドにとってメンテナンスとは、孤独な営みであり、確かに深遠ではあるものの、共有された世界を守ったり改善したりすることよりも、個人的な成功や充足に関わるものとして描かれている。

1938年生まれのブランドは、現在87歳。腐食や錆、劣化との闘い、そして不可避的に衰えていくものを何とか維持しようとする試みを描く本書『Maintenance: Of Everything』には、人生を振り返り、その終わりについて思索する人物の気配が漂っている。ブランドの人生のあらゆる段階と結びついている本書が、彼の人生の軌跡のどこに位置づけられるのかを振り返ることには意味がある。ブランドは常に道具や修理に関心を抱いてきたが、最も手厚いケアを必要とするシステムそのものに焦点を当てることは、これまでほとんどなかった。

半世紀以上前、ブランドは「メリー・プランクスターズ(Merry Pranksters)」のメンバーだった。これは、『カッコーの巣の上で(One Flew Over the Cuckoo's Nest)』(白水社)の著者ケン・キージーが率いることで知られる、LSDを中心としたカウンターカルチャーのヒッピー集団である。1966年、ブランドはトリップス・フェスティバルを共同プロデュースした。このイベントでは、グレイトフル・デッドやビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニーといったバンドが、サイケデリックなライトショーの中で、数千人の観客を前にしてパフォーマンスを披露した。

ある意味で、トリップス・フェスティバルはその後の彼の活動の原型を示していた。ブランドの伝記作家たちは彼を「ネットワーク・セレブリティ」と表現している。つまり、人々を結びつけ、自らの影響力を増幅してくれる有力者たちの連合を築くことで成功した人物だ。キージーが1980年に語ったように、「スチュワートは権力を見抜き、そこに寄り添う」。

ブランドはこのネットワーク論理を、彼が最もよく知られることになる事業『全地球カタログ(Whole Earth Catalog)』に応用した。1968年に創刊され、ヒッピーや黎明期の「大地へ帰れ(Back-to-the-Land)」運動の参加者を対象としたこの出版物は、「道具へのアクセス」をモットーに掲げていた。誌面にはクォンセット・ハット(トタンのプレハブ住宅)、ジオデシック・ドーム(三角形を組み合わせた球状の軽量・高強度構造物)、太陽光パネル、井戸ポンプ、浄水フィルターなど、オフグリッド生活のための技術があふれていた。それは進歩的、あるいは左派的なビジョンにも見えるかもしれない。しかし、腐敗したシステムを拒絶し、個人の力で文明を作り直そうとする自由至上主義的で強靭な個人主義の哲学は、公民権運動、フェミニズム、環境保護運動といった、より深い社会変革を求める集団的運動とは対照的だった。

そのビジョンはまた、新たなデジタルツールによるエンパワーメント、そしてシリコンバレーへと直結していた。1 …

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