「オープンAIを蒸留した」マスク対アルトマン第1週、法廷がざわめく
マスク対オープンAI裁判の第1週、最大の驚きは原告自身がもたらした。マスクはxAIがオープンAIのモデルを「部分的に」蒸留していたことを法廷で認め、場内にどよめきが広がった。「私は愚か者だった」と自認しながらも、アルトマンCEOに騙されたと主張するマスクの証言は、矛盾と告白に満ちた1週間となった。 by Michelle Kim2026.05.06
- この記事の3つのポイント
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- マスクはオープンAIが非営利の使命を裏切り自身を欺いたとして、組織再編の無効とアルトマンとブロックマンの解任を求めている
- オープンAI側はマスクが非営利維持にコミットした事実はなく、競合他社を弱体化させるための訴訟だと反論
- xAIがオープンAIのモデルを蒸留していたことを認め、マスクの「AI安全の守護者」という主張の信憑性に疑問も
イーロン・マスクとオープンAI(OpenAI)の歴史的な裁判の第1週、マスクはきりっとした黒いスーツにネクタイ姿で証言台に立ち、オープンAIのサム・アルトマンCEO(最高経営責任者)とグレッグ・ブロックマン社長が自分を騙して同社への資金提供をさせたと主張した。その過程で、人工知能(AI)が人類を滅ぼす可能性があると警告し、自身の会社のためにオープンAIの従業員を引き抜いていたと暴露される場面にも立ち会った。さらに、チャットボット「Grok(グロック)」を開発する自身のAI企業、xAIがオープンAIのモデルを使って自社モデルの訓練をしていることまで認めて、法廷内で聴衆のどよめきを誘った。
米カリフォルニア州オークランドの連邦裁判所には、証拠書類の入った箱を抱えた大勢の弁護士、ノートPCで記事を打ち込むジャーナリストたち、そして数人のオープンAI社員が詰めかけた。裁判所の外では抗議者たちが通りに並び、ChatGPT(チャットGPT)の利用停止やテスラ(Tesla)の電気自動車のボイコット、あるいはその両方を訴えるプラカードを掲げていた。マスクは落ち着いた様子で、南アフリカ訛りの独特なアクセントで時折軽口を挟んでいた。しかし同時に、深い後悔の念も滲ませていた。
「私はスタートアップを作るために無償で資金を提供した愚か者でした」。マスクは陪審員にこう語った。2015年にアルトマンCEOやブロックマン社長とともにオープンAIを共同創業した際、自分は人類の利益のためにAIを開発する非営利団体に寄付をしていたのであり、経営幹部を富ませるためではなかったと述べた。「私は実質的に無償で3800万ドルの資金を提供しましたが、彼らはそれを使って時価総額8000億ドルの企業を作り上げました」とマスクは言った。
マスクは、アルトマンCEOとブロックマン社長を現職から解任し、オープンAIが営利子会社を運営することを可能にした組織再編を無効にするよう裁判所に求めている。この裁判の結果次第では、1兆ドルに迫る評価額でのIPO(新規株式公開)に向けたオープンAIの計画が大きく狂う可能性がある。一方でxAIは、マスクのロケット企業であるスペースX(SpaceX)の一部として早ければ2026年6月にも上場する見通しで、目標評価額は1兆7500億ドルとされている。
先週の証言は、この裁判の核心的な問いである、なぜマスクはオープンAIを訴えているのかをめぐって展開した。マスクは、会社を元の非営利構造に戻すことでAIの安全な開発というオープンAIのミッションを守ろうとしていると主張した。オープンAIの弁護士であるウィリアム・サヴィットは、かつてマスクと彼の所有する電気自動車会社であるテスラの代理人を務めた人物だ。サヴィット弁護士は、マスクは「オープンAIが非営利であることに一度もコミットしたことはなかった」と反論し、マスクが競合他社を弱体化させるために訴訟を起こしていると主張した。
AIの安全性を守るのは誰か
週前半の主尋問で、マスクは自分が長年にわたるAI安全性の提唱者であると訴え、当時AI競争をリードしていた「グーグルへの対抗勢力」を作るためにオープンAIを共同創業したと述べた。マスクはグーグルの共同創業者ラリー・ペイジに、AIが人類を滅ぼそうとしたらどうなるかと尋ねたところ、「AIが生き残るなら、それで構わない」と言われたと証言した。
「最悪のシナリオは、AIが私たちを皆殺しにする『ターミネーター』のような状況です」とマスクは後に陪審員に語った。
サヴィット弁護士は証言台に立ち、マスクは「安全性と規制の守護者」などではないと主張した。鋭い反対尋問をマスクに続けざまに浴びせながら、xAIが2025年4月にアルゴリズムによる差別を防ぐことを目的としたAI法をめぐってコロラド州を提訴したことを指摘した。
マスクの弁護士スティーブン・モロは即座に立ち上がって異議を申し立てた。そして、チャットGPTの安全性の実績についても自分が意見を述べてよいかと裁判官に尋ねた。
弁護士たちは、誰が真のAI安全性の守護者であるかをめぐって激しい議論を展開した。翌朝も応酬は続いた。「AIによって私たちは皆死ぬかもしれない!」とモロ弁護士は言い、オープンAIが安全にAIを開発できるとは信頼できないと指摘した。
「そのリスクがあるにもかかわらず、あなたのクライアントはまさにその分野で会社を作っています」とイヴォンヌ・ゴンザレス・ロジャーズ判事はxAIのことを指して厳しく言った。「マスクの手に人類の未来を委ねたくないと思っている人は大勢いるはずです」。
弁護士たちが互いに話を遮り始めると、ロジャーズ判事は「これはAIが人類に害を与えたかどうかを審理する裁判ではありません」と一喝した。
マスクはいつ騙されていると気づいたのか
サヴィット弁護士はマスクへの反対尋問を続ける中で、マスクがオープンAIを非営利のまま維持することに一度もコミットしていなかったという主張を追及した。また、マスクが訴訟を起こすのが遅すぎたとも主張し、出訴期限が過ぎてから提訴したと指摘した。
マスクは、なぜもっと前ではなく2024年に提訴したのかを説明し、オープンAIに対する自分の見方には「3つの段階」があったと述べた。第1段階では、同社を「熱狂的に支持していた」。第2段階では、「彼らが本当のことを話しているという確信が薄れ始めた」と言った。第3段階では、「彼らが非営利団体であるオープンAI を食い物にしていると確信している」と述べた。
2017年、マスクと他のオープンAI共同創業者たちは、ほとんどの認知タスクで人間と競争できる強力なAIである汎用人工知能(AGI)を構築するのに十分な資本を調達するため、営利子会社の設立を議論した。マスクは子会社の過半数の持分と、取締役会の過半数を選ぶ権利を求めた。さらに、テスラによるオープンAIの買収も提案した(マスクは2018年にオープンAIを去った)。
「非営利団体に資金を提供する小規模な営利部門が存在すること自体には反対していませんでした」とマスクは陪審員に語った。「ただし、尻尾が犬を振り回すようなことにならない限りにおいてです」。
しかしマスクは、2022年末になって初めて「アルトマンCEOへの信頼を失い」、同社を非営利のまま維持するというアルトマンCEOのコミットメントへの信頼も失ったと証言した。その決定的な瞬間は、マイクロソフトがオープンAIに100億ドルを投資すると知ったときだったと述べた。
「『一体何が起きているんだ? これは詐欺だ』というメールをサム・アルトマンに送りました」とマスクは陪審員に語った。マイクロソフトが100億ドルを出すのは「非常に大きな財務的リターン」を期待しているからだと述べた。
マスクは競合他社を潰そうとしているだけなのか
しかしサヴィット弁護士は、マスクが実際には自身のテクノロジー企業帝国の競合相手としてのオープンAIを弱体化させるために訴訟を起こしていると主張した。マスクはオープンAIの取締役を務めていた間、テスラと脳インプラント企業のニューラリンク(Neuralink)も経営しており、xAIを2023年に設立した。
サヴィット弁護士は、マスクが2017年にオープンAIの創設メンバーであるアンドレイ・カルパシーをテスラに採用した後、テスラの副社長に送ったメールを提示した。「オープンAIの連中は私を殺したいと思うだろう。でも、やるしかなかった」とマスクは書いていた。
それについて問われると、マスクは動揺した様子を見せた。カルパシーをテスラに誘ったとき、彼はすでにオープンAIを去ることを決めていたと主張した。「自由な世界だと思います」とマスクは言った。
サヴィット弁護士は、マスクが2017年にニューラリンクの共同創業者に送った別のメールも提示した。そこには「独自に、あるいは直接、オープンAIから採用できます」と書かれていた。それについて問い詰められると、マスクは苛立った様子を見せて、「自由な国です。他の会社から人を採用するのを制限することはできません」と言った。
サヴィット弁護士はまた、テスラ、スペースX、ニューラリンク、X(旧ツイッター)はいずれもオープンAIと同様に社会的に有益な営利企業であると指摘した。さらに、xAIもクローズドソースの営利企業であることを強調した。
しかしマスクは、xAIはオープンAIの真の競合相手ではないと主張し、「私たちは現在、AGIを最初に達成する軌道にはありません」と陪審員に語った。
実際、マスクはxAIがオープンAIの技術を使用していることを認めた。サヴィット弁護士の執拗な尋問に応じて、xAIはオープンAIのモデルを「部分的に」蒸留していると述べた。法廷内の一部の人々がどよめいた。
蒸留とは、より小さなAIモデルが大規模で高性能なモデルの動作を模倣するように訓練する手法で、ほぼ同等の性能を維持しながら、より高速かつ低コストで動作させられる。しかし、この手法に異議を唱えるAI企業も出てきている。2月、オープンAIは中国のAI企業ディープシーク(DeepSeek)が自社のAIモデルを蒸留したと非難した。2025年8月には、アンソロピック(Anthropic)がオープンAIからのClaude(クロード)へのアクセスを遮断したことをワイアード(Wired)が報じた。これは、サービスのリバースエンジニアリングや競合製品の開発などを禁じる同社の利用規約に違反したためだという。
「他のAIを使って自社のAIを検証するのは標準的な慣行です」とマスクは言った。
次週は、カリフォルニア大学バークレー校の計算機科学者スチュアート・ラッセルがAI安全性について証言する予定だ。マスクの証言中にメモを取り続けていたブロックマン社長も証言台に立つ。
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- AIジャーナリズムのためのターベル・センター(Tarbell Center for AI Journalism)の支援を受けて執筆している、MITテクノロジーレビューのAI担当記者。これまでに、レスト・オブ・ワールド(Rest of World)で労働とテクノロジーをテーマに取材し、フォーリン・ポリシー(Foreign Policy)誌では韓国政治について執筆していた。ジャーナリズムに転身する以前は、米カリフォルニア州で企業弁護士として勤務。