KADOKAWA Technology Review
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遺伝学から効き目を予測、
「メンデルランダム化」で
変わる新薬開発
Mengxin Li
カバーストーリー Insider Online限定
Researchers find a way to mimic clinical trials using genetics

遺伝学から効き目を予測、
「メンデルランダム化」で
変わる新薬開発

慢性疾患の真の原因を特定することは困難だ。ある慢性疾患に効く新薬を開発する際には一般に、ランダム化比較対照試験と呼ばれる、膨大な費用と労力がかかる大規模な治験を実施する必要がある。しかし、最近になり、遺伝子研究の成果に基づく「メンデルランダム化」と呼ばれる手法を使うことで、大規模な治験を実施する前に新薬が効果を発揮するかどうかを予測することが可能になってきた。 by Gary Taubes2018.11.02

1977年1月、著名なフラミンガム心臓研究(Framingham Heart Study)で実施した5つの画期的な健康調査から、HDLコレステロール(別名「善玉コレステロール」)に関する「極めて印象的な」新事実が報告された。研究者たちは、体内の血中HDLが高い人ほど、心臓発作を起こすリスクが低くなることを発見したのだ。これは、すべての年齢層および性別に当てはまる。実際HDLは、心臓発作を起こしやすくなる50歳以上の人の心臓病発症リスクを予想する際に、唯一信頼できる予測因子だ。

その後の観察のどれをとっても、HDLコレステロールと心臓の健康の関係は驚くほど強い。そのため、HDLが心臓病の進行を予防する基本的役割を担っていないとは、到底想像できない。製薬会社は、心臓発作の予防、生命の救済、そして、これまでの開発投資の回収を期待して、HDL増加薬の開発と試験に数十億ドルを投じてきた。

それでも、開発された薬は、例外なく、見事なまでに失敗した。2016年、「勇み足だった希望、コレステロール薬は心臓病に効果がなかった」という見出しが、ニューヨーク・タイムズ紙を飾った。問題は、なぜ失敗したのかということだ。1つの可能性として考えられるのは、すべての兆候に反してはいるが、HDLコレステロールは、心臓病に関して機能的役割を果たしていないということだ。簡単に言えば、この2つには因果関係がないということである。もしかしたら、HDLが高いから心臓発作が起こらないのではなく、HDLが高いことは心臓が健康であるという証拠、つまり目印(マーカー)に過ぎないのかもしれない。

今週は身体に良いとされたことが、翌週には決まって身体に悪くなる。常に内容が二転三転する健康に関するニュースを追う人なら誰でも、疾患の原因を調べる医学分野である疫学には、こうした基本的な疑問を解決する態勢が整っていないと感づいているかもしれない。使い古された表現だが、この問題は4つの英単語で表せる。「相関関係は因果関係ではない(correlation is not causation)」。2つの現象または傾向がちょうど相関していたとしても、一方が他方を引き起こすことにはならないという意味だ。医学と公衆衛生でもっとも重要な問題は、どの相関関係が因果関係であり、どの相関関係が因果関係でないかを、どうやって区別するかということであることは、ほぼ間違いない。

現在、医学研究者たちは、慢性疾患の真の原因を特定できると期待される新ツールを使いこなしている。そしてそのツール、つまり遺伝学は、驚きの進歩を遂げている。研究者らによると、人の先天的な遺伝的な差異(たとえば、アルコールに対する先天性感受性、動脈内の高コレステロールレベルなど)を活用すれば、いまや労力と費用をさほどかけずに、大きな治験を模倣してHDL低下薬が本当に有益かどうかを判断できるという。「メンデルランダム化」と呼ばれるこの新手法は、すでに製薬会社において、どの薬の研究を続けるかという10億ドル規模の決断の際に使われている。

HDLを例にとって説明しよう。受精の瞬間、一部の人はHDLレベルを高める特定の遺伝子変異を受け継ぐ。HDLが本当に心臓病を予防するのなら、高HDL型の遺伝子変異を持つ人の多くは心臓病を発症する可能性が低く、他の遺伝子変異を持つ人より寿命が長くなるはずだ。もしそうであるならば、医薬品や食事によってHDLを上昇させるのは素晴らしい考えだということになる。費用のかかる大規模な治験で被験者を異なるHDL増加薬や食事に無作為に割り当てる前に、人々がどの遺伝子変異を受け継いでいるかを決める均等にランダムな抽選により、リスクと投資に見合う価値がその治験にあるかどうかを判断できる。

「受精した瞬間、全ての人が知らないうちに試験に組み込まれているのです」と、英ブリストル大学の疫学者であるジョージ・デイビー・スミス教授はいう。デイビー・スミス教授は、医学研究における因果関係と相関関係の問題を解決する極めて重要なツールとして、メンデルランダム化を支持している。

メンデルランダム化の手法ですでに、心臓病に関する長期的かつ重大な問題がいくつか解決されている。とりわけ、40年におよぶHDLに関する不確定性を解決した。2012年の大規模な国際共同研究において、HDLと心臓病との間に強い相関があったにもかかわらず、先天的にHDLコレステロールを上昇させる遺伝子を持つ人と、そういった遺伝子を持たない人との心臓発作の頻度があまり変わらないことが報告された。つまり、HDLは心臓病と逆相関の関係があるが、因果関係があるわけではない。それが、医薬品開発が失敗した理由だ。研究者が犯人と考えて追っていたHDLは、単にその場に居合わせただけであったのだ。

https://www.youtube.com/watch?v=LoTgfGotaQ4

相関関係は因果関 …

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