KADOKAWA Technology Review
×
「Innovators Under 35 Japan」2024年度候補者募集中!
世界地図を更新し続ける
中国の巨大浚渫船
csis asia maritime transparency initiative/DigitalGlobe
カバーストーリー Insider Online限定
Aboard the giant sand-sucking ships that China uses to reshape the world

世界地図を更新し続ける
中国の巨大浚渫船

権力を得られるのは、領土を支配する者だけではない。領土を造り出せる者もそうだ。世界最大となった中国の浚渫(しゅんせつ)産業は領土拡大の重要な道具になっている。 by Vince Beiser2019.05.21

ミシシッピ州ビロクシ南部の海岸から24キロメートル沖で、雲1つない青空の下、おびただしい量の灰褐色のスラリー(泥漿:でいしょう)が泡をたてながら船に取り込まれていく。3秒ごとに、トラック1台分の塩水と砂がメキシコ湾の海底から吸い上げられ、浚渫(しゅんせつ)船「エリス・アイランド号(Ellis Islands)」のホッパーと呼ばれる屋根の空いた巨大な泥艙に投入されていく。巨大なエリス・アイランド号は、米国で製造された過去最大級の浚渫船だ。設計上、その航行速度は遅い。鉄の歯のついた重さ30トンの2台のドラグ・ヘッド(土砂堀削機)を砂の海底に降ろして牽引する。ドラグ・ヘッドと浚渫船のデッキ上の巨大ポンプは直径90センチメートルの一対のパイプでつながっている。浚渫ポンプでスラリーをホッパーに吸い込むと、ソフトボール大の泡をたてながら渦を巻く灰色の汚泥で、ホッパーは徐々に満たされる。

取材で訪ねた2018年10月のある暑い日、「私たちは自分のことを泥の商人と呼んでいます」とエリス・アイランド号のガブリエル・クーバス船長は話した。エリス・アイランド号の船体は、全長132メートルと、アメリカン・フットボール場よりも少し長く、航空母艦の約半分の長さだ。一対の巨大な黄色いクレーンがデッキの両側に装備され、ホッパーを囲むように張り巡らされたキャット・ウォーク(狭い鋼製の通路)やパイプを見下ろしている。

ホッパーがスラリーで一杯になるには数時間かかる。一度満杯になると、巨大なウィンチでドラグ・ヘッドを巻き上げ、陸地に向かって針路を取る。1時間ほどして、喫水(水に船体が沈む深さ)9メートルのエリス・アイランド号は、水深が十分にある数キロメートル沖に錨を落とす。目のないウミヘビ・ロボットのような機械部品が、波の中で揺れ動く。乗組員が、ウミヘビ・ロボットの頭にロープを巻きつけ、海から引き上げ、ホッパーから伸びる排送管に繋げる。エリス・アイランド号のポンプが再び動き出し、スラリーをホッパーから吸い出して、1.6キロメートルの排送管を通して、海上ブースター・ステーション(増圧場)に圧送する。そこから、さらに多くのポンプで送り出されたスラリーは、およそ8キロメートルの長さの排送管を通って、最終的にミシシッピ州シップ島の海岸に到着する。

現時点で、実のところシップ島は2つの島からなっている。シップ島の中心地は、1969年のハリケーン「カミーユ(Camille)」と2005年のハリケーン「カトリーナ(Katrina)」によって破壊されてしまった(最悪だった2018年のハリケーン「マイケル(Michael)」からはまぬがれた)。米国の水路を維持する連邦機関「米国陸軍工兵司令部(US Army Corps of Engineers)」はシップ島再建のためエリス・アイランド号を借り上げ、ますます深刻になる重要な高潮対策として全長約13キロメートルの防波堤を建設した。

エリス・アイランド号は大量の土砂を排出すると、また戻って吸い上げ、帰ってきて排出するという作業を24時間体制で毎日続ける。作業を終えるには、約1年かかるだろう。浚渫船を何度も行き来させることで本物のエリス島を約46メートル埋め立てるだけの土砂を運ぶことになる。それは540万立方メートルに等しい。連邦政府が支払うシップ島再建の総費用は、約3億5千万ドルになるだろう。

これは巨大な事業だ。だが現在、中国政府が進めていることに比べれば、大海の一滴にすぎない。

他国と同様に中国は浚渫船をエリス・アイランド号のように海面上昇対策としての防護壁建設や、有益な新しい土地造成のために活用している。だが中国の習近平国家主席にとって、浚渫船は地政学的に重要な道具でもある。現在は浚渫工事によって、これまで以上に海岸線を変え、国の輪郭を変えるなど、何も無かったところに新しい土地を造り出せるようになっている。中国ほど熱心にこの力を伸ばしてきた国は他にない。

最近中国は、外洋航行浚渫船団を編成した。浚渫船の一部は、日本やベルギー、オランダから購入しているが、自国内でも着々と浚渫船を建造している。中国製の浚渫船は、まだ世界最大でもなければ、他国より技術的に進んでいるわけでもないが、数の上では他国を上回る。過去10年間で、中国企業はこれまでで最大かつ、能力の高い約200隻の浚渫船を建造した。2013年、オランダの金融機関「ラボバンク(Rabobank)」は、中国の浚渫産業が世界最大になったと発表した。以来、中国浚渫産業はひたすら成長し続けている。中国企業の国内浚渫収益は、欧州と中東の収益を合わせた金額と同規模だ。

オランダの研究グループ「デルタレス(Deltares)」によれば、1985年以来、人類は世界中の海岸に1万3564平方キロメートルの人工的な土地を造り出してきた。近年、その数字に大きく貢献しているのが中国だ。

2015年だけでも、中国はマンハッタン島約2つ分の新しい土地を生み出した。最近では、香港とマカオ、中国本土を結ぶ長さ約55キロメートルの橋を支える人工島を2つ …

こちらは有料会員限定の記事です。
有料会員になると制限なしにご利用いただけます。
有料会員にはメリットがいっぱい!
  1. 毎月120本以上更新されるオリジナル記事で、人工知能から遺伝子療法まで、先端テクノロジーの最新動向がわかる。
  2. オリジナル記事をテーマ別に再構成したPDFファイル「eムック」を毎月配信。
    重要テーマが押さえられる。
  3. 各分野のキーパーソンを招いたトークイベント、関連セミナーに優待価格でご招待。
人気の記事ランキング
  1. Lego bricks are making science more accessible 科学を身近にするレゴブロック、大学の実験装置にも応用
  2. Promotion Call for entries for Innovators Under 35 Japan 2024 「Innovators Under 35 Japan」2024年度候補者募集のお知らせ
  3. AI companies are finally being forced to cough up for training data 「訓練データはタダではない」音楽業界が問う生成AIの根本的問題
  4. AI lie detectors are better than humans at spotting lies 人間よりも優秀な「AIうそ発見器」は社会に何をもたらすか?
日本発「世界を変える」U35イノベーター

MITテクノロジーレビューが20年以上にわたって開催しているグローバル・アワード「Innovators Under 35 」。2024年も候補者の募集を開始しました。 世界的な課題解決に取り組み、向こう数十年間の未来を形作る若きイノベーターの発掘を目的とするアワードの日本版の最新情報を随時発信中。

特集ページへ
MITTRが選んだ 世界を変える10大技術 2024年版

「ブレークスルー・テクノロジー10」は、人工知能、生物工学、気候変動、コンピューティングなどの分野における重要な技術的進歩を評価するMITテクノロジーレビューの年次企画だ。2024年に注目すべき10のテクノロジーを紹介しよう。

特集ページへ
フォローしてください重要なテクノロジーとイノベーションのニュースをSNSやメールで受け取る