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デジタル経済から取り残される3400万人の米国民
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The Hole in the Digital Economy

デジタル経済から取り残される3400万人の米国民

もし次期大統領がアメリカのインフラを改善し、経済的チャンスを広げようとするなら、ブロードバンド接続とコンピュータースキルのない何百万人をなんとかするのがいいだろう。 by David Talbot2016.12.19

ほとんどの米国家庭はインターネット・サービスを利用している。しかしクリーブランド市(オハイオ州)の貧困地域やその近郊では状況が異なる。2012年の調査によると、同地域の58%、年収2万ドル以下の家庭には家庭用ブロードバンドも携帯インターネット接続もない。最大の理由は費用だ。10%の人は携帯電話を持っているが、家庭用ブロードバンドは未契約だ。クリーブランド市の共同住宅の1階に最近まで住んでいたラリー家もそんな家庭のひとつだ。公営住宅プロジェクト「アウスウェイト・ホーム」の2LDK仕様の部屋に、母親のマルセラ・ラリーと人見知りな娘のマナヤ・ラリー(13)が二人で暮らしていた。

数学の特別教育プログラムを受けているマナヤは、勉強の補助として、教育系の非営利団体カーンアカデミーのオンライン課題が割り当てられている。しかしマナヤの母マルセラは、タイム・ワーナー・ケーブルのブロードバンド・サービスに加入する経済的余裕がないという。ブロードバンドの料金はエントリー・プランでさえ月額約50ドルで、さらにモデム代と税金がかかる(しかも料金は12カ月間の試用期間終了後にかなり値上がりする)。一家にはスマホがあるが、小さな画面を使うのはマナヤには難しく、マルセラがデータ通信の上限を厳しくチェックしている。カーンアカデミーの課題ビデオはわずか数分で、1カ月の上限を一気に超えてしまうのだ。自宅から数ブロック先にある図書館なら高速インターネットを利用できるが「このあたりは治安がとても悪く、外を歩くのはあまり安全ではありません」と、マルセラ・ラリーはいう。マナヤのベッドルーム(壁に羽毛でできたドリーム・キャッチャーが飾られている)が面している芝生のある中庭ではこの夏、ギャング関連の銃撃事件が夜に2度発生し、マラヤは比較的安全性が高いリビングルームに避難したことがあった。

数学の才能があっても宿題ができない問題を解決しようと、さまざまな対策が組み合わされてきた。地域の公営住宅機関であるクヤホガ・メトロポリタン公共住宅局は最近、自宅でインターネット接続されたコンピューターを使える子どもと、そうでない子どもに広がりつつある「宿題ギャップ」をなくす試行中のプログラムにより、マナヤにタブレットと無線ホットスポットを与えた。また、母親のマルセラには、食料費の補助を受ける家庭向けのAT&TのDSLサービス(米国政府が定義する「ブロードバンド」と比べると、はるかにスピードが遅い電話回線を使っているが、月額5〜10ドルで使用できる)の割引対象になった。だが、こうした対策は長期的な解決策とは言い難い。AT&TはDirecTVの合併買収の認可を得るため、割引対象のサービスを4年間提供することに同意しただけだからだ。

マルセラとマナヤは、アメリカに確固として存在する情報格差の不幸な側にいる何百万人の一例だ。ピュー研究所による調査では、3分の1の成人米国人は自宅でインターネットを使う基本的な作業(求職活動や宿題、ソーシャルサービスの取得といったさまざまな仕事)でダイヤルアップ回線よりも高速なインターネット接続サービスを利用していないことがわかった。料金を支払う意志がある多くの人びとでさえ、サービスを受けられない。3400万人のアメリカ人がブロードバンド(FCCの定義では、ダウンロードが25Mbps以上、アップロードは3Mbps以上)サービスを全く利用できない。米国連邦通信委員会(FCC)のトム・ウィーラー委員長は、低速サービスを「21世紀における通信の制約ルール」と呼ぶ。

ブロードバンドに接続できないといっても、完全にオフラインではない。マルセラ・ラリーのようにスマホに頼る人もいる。しかし小さな画面とデータ通信料の上限のせいで、携帯電話は家庭用ブロードバンドの十分な代替にはならない。自治体に家庭用ブロードバンドがないことは、ますます仕事がデジタル化する時代において問題だ。米国労働統計局は今後数年間に、50万件の情報テクノロジー関連の仕事が生まれると予測している。マイクロソフト・リサーチとピュー研究所の共同研究によれば、すでにアメリカ人の20人に1人は、オンラインの一時的な仕事(ライドシェアやホームシェアサービス以外)で何らかの収入を得ている。ブロードバンド接続を利用できる人なら、オンライン収入が増えていくと予想できる。

デトロイトと並んで米国で最もインターネット接続環境が悪い場所に入るクリーブランドで、一部の住民に支援の手が差し伸べられようとしている。マルセラやマナヤ・ラリーが住む公営住宅は、光ファイバー・ネットワークと新しい無線接続テクノロジーを組み合わせて、町で最も高速なサービスを提供する意欲的プロジェクトのメリットを享受する一歩手前の段階だ。しかし、自治体単位でも米国全体でも、包括的な解決策は明確ではない。インターネットのプロトコルを発明したのに、利用可能なブロードバンドの速度と高速サービスの価格の手頃さでは、米国は先進工業国の中ではかなり遅れをとっている。この問題は都市中心部と郊外地域で特に深刻だ。過去には国家を挙げた努力によって、万人のための電気と電話サービスを実現できた。今こそ国家はインターネット・サービスを向上させ、費用を安くし、マナヤのような子どもや、他のサービスを受けるべきすべての人にアクセスを拡大できるよう、意欲的な計画を実施するときだ。

扉を開く

もちろん、コンピューターやブロードバンドは魔法ではない。それだけで大学の学位やよい仕事は得られない。結局、インターネット接続が手に入った途端、人びとがすることはとても生産的とはいえない。しかし中には、ソフトウェアやオンライン・サービスを効果的に使うための訓練を受けていないだけの人もいる。ブロードバンド接続と収入のレベル、あるいは就職成功率との間には高い相関関係がある。ホワイトハウスの大統領経済諮問委員会がいうように「情報格差とは、人口統計上のそれ以外の不均衡の原因と結果の両方である可能性が高い」のだ。

ブロードバンドとコンピューターに関する …

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