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結束するコミュニティ
「災害への備え」がもたらす
新型コロナ禍での安心
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They were waiting for the Big One. Then coronavirus arrived.

結束するコミュニティ
「災害への備え」がもたらす
新型コロナ禍での安心

ある災害に備えることは、別の災害に対する備えにもなるのだろうか? 新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、対策で後れを取る米国政府の対応を横目に、コミュニティの結束が試されることになった。 by Britta Lokting2020.07.30

「ウォルマートに行くが何か買ってこようか?」隣人がリンダ・コズロフスキにそう尋ねた。町までは遠い。オレゴン州の沿岸からポートランド市までは車で2時間かかる。77歳の年金受給者であるコズロフスキがもし新型コロナウイルスに感染したら危険だ。おそらくウォルマートなら、手指消毒液など、普通の店では見つけにくいものも手に入るだろう。コズロフスキは少し考えてから、パン、パスタ、トイレットペーパーを買って来て欲しいと頼んだ。

高齢者を助けるのは、隣人として普通の行為だ。特にパンデミック(世界的な流行)の最中にあってはなおさらだ。しかし、コズロフスキの住むマンザニータ市(2010年の国勢調査での住民は598人)では、隣人の買い物を一緒にすることは、コズロフスキ自身が13年前に導入した詳細な防災準備計画に含まれていた。計画当時の対象は感染症ではなかったが、嵐による停電や洪水、地滑りに見舞われていた住民たちは、自分たちがどれだけ脆弱かを正確に認識していたのだ。

オレゴン州沿岸の自然は容赦なく厳しく、ちょっとした外出があっという間に命がけの行為になる。2020年1月、ジェレミー・スタイルズと2人の子ども、ローラとウィリアムは、マンザニータ市の北側をハイキング中に静かに忍び寄った波にさらわれ、海に流された。ローラは病院で亡くなり、ウィリアムは行方不明のままだ(ジェレミーは低体温症から回復した)。

ただし、つい最近までほとんどの住民が想定していたのは、「ビッグ・ワン(でかい奴)」と呼んでいる地震と津波の組み合わせだった。カスケード沈み込み帯(Cascadia Subduction Zone)の断層線はカナダのバンクーバー島からカリフォルニア州の最西端、メンドシノ岬まで伸びている。前回カスケード地震が起きたのは1700年で、科学者は300年から600年に1回、地震が起こると予測している。もしマンザニータ市が地震に襲われたら、壊滅的な打撃を受けるだろう。

だから、コズロフスキは地域の防災準備に役立とうとしていた。彼女は(役所などの)アドバイスに従って会議を開催し、誰に緊急医療のスキルがあるのか、誰が発電機を持っているのか、誰が電動ノコギリを持っていのるかを確認した。災害が起きた場合に避難できる場所も整えた。つまり、コズロフスキは津波が来たときに備えて防災計画を作ったのだ。この防災計画のおかげで、新型コロナウイルスのパンデミックが押し寄せたとき、彼女も近隣住民たちもお互いをどう助け合えばよいかをよく把握していた。

米国人の大多数は、災害への備えができていない。コロンビア大学全米防災準備センター(National Center for Disaster Preparedness)が2016年に実施した調査では、65パーセントの世帯が、大災害に対して備えが不十分か、または一切備えをしてしていないと回答している。41パーセントの世帯が、予期せぬ災害が起きた場合、自らの住むコミュニティが何をすべきか分からないと答えている。

それでも、新型コロナウイルスを目の当たりにし、あらゆる人々にとって、あらゆる方法による準備が急務となった。都市封鎖と屋内退避令によってコミュニティは麻痺し、ビジネスは停止し、買い占めが起こった。もし米国が災害一般に対する準備ができていないとすれば、今回のような特定の緊急事態に対して、さらに準備は不足していた。

「国として準備ができていたでしょうか?  私はできていなかったと思います」。コロンビア大学・全米防災準備センターのアーウィン・レドレナー所長は言う。「実際、我々が実施した個人の防災準備に関する研究の結果は、正に気の滅入るものでした」。

オレゴン州の沿岸地域に住むマンザニータ市の人たち(彼らの草の根リーダーがコズロフスキだ)は、なぜ例外的に防災準備ができていたのだろうか? 彼女は、津波のような1つの災害に備えることは、新型コロナウイルスなど他の災害に対する備えでもあると考えている。

オレゴン州立大学の防災支援活動の専門家であるパトリック・コーコランは、予期せぬ出来事に備えることは不可能だと指摘する。「実際に経験したことのない出来事に対して、本当に備えられるでしょうか? 我々は、不可能だと言いたい気持ちと、この程度の準備で足りるだろうという悪魔の交渉との間を行ったり来たりします」。

しかし、災害が発生し、政府が救援に来られないとき、自分たちは何をすべきだろうか? 米国のコロナウイルス対応は失敗が続いた。医療従事者はマスクがないと訴え、病院は必死で人工呼吸器を探した。連邦政府の対応の混乱によって、個人的・局所的な行動が前例のない伸びを示した。高齢者の食料品を隣人が買いに出かけ、ファッション・デザイナーが医療用保護服の縫製を買って出て、ボランティアのチームが子どもたちに持ち帰れる軽食を配った。

オレゴン州沿岸地域で防災準備を提案してきたレジリエンス(回復、復興)専門家のスティーブン・エバーラインは、人々はできる範囲で準備をすべきだとしつつ、個人レベルでの対処には大きすぎる問題もあると指摘する。「連邦政府、州、地方自治体は、すべての住民にすばやく対応できません。パンデミックで何が起きているのかを見ると、大きな問題の1つは補給ラインが塞がってしまうことです」。

2年少し前のことだが、私がポートランド市の自宅で休暇を過ごしていると、父が従妹のエレンとその夫のピートについて話してくれた。父の話では、彼らは沿岸地域に住んでおり、大きな津波に備えて準備をしているプレッパー(非常事態に日頃から備えている人)だ。私にはそれがどの程度の準備か分からなかったので電話してみたところ、ピートが家を見に来いと招待してくれた。私は父を連れて彼らの家へ向かった。

常緑樹林の深い峡谷を、車で1時間半走った。チーズで有名なティラムーク市を通り過ぎると、ティラムーク湾に面する浸水が発生しやすい細い道に入った。ピートとエレンの住む海岸沿いのケープ・ミアーズ地区に向かってカーブを道なりに走った。もしハンドルを握る手が滑ったら、車は海へと真っ逆さまだと怯えながら。

ピートとエレンは、現在住んでいる家を1990年に別荘として建てたが、2003年に退職すると完全に移住した。家は傾斜地に建てられており、デッキ部分は支柱で支えられている。ピートは6年前に基礎部分を耐震補強した。我々が急な階段を上って居心地のよい木造の小屋に入ると、エレンがキッチンでツナサンドを作っていた(エレンとピートは毎年8月に1年分の自家製ツナ缶を作る)。その日は驚くほどの快晴で、食堂の大きな見晴らし窓からは海岸と太平洋が広がっているのが何キロも見渡せた。

エレンが食事の準備をしている間、79歳のピートが家の中を案内してくれた。ケープ・ミアーズ地区は6つの区域に分かれており、居住者は約60人だ。ピートは彼の住む区域の班長だ。彼の仕事は新しい居住者に最新の防災準備計画を教えることと、ティラムーク郡の緊急事態担当者と …

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