KADOKAWA Technology Review
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One Startup’s Vision to Reinvent the Web for Better Privacy

普及して20年のWebはブロックチェーンで作り直せるか?

ブロックスタックが開発中のテクノロジーを使えば、使わなくなったサイトのログイン情報は、ユーザー自身がアクセス権を取り消すことで解除できる。 by Tom Simonite2017.01.16

ベンチャー・キャピタリストのアルバート・ウェンガーは、Web事業への投資で成功してきた。ウェンガーは、Etsy(ハンドメイド雑貨中心のネット販売サイト)やTumblrを創業時から支援してきた。しかし共同経営者を務めるユニオン・スクウェア・ベンチャーズ(USV)は最近、ウェンガーの強い要望により、Webを再考する必要があると考えて設立された企業を応援することにした。

「私たちは、アマゾンやグーグル、フェイスブック等の新興の既得権益企業が確固たる地位を築き、それぞれの市場をほぼ独占している時代に生きてます。私たちが、長期にわたってイノベーションが続く開かれた市場を望むなら、私たちに必要になるのは、新しい、分権型のインフラです」とウェンガーはいう。

ブロックスタック(Blockstack)は2017年1月、より開かれた市場を作り出そうとして、USV等から400万ドルの資金を調達した。ブロックスタックは、現在のWebに対してある種の並行世界(ユーザーが自身のデータを管理できる世界)を作り出すオープンソース・ソフトウェアを開発している。

ブロックスタックは、既存のWebブラウザーから、新しいデジタル領域のために作成されたサイトやアプリを閲覧できるソフトウェアを2017年下期にはリリースする予定だ。新しい世界でも、リンクをクリックしたり、Webアドレスを入力したりすれば、たとえば、友人とチャットする場所を探したり買い物したりする場所を探してサイトを利用できるだろう。しかし、グーグルやフェイスブックでユーザーがするように、それぞれのサイトでアカウントを作る必要はない。ブロックスタックのシステム上に構築されたサイトのユーザーは、自身で自分のアカウント(ユーザー識別情報は複数でもよい)を管理できる。ユーザーは、自分だけに管理権があるプロフィールへのアクセス権をサイトに許可することで、そのサイトにアカウント情報を提供するのだ。サービスの使用を中止するときは、プロフィールやデータへのアクセス権を取り消し、また別のサイトにアクセス許可を与える。サイトは、ユーザーのコンピューター上で動作するブラウザー内ですべてのコードを実行する。

ブロックスタックのライアン・シーア共同創業者兼CEOは「既存のモデルの内側からでも新しいことには挑戦できます。しかし時には、白紙の状態から何か新しいものを作るほうが楽なこともあるのです」という。

ブロックスタックの構想は自社を含むどの企業からも独立して構築されたIDシステムによって実現される。システムは、デジタルな総勘定元帳としてブロックチェーン(電子マネーのビットコインがユーザー名や関連する暗号鍵を追跡して自分のデータやIDを管理するのに支えているテクノロジーだ)を使っている。ブロックチェーンを支えているのは世界中の何千ものコンピューターの集合体であり、誰も一元的には管理できない。

ブロックスタックのシステムは、ドメイン名の記録にもブロックチェーンを使う。したがって、現在Webドメインを監督するICANNのような組織は不要だ。名前とIDシステムに支えられたソフトウェアによって、ユーザーはオンライン・サービスに使用権を与えたデータを管理できる。マイクロソフトはすでに、ブロックスタックと協力し、自社プラットフォームでの用途を探っている。

Webの実現方法を組み換えようとするブロックスタックのやり方は根源的な部分に立ち入りすぎているかもしれない。しかし、シーアCEOが問題視しているのはWebシステムの基礎設計に関わっており、たとえば標準機能としてどの組織からも独立したIDシステムがないことで、大企業による独占やユーザー情報を大企業がどこまで制御すべきかといった議論の大元なのだ。シーアCEOによれば、企業は新しいプラットフォームで引き続き利益を追求できるが、決定権は現在よりもユーザー側に移ることになりそうだ。

Webの創造者であるティム・バーナーズ=リーは最近、同様のことを主張している。 ここ数年、バーナーズ=リーはテクノロジストにユーザーと社会のためになるようにWebを「再分権化」するように呼び掛けている。バーナーズ=リーは、2016年夏、ブロックスタックのプラットフォームを通じてユーザー名「timblee.id」を登録し、マサチューセッツ工科大学(MIT)で自身の分散型Webプロジェクト「SOLID」を研究中だ。

ただし、オンライン空間の新しい夢は、いくつかの重大な障害に阻まれている。たとえば、現在のビットコインの仕様では、幅広く使われる通貨(あるいはオンライン・プラットフォーム)に必要な容量が不足しているとわかっている。また、コーネル大学のエミン・ガン・シラー准教授は、ブロックチェーン同様の、完全な分権型システムをどう構築するかは判然としていない、という。

分権型ステムには、中央集権型の運営組織があれば比較的簡単に解決できる、ドメイン名の著作権侵害の申し立てといった問題の解決手法を模索することになるだろう、とシラー准教授はいう。

ただしインターネット・アーカイブの創立者ブリュースター・ケール(2016年夏、Webの分権化に関する初の大規模なカンファレンスを開催した)は、そのような課題は解決されると楽観的だ。

プライバシーと大企業の支配力が強すぎることへの疑念は、多くの人が、現状の代りを真剣に考えるきっかけになっている、とケールはいう。「とても多くの人が今やWebに依存していますが、できて20年のテクノロジー、そろそろ古くなっているのです」

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MIT Technology Reviewのサンフランシスコ支局長。アルゴリズムやインターネット、人間とコンピューターのインタラクションまで、ポテトチップスを頬ばりながら楽しんでいます。主に取材するのはシリコンバレー発の新しい考え方で、巨大なテック企業でもスタートアップでも大学の研究でも、どこで生まれたかは関係ありません。イギリスの小さな古い町生まれで、ケンブリッジ大学を卒業後、インペリアルカレッジロンドンを経て、ニュー・サイエンティスト誌でテクノロジーニュースの執筆と編集に5年間関わたった後、アメリカの西海岸にたどり着きました。
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