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Interview to Judges of Innovators Under 35 Japan #2

ネットビジネスの先駆者・夏野剛がU35世代に今伝えたいこと

日本のモバイル・インターネットの基礎を築いた1人として知られ、インターネット企業の経営にも多数参画する慶應義塾大学政策・メディア研究科の夏野 剛特別招聘教授が、若きイノベーターを激励した。 by Yasuhiro Hatabe2020.10.13

MITテクノロジーレビューが主催する世界的なアワード「Innovators Under 35(イノベーターズ・アンダー35)」の、世界で7番目のローカル版として「Innovators Under 35 Japan」が今年初開催される。

「インターネット」分野の審査員の1人を務めるのが、慶應義塾大学政策・メディア研究科の夏野剛特別招聘教授だ。今のモバイル中心のインターネットの基礎となった「iモード」の立ち上げメンバーの1人である夏野特別招聘教授が、インターネットビジネスを取り巻く環境の現状や、自身がUnder 35時代に考えていたこと、今のUnder 35の若者たちへのメッセージを語った。

◆◆◆

ネットビジネス参入の制約がなくなった

──最近のネットビジネス界隈をどのように見ていますか。

インターネットそのものの歴史は古くて40年くらい前からありますが、商用化されて、いわゆる大衆がネットを使い始めて25年ほどが経ちます。その25年間の中でも、特に2010年以降の10年間で大きな環境の変化が起こりました。その変化とは、ネットビジネスを創り出す上での制約がほとんどなくなったということです。

夏野 剛(Takeshi Natsuno)
慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特別招聘教授
早稲田大学政治経済学部卒、東京ガス入社。ペンシルバニア大学経営大学院(ウォートンスクール)卒。ベンチャー企業副社長を経て、NTTドコモへ。「iモード」「おサイフケータイ」などの多くのサービスを立ち上げ、ドコモ執行役員を務めた。現在は慶應大学の特別招聘教授のほか、株式会社ドワンゴ代表取締役社長、株式会社ムービーウォーカー代表取締役会長、そして、KADOKAWA、トランスコスモス、セガサミーホールディングス、グリー、USEN-NEXT HOLDINGS、日本オラクルの取締役を兼任。このほか経済産業省の未踏IT人材発掘・育成事業の統括プロジェクトマネージャー、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会参与、内閣官房規制改革推進会議委員も務める。

技術面でいうと、クラウドを使えば自前でサーバーを持たなくてよくなったし、開発のために特殊なコンピューターを使う必要もない。プログラミングも、いろいろな言語やツールが出てきて以前より簡単になり、HTML5になってからはWeb上でアプリケーションが構築しやすくなりました。

資金面のハードルもぐっと下がりました。例えば20代の人が何かネットビジネスをやろうと思い立っても、以前ならそこまで大きなスケールのことは考えられませんでした。なぜなら資金が集まらないからです。それがこの10年で、ビジネスモデルに将来性があればベンチャーキャピタルから投資を受けたり、クラウドファンディングで支援者から直接お金を集めたりできるようになりました。

つまり、「こうでなければネットビジネスができない」という形式的な制約が、ほぼなくなってしまったわけですね。だからこそ今、ビジネスモデルやアイデアが本当に重要になってきています。

──参入障壁が下がってネットビジネスを始めやすくなった一方で、GAFAと呼ばれる巨大プラットフォーマーに資金や人材が集中し、事業化のハードルは高くなっていませんか?

僕はそうは思わないですね。GAFAに並ぶような世界的なスケールで受け入れられるサービスをつくるのは、それはもう環境変化に関係なく、ものすごく難しいことですよ。ただ、GAFAほどのスケールになると世界一律でサービスを提供するので、特定のグループの人たちに“刺さる”ような小回りの利くサービスに対応できていません。彼らが手を出していない“隙間”は、むしろ広がっている感じがします。

コロナ禍が新たな気づきを与えた

──ここ10年の大きな変化の先に、今年、新型コロナウイルス感染症が世界を覆いました。コロナ禍がインターネットに及ぼす影響をどのようにお考えですか。

フラットな視点で見ると、悪いことばかりじゃなくて、社会全体に“気づき”を与えた部分もありますよね。例えば「リモートワークでも問題ない」とか「デジタル化をもっと進めておけばよかった」とか。マイナンバーカードを取得しておけばよかったと思った人、結構いると思うんですよ。そういう意味でコロナ禍は、デジタルでソリューションをつくろうという人たちにとって追い風だと思います。

──そういった気づきがある中で、逆に「今のインターネットに足りないもの」をどう感じていますか?

インターネットというよりも、インフラ、ハードウェアの面でしょうか。例えばこうしてズーム(Zoom)でミーティングする時に、環境に依存する部分が結構ありますよね。自宅のWi-Fiが遅くて使えなかったり、バーチャル背景を使うと結構なCPUの能力が必要だったり。

この20年間ぐらいでムーアの法則が一段落して、ハード的にはもう十分と思っていたところに、コロナ禍が来て、まだハードも十分じゃない、デバイスももっと進化しなきゃいけないということを気づかせてくれたような感じはありますね。そういう意味で、インフラやハードウェアの進化はもっとあっていいなとは思います。

インタビューはリモートで実施した

ハードの限界を超えようとして「iモード」が生まれた

──夏野さんがiモードに携わり、日本のインターネットの基礎をつくっていたのがちょうど35歳手前の頃だと思います。その頃はどのようなことをお考えになっていたのでしょうか。

1990年代後半の当時も、僕はやっぱりハードウェアの限界を感じていたんですよ。当時のハードウェアは、当然ながら今よりずっとひどかったので。僕はその頃インターネット側の企業にいましたが、何しろPCの普及率がまだまだ低かったので、当然インターネットの普及率はもっと低かった。そんな状況では、インターネット革命を叫んでも説得力はない。

そう考えていた頃、たまたまNTTドコモから話が来て、「そうか、携帯だったら行ける!」と思ったわけです。つまり、PCでインターネットを使うのではなく、携帯電話にPCの機能を集約していく方が、インターネット革命を遂行する上で絶対に早いと思ったのが、32歳の頃かな。携帯電話を電話としてじゃなく、インターネット側に寄せた設計にしようと思ってつくったのがiモードなんですよ。

──もし今、夏野さんがUnder 35だったら何を考えますか。

やっぱり僕は、今もハードウェアの限界を感じているので、次の段階でやりたいのは、バーチャルディスプレイとバーチャルキーボードですね。やっぱりこの2つがネットデバイスの大きさを決めてしまっているからです。その先に考えることは電脳通信ですよね。もう、デバイスを持ち歩くこと自体がおかしいと思っているので。

ほかにも、もっと高効率の蓄電池だったり、公共交通システムの電動化だったり……。そういう意味では、自動車大国なんだから日本にも本格的なEVメーカーが1社ぐらいあってもいいよね、とか。やりたいことは山ほどあります。ただ、人生の時間が足りなくてできないのだけれど(笑)。だからこそ若い人に頑張ってほしいと思います。

自分で自分に限界を設けるな

──慶應義塾大学で長く教壇に立たれて、若者たちを見ていて何か変化はありますか。

アグレッシブな学生は増えた感じがします。特に、就職先の選び方が変わってきている。以前はキャリアを会社に預けてしまうような「就社」でしたが、最近は「就職」を長い人生のキャリアの中の機会の一つと捉える人が圧倒的に増えたように思います。つまり、まず自分本位に考えて「一生この会社に勤めるかどうかはわからないけど、とりあえず今、この会社に勤めることが自分の人生にプラスになるかどうか」という基準で会社選びをするということ。社名だけで決める人ももちろんいますが、だいぶ減ったように思います。

起業に関しては、SFC(湘南藤沢キャンパス)の場合はもともと起業する人は一定数いるので、最近特に増えたということもないし減ってもいません。ただ、東京大学の先生から話を聞くと、東大の学生が起業するケースが増えていることは事実のようです。優秀な学生から起業していく。そのトレンドは定着したように思います。

──夏野さんが考える、「イノベーター」とはどのような人ですか。

イノベーティブな人というのは、やはり自分が新しいものを作り出すことに、ものすごく価値を置いている人ですよね。技術力は関係ないんです。

僕は、情報処理推進機構(IPA)の未踏IT人材発掘・育成事業の統括プロジェクトマネジャーを長い期間をやっています。そこに採択されるような人は皆、もともとプログラミングができる人たちだと思われるかもしれません。でも中には、先に「これを実現したい」というアイデアがあって、そのためにプログラミングを学び始めた人もいます。

ネットビジネスに参加する上での制約がなくなった、ビジネスモデルやアイデアが重要になってきたという状況を、若い人たちにはぜひ生かしてほしいです。

ある意味、「大企業に勤めていないから」とか「技術がわからない」「サーバーが管理できない」という言い訳ができなくなったともいえます。でも、制約がないぶん、自分のベストと思えるビジネスやサービスの設計ができるようになった。少なくとも発想は誰でもできるようになったと思います。だから、自分の手で自分にたがをはめるようなことはしないでほしい。

──ネットを使って「何をするか」が勝負になるわけですね。

そうです。ただ、アイデアがまったく奇想天外なだけのものでは仕方ないので、そのサービスなりプロダクトが「なぜユーザーに受け入れられるのか」「なぜビジネスモデルとして成立するのか」は真剣に考えてほしいと思います。

──今、どの領域が狙い目だと思いますか。

ああ、もうね、そういうふうに「狙い目」とか考えたら絶対に上手くいかないです。なぜなら、「自分が欲しいものはこういうものだ」と決めて、ひたすら手を動かしてつくっている人に負けてしまうから。マーケティング的な思考からは新しいものをつくれません。

若い人は、自分にたがをはめる必要がない。世界的なサービスを考えてもいいし、自分がやりたいことなら日本向けのサービスも考えてもいい。ただ、「限界を“自ら”設けないでください」と言いたい。リミッターを外して、自分が正しいと思うもの、自分が欲しいと思うもの、自分の理想と夢を、追い求めてほしいと思います。


MITテクノロジーレビューは[日本版]は、才能ある若きイノベーターたちを讃え、その活動を支援することを目的とし「Innovators Under 35 Japan」の候補者を募集中。詳しくは公式サイトをご覧ください。
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畑邊 康浩 [Yasuhiro Hatabe]日本版 寄稿者
フリーランスの編集者・ライター。語学系出版社で就職・転職ガイドブックの編集、社内SEを経験。その後人材サービス会社で転職情報サイトの編集に従事。2016年1月からフリー。
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