KADOKAWA Technology Review
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NASAが計画する
「太陽系変える」探査機、
壊滅的被害は回避できるか
NASA/Johns Hopkins APL/Ed Whitman
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This spacecraft is being readied for a one-way mission to deflect an asteroid

NASAが計画する
「太陽系変える」探査機、
壊滅的被害は回避できるか

太陽系内に無数にある小惑星の一つでも地球に衝突したら、人類に壊滅的な被害をもたらす可能性がある。そうした小惑星が地球に接近してくるのが分かったときに、宇宙探査機をぶつけることで軌道をそらして衝突を防げるのかどうか実証するDARTミッションの打ち上げが来年7月に予定されている。 by David W. Brown2020.12.18

メリーランド州ローレルにあるジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所(APL)23号棟のクリーンルームで、宇宙探査機「ダート(DART)」が広げられていた。立方体の卵を割ったかのようだ。電池や様々なセンサーとともに、DARTが深宇宙に入るとどちらが上方向かを特定する「スター・トラッカー」と呼ばれる機器が中心部に搭載されている。DARTが折りたたまれると側面となる精密加工された正方形のパネルには、DARTの中央コンピューターであるアビオニクス・システムが据え付けられているのが認められる。そのコンピューターから出るケーブルの先にはDARTが地球との通信に使用することになる無線システムがつながっている。ジャイロスコープとアンテナは露出している。隣の部屋には実験的なイオン・スラスタ・システムである「ネクストC(NEXT-C)」が出番を待っている。銀の断熱材に包まれた太いコイル状の大きな束がDARTから垂れ下がり、床を這って制御室に向かう。その束の先は、4人のエンジニアが操作する試験用コンピューターの大きな電池に接続されている。

1台のコンピューターの上の時計には「DART打ち上げまで:302日05時間56分」と表示されていた。

DARTの正式名称は「Double Asteroid Redirection Test(二重小惑星方向転換試験)」。二重小惑星を構成する2つの小惑星の片方である「ディモルフォス(Dimorphos)」に衝突させる目的で開発されている。DARTがぶつかる衝撃により、ディモルフォスの速度は毎秒約1ミリメートル、つまり時速3.6メートル変化する予定だ。ディモルフォスは地球と衝突する軌道にある小惑星ではないが、将来、地球に衝突する可能性のある小惑星が発見されたときに、その小惑星の軌道を変更できる能力を実証することがDARTの目的だ。

ソ連の月探査機である「ルナ1号(Luna 1 )」が、1959年1月2日に地球周回軌道を飛び出した史上初の宇宙探査機となって以来、人類は約250機の探査機を太陽系に送り込んできた。その中でもDARTはユニークだ。DARTは太陽系を研究するためではなく、太陽系を変えるために送り込まれる最初の宇宙探査機なのだ。

1980年までに、天文学者は51個の「地球近傍」小惑星(および44個の地球近傍彗星)を含む約1万個の小惑星の軌道を特定した。現在、その数は急増している。小惑星センター(MPC:Minor Planet Center)は、合計で約80万個の小惑星の追跡を続けており、そのうち約2万4000個は地球に接近する軌道にある。これらの小惑星の大部分は、米国議会が米国航空宇宙局(NASA)に、10年かけて直径1キロメートルを超えるすべての地球近傍天体を特定するよう指示した1998年以降に発見された。統計分析の結果から天文学者は、地球に衝突した場合に人類を滅ぼすような地球近傍小惑星の約95%を発見したと考えている。

地球は7分ごとに地球の直径分の距離を移動する。したがって、地球に向かってくる天体の到着時間を10分程度以上変えることができれば、地球への衝突を回避できることになる(もちろん、各天体の軌道によって詳細は異なる。追加の3分は、地球の引力の影響を考慮した時間だ)。

ディモルフォスとともに二重小惑星を構成するもう一方の片割れである「ディディモス(Didymos)」の直径は約780メートル。ディモルフォスの直径は約160メートルで、小さな競技場ほどの大きさだが、その外観はまだ未知だ。地球上または地球近くの望遠鏡から詳細に観測するには、ディモルフォスはあまりに小さく、地球から遠く離れているからだ。この2つの小惑星は約800メートル離れており、小さい方のディモルフォスは、人の歩行よりも遅い速度でディディモスを周回している。

2005年に米国議会はNASAに、直径140メートルを超えるすべての地球近傍天体をリストにまとめるように新たに命令した。人類滅亡までは引き起こさないものの壊滅的な影響を及ぼす可能性のあるサイズの天体であり、この作業は現在も継続中である。NASAは2016年に、地球に衝突して大きな被害をもたらす可能性のある天体が発見された場合、米国および世界の多種多様な機関を結集するため、惑星防衛調整局(PDCO:Planetary Defense Coordination Office)を設立した。DARTは惑星防衛調整局の最初のミッションとなる。

「私たちは宇宙の犠牲者になる必要はありません」と惑星防衛調整局のリンドリー・ジョンソン局長は言う。「人類滅亡の危機に直面し、失敗が許されない状況で、小惑星の軌道をそらす初めての実証をしたくはありません」。DARTの目的は2つある。宇宙探査機を狙い通り小惑星に衝突させる能力を証明すること、そして、衝突の影響を測定することだ。

初期の提案では、2機の宇宙探査機を使用することが考えられていた。1機が小惑星に衝突し、事前に送り込んでおいた別の1機がその衝突を観測・測定するというものだ。毎秒30キロメートルで移動する小惑星に宇宙探査機を衝突させることで起こる毎秒1ミリメートルの速度変化は、地球または地球近くにある望遠鏡を使用して測定するのが非常に難しいため、2機の使用が唯一の選択肢のように思われた。しかし、この計画には最大10億ドルという高額な費用が必要だった。

その後、2011年の初めに、ジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所で惑星防衛を研究している主任科学者のアンディ・チェン博士があるアイデアを出した。2機の宇宙機を送る代わりに、1機の宇宙機を送って二重小惑星の小さい方(ディモルフォス)に衝突させてから、巧妙な手段を利用して衝撃の威力を測定するという計画だった。

このよりシンプルなミッションにかかる費用は2億5000万ドル程度で、比較的低コストだった。この変更が、NASAにDARTを承認させる際に重要な役割を果たした。最終的な計画では、イタリア宇宙機関(ASI)が提供する靴の空き箱サイズの小型人工衛星「リシア(LICIA)」がDARTに搭載されることになった。LICIAはコストを大幅に増やすことなく観測を助けることになる。

チェン博士の標的であるディモルフォスは、より大きな小惑星を周回している小惑星として2003年に発見された。発見後、大きな方の小惑星はギリシャ語で「双子」を意味する「ディディモス」と名付けられた。小さい方の小惑星は2020年に「ディモルフォス」と名付けられた。地球から見ると、ディモルフォスの軌道は時々ディディモスの前後を通過し、公転のたびにディディモスを部分的に隠す。地上の望遠鏡を使用して「光量の低下を観察すれば、軌道を非常に正確に測定できます」とチェン博士はいう。同様の手法は遠方の星を周回する太陽系外惑星を特定するために使用されている。

「ディディモスを周回するディモルフォスの軌道は、時を刻む時計のように正確です」とNASA本部のDARTミッションのプログラム科学者であるトム・スタトラーはいう。「12時間ごとに規則正しく周回しています。DARTでやろうとしているのは、その周回リズムを崩すことです」。天文学者は衝突前にディモルフォスの周回速度を測定し、衝突後に再び周回速度を測定するだけでいい。公転周期は1%強の約10分変化すると予想されている。

これで天文学者が最も関心のある「運動量伝達効率」を見積もるのに十分な情報を得られる。運動量伝達効率は通常、ギリシャ文字の「 …

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