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The Decline of Wikipedia

落ち目のウィキペディア

ウィキペディアは多くの利用者とインターネットサービスが依存する史上最大の百科事典だが、年を追うごとに存在感を増す一方で、構築したコミュニティーは縮小している。コミュニティーは活気を取り戻せるのか。それとも、ウィキペディアがウェブの理想を体現する時代は終わるのだろうか。 by Tom Simonite2013.10.23

ウィキペディアは、世界で6番目に利用者が多いウェブサイトだ。しかし、グーグルやフェイスブックなど、他の10位以内にランクインしているウェブサイトとは運営方法がだいぶ異なる。ウィキペディアを運営しているのは先進企業ではなく、リーダーのいないボランティア(本名を名乗らず、重箱の隅をようじでつつくような議論に明け暮れる)集団なのだ。

他のウェブサイトが訪問者を増やそうと新しい試みを次々繰り出す一方で、ウィキペディアは10年間ほとんど何も変わっていない。ただし、ウィキペディアが変化していないわけではない。ボストンマラソン爆弾事件のような大きな出来事があれば、発生から数時間以内にさまざまな出典から新しい記事が作られ、分刻みで書き換えられる。英語版だけでも毎月のページビューは約100億。多くのオンラインサービスが、データを無料で再利用できる情報源としてウィキペディアを頼っている。実際、グーグルやアイフォーンの音声検索機能で何かを調べた結果のほとんどは、ウィキペディアの記事を基にしている。しかも、利用者には紛れもない事実であるかのように表示される。

だが、ウィキペディアが豪語する「人間が生み出したあらゆる知の集積を編さんする」という野望はいま窮地に陥っている。2007年以降、英語版ウィキペディア(記事数と利用者数で最大)を荒らし行為やいたずら、不正な記事の改ざんから守るボランティアは減少し、2013年夏にはピーク時(2007年)の6割近くになり、さらに減り続けているのだ。現在残ったボランティアだけでは、良質な百科事典を編さんするための基準(ウィキペディア自身が設けたルールも含む)に従って不具合を修正するのはもう無理だろう。

ウィキペディアが扱っている範囲にムラがあることも、解決すべき問題の一つだ。たとえば「ポケモン」やポルノ女優に関する項目は網羅されているのに、サハラ以南のアフリカ各地域や女性小説家に関しては概要しか記されていない。

どの項目の内容が信頼できるのかも分からないままだ。ウィキペディアのボランティア編集者は、良質な百科事典の中核となる1000の項目を選んだ(2008年6月現在、1133件の記事がウィキペディアの重要記事として認定されている)が、そのほとんどはサイト内の評価基準である「Bクラス」(記事系にFA(Featured Article)、A、GA(Good Article)、B、C、Start、Stubの7段階を定めている)にすら達していない。

問題の主な原因が分からないわけではない。現在のウィキペディアを運営する緩やかなコミュニティー(男性が9割を占める)がとげとげしい雰囲気の漂う、厳格で官僚的な仕組みを運用しており、今後サイトを盛り上げてくれるかもしれない「新人」の参加を阻み、コンテンツの拡充を妨げているのだ。

ウィキメディア財団(ウィキペディアを支える法的・技術的な基盤に資金援助する、192人の従業員で構成される非営利団体)は、この問題に手をこまねいているわけではない。財団には、ウィキペディアのボランティアに対して、運営方法を変更するよう指図する権限はないが、ウィキペディアのサイトを少し変更したり、ウィキペディア向けに提供しているCMS(ウィキペディアのサイトを実現する「メディアウィキ」というソフト)を微調整したりすることで、ウィキペディアが百科事典サイトとして存続できるように導く意向だ。

財団の働きかけにより、ウィキペディアはここ数年で最も大きく変化しそうだ。現在のウィキペディアは、インターネット草創期の、まだウェブサイトのあるべき姿が定まっていなかった時代のタイムカプセルであり、現在一般的な、使いやすく、ソーシャルな機能を備えた、営利目的のサイトとはかけ離れている。

ウィキメディア財団(サンフランシスコ中心部の、欠陥エレベーターが動くとあるビルの質素な2フロアに入居している)のスー・ガードナー専務理事は、「2001年には最先端だったかもしれないが、現在のウィキペディアは、どこをとっても時代遅れが進む一方です。われわれの活動はまさしく時代に追いつくための試みなのです」という。

ガードナー専務理事と、ウィキメディア財団の創立者で名誉理事長のジミー・ウェールズは、ウィキペディアが前進するには新たな利用者層を引きつける必要があるという。「最大の課題は編集の多様性」と話すウェールズ名誉理事長は、更新が必要なトピックに携わる編集者の数を増やしたがっている。

編集者を増やせるかどうかは、初期のウィキペディアの推進力ともなった理念―オンラインでの共同作業を通じてより優れたものを生み出そうとする姿勢に、今なお賛同する人がどれだけいるかにかかっている。とはいえ、編集者を増やすための努力も必要だ。ウィキペディアは、共同

作業に関わる編集者や課題図書を読む時間がない学生よりも、はるかに多くの人々にとって重要だからだ。直接サイトを訪れるだけでなく、他のサービスを経由する形も含めれば、私たちはウィキペディアの情報を、かつてないほど頻繁に使っているのだ。

一方で、ウィキペディアには裏の顔がある。ライバルを破滅させたり、グーグルの検索結果の下位に追いやったりしてきたのだ。たとえばマイクロソフトは、画像や映像入りの百科事典ソフトウエア「エンカルタ」のサポートを2009年に終えた。ブリタニカ百科事典で無料なのは、バナー広告とポップアップだらけのほんの一部にすぎず、12万の項目をオンラインで利用するには年間70ドルかかる。

新人お断り

2001年の誕生当初、ウィキペディアは独立した情報サイトを目指していたわけではなかった。投資家からインターネット起業家に転身したウェールズと、博士号を取得したばかりのラリー・サンガー(現シチズンジアム編集主幹)は、ウェールズが立ち上げた、専門家の寄稿による無料百科事典サイト「ヌーペディア」を後押しするつもりでウィキペディアをスタートさせた。プロジェクト開始から1年後、ヌーペディアが公開したのは、古代ローマの詩人ウェルギリウスやアイルランドのドネゴール州の伝統楽器フィドルといった、13項目の珍妙なコレクションだった。サンガーとウェールズは、誰でも新しく項目を作れて、誰もが編集できるウィキペディアに期待をかけた。ウィキペディアで次々に増やした新たな記事を、最終的に各分野の専門家が仕上げてくれればと考えたのだ。

誰もが編集できる百科事典のアイデアを世間が熱狂的に支持していると気付いたウェールズとサンガーは、ただちにウィキペディアを主要プロジェクトに昇格させた。開始から1年もたたないうちに、ウィキペディアには18 の言語で書かれた2万件以上の記事が集まり、成長は加速した。2003年にウェールズは、ウィキペディアを運営するためのサーバーやソフトウエアを用意し、財務的な基盤となるウィキメディア財団を設立した。

サイト内のコンテンツの制御権は「ウィキペディアン」と呼ばれる集団(その後数年にわたって、かつてない規模の百科事典を編集したグループ)の手にとどめられた。ウィキペディアンは、伝統的な権力構造に倣うことなく、項目の作成と維持に必要な、洗練された作業手順とガイドラインを作り出した。少数の管理者集団の選出時にのみ縦社会的な構造を残し、記事の削除や他の編集者の一時的な書き込み禁止といった特別な権限を与えた(現在、英語版のウィキペディアでは653人の管理者が活動している)。

当時、ウィキペディアに対する多くの人の反応は、無料百科事典の構想を笑い飛ばすか、衝撃をもって受け止めるかのどちらかに分かれた。伝統的な百科事典の編さんでは、その社会で指折りの有識者から選び抜かれた諮問委員や編集者、寄稿者が、知る価値のあるもの全てのリストを作った上で、実際の執筆項目を選んでいた。ウィキペディアも、啓蒙主義が持つ合理的精神に裏打ちされた百科事典の権威、人類の知識を網羅し、文化的な期待を受け継ぎ、その考えを重視していた。

ただし、百科事典サイトを実現するために、ウィキペディアは過去何世紀にもわたって踏襲されてきた方法は捨てることにした。ウィキペディアは、中央集権的な編さん計画は作らず、型にはまった思考に陥る専門家への依存は避けたのだ。

実際、ウィキペディアのルールは専門家を遠ざける効果がある。専門家といえどもウィキペディアでは一般人と同等に扱われ、書いた記事が数分で上書きされてしまうと思えば、寄稿する意欲はなくなる。ウィキペディアはJ・L・ボルヘスの予言した日が到来し、世界の全てが記録される希望を抱き、専門家に頼る代わりに、すばやく記事を積み上げる考えに基づいていたのだ。

成長はあっという間だった。2005年の終わりごろには、英語版のウィキペディアの記事だけで75万ページに達した。マスコミがウィキペディアをしきりに取り上げたことで、項目を追加する人もどんどん増えた。ウィキペディアは、「好き者」が使うインターネットの境界を飛び越えて、普通の人々の生活領域に足を踏み入れたのだ。同時期、ウィキペディアンは、リーダーのいない組織行動という最も華々しい偉業を成功させた。

振り返ると、ウィキペディアを急成長させた原因こそ、今日その衰退を早めていることが分かる。ウィキペディアの常連編集者たちが、ウィキペディアが管理しにくくなったと気付いたのは2006年。良きにつけ悪しきにつけ、新しい記事が増えれば、その質を保つために、新規投稿を監視する業務が大きな負担になる。利用者は増えたが匿名でも寄稿できるシステムであるため、多くの更新は単なる荒らし行為だった。

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