パンデミックの予測はなぜ外れたのか? 疫学者が語る失敗の本質
少しでも確かな情報を基に、感染者数や死者数などについて予測を立てようとしたパンデミックの試みはことごとく失敗した。程度の差こそあれ、この分野のプロである疫学者も失敗を重ねている。問題を分解し、知見を修正しながらより精緻なものにしていく工学的思考が必要なのかもしれない。 by Siobhan Roberts2021.10.26
この20カ月間、私たちはみな、にわか疫学者やアマチュア統計学者のようにふるまってきた。一方、本物の疫学者や統計学者のなかには、パンデミックの問題をより効率良く解決するために、工学的思考を取り入れるべきだと考える人々もいる。実践的な問題解決を目標として、反復的・適応的戦略によって対処するというものだ。
「パンデミックにおける不確実性の考慮」と題した最近の意見論文で、研究者は公衆衛生上の非常事態における自分たちの役割を振り返り、次の危機により良く備えるにはどうすべきかを考察した。その答えは、疫学を工学的視点で捉えなおし、「純粋科学」偏重から脱することにあるのではないか、と述べている。
疫学研究は公衆衛生政策の指針となる。公衆衛生政策の本質は、予防と防御のための指示命令だ。だが今回のパンデミックでは、純粋な科学研究の結果と実用的な解決策の間で適切なバランスを保つことが極めて困難であることが露呈した。
「このような緊急事態においては、疫学者が大いに活躍するはずだとずっと思っていました」。意見論文の共著者の1人であるミシガン大学公衆衛生大学院のジョン・ゼルナー准教授は言う。「しかし、パンデミックが発生した途端、私たちの役割は想像よりもずっと複雑で、はっきりしないものだと分かりました」。感染症モデルと社会疫学の研究に取り組むゼルナー准教授は、研究論文の「常軌を逸した氾濫」を目の当たりにした。だが、「その多くは、どうすれば現状にポジティブな影響を与えられるのかということを、ほとんど考えていませんでした」とゼルナー准教授は話す。
疫学者が提唱したアイデアやツールと、彼らが救おうとした世界との間につながりが欠けていたために、「多くの機会を逃してしまいした」とゼルナー准教授は言う。
すべての段階に不確実性が存在する
同じく論文の共著者である統計学者・政治学者のアンドリュー・ゲルマン(コロンビア大学教授)は、意見論文の導入部分で「俯瞰図」を提示した。ゲルマン教授は、パンデミックと同時にアマチュア疫学者が大量出現した状況を、戦時中に誰もがにわか地理学者、素人戦術家になることになぞらえた。「色付きのピンを刺した地図の代わりに、我々は感染者数と死者数の表を手にしました。市井の人々は、かつて戦時中に戦略や同盟関係を議論したように、感染者の死亡率や集団免疫について持論を展開したのです」。
そして、マスクはまだ必要なのか、ワクチンの予防効果はどれくらい続くのかといった、あらゆるデータと世間話の背後には、膨大な不確実性が広がっていた。
パンデミックの最中に何が起こったのか、どこで間違ったのかを理解しようと、論文の著者ら(前述の2人に加え、ワシントン大学のルース・エツィオーニ、ベルン大学のジュリアン・リウー)は、ある種の再現を試みた。彼らは、人から人への感染率の推定や、ある時点で集団中に存在する感染者数の推定といった課題に取り組む際に用いたツールを再検討した。データ収集(データの質とその解釈は、新型コロナウイルスのパンデミックにおいて最大の課題だったといえる)、モデル設計、統計分析から、コミュニケーション、意思決定、信頼に至るまで、すべてを改めて評価した。その結果、「すべての段階に不確実性が存在する」と述べている。
それでも、ゲルマン教授によれば、この分析は「パンデミックの初期段階で私が経験した困惑を十分に説明しきれていない」という。
あらゆる不確実性に対処する手段の1つが統計学だ。ゲルマン教授は、統計学を「数理工学」だと考えている。統計学の手法やツールは、発見だけでなく、測定にも使用する。統計科学は、変動と不確実性に着目して、世界で何が起こっているのかを明らかにする試みだ。新たな証拠が手に入れば、反復的プロセスによって、既存の知見を少しずつ精緻化し、確実性を高めていく。
スタンフォード大学の統計学者であるスーザン・ホームズ教授は、今回の論文には関与していないが、ゲルマン教授と同じように工学的な考え方と共通点があると考えている。「工学者は常に絵を更新しています」と彼女は言う。新たなデータやツールが利用可能になるたびにそれに …
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