KADOKAWA Technology Review
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そしてそれはゴミになった
「一人1台のパソコン」の
失敗から得られた教訓
Andrea Daquino
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Laptops alone can't bridge the digital divide

そしてそれはゴミになった
「一人1台のパソコン」の
失敗から得られた教訓

日本政府のGIGAスクール構想をはじめとするデジタル教育の取り組みでは、子ども一人ひとりに「一人1台」の端末を配布すること自体が注目されがちだ。だが、それがスタート地点に過ぎないことは、15年以上前の有名な事例からも明らかだ。 by Morgan Ames2021.11.02

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって世界各国の学校や公共の場が閉鎖されてから2カ月後の2020年5月、ツイッターのジャック・ドーシーCEO(最高経営責任者)は、カリフォルニア州のオークランド統一学区に1000万ドル寄付し、2万5000台のクロムブック(Chromebook)を購入すると発表した。ドーシーCEOは、自分の寄付の目的が「オークランドのすべての子どもたちが、家庭でノートPCとインターネットを使えるようにすること」であるとツイートした。同CEOの寄付が発表されたのは、オークランドのリビー・シャーフ市長が、「情報格差を永久になくす」ために1250万ドルを集める「#オークランドアンデバイデッド(OaklandUndivided、格差のないオークランドの意)」キャンペーンを発表した翌日のことであった。

世界の多くの地域と同様に、オークランド統一学区が援助を必要としていたことは確かだった。オークランドはシリコンバレーの権力と富の中心に近い都市であるにもかかわらず、パンデミックが発生した年には、71.2% の子どもたちが無料または割引価格の学校給食の支給対象であった。子どもたちの半数は、突然実施されたリモート授業に切り替えるために必要なコンピュータやインターネット回線を持っていなかった。この数字は、米国全体の傾向を反映したものだ。低所得世帯ではブロードバンド環境が整っていないことが多く、4分の1以上がスマホの従量制インターネット接続に頼っており、多くの人が老朽化した1台のコンピューターを共有している。

2020年8月、ある2人の少女の写真が拡散された。彼女らは、オークランドから南に160キロメートル離れたサリナスにあるタコベル(Taco Bell、米国の大手ファストフードチェーン)の外の汚れた歩道に座り、レストランの公衆インターネット回線を使って学校支給のノートPCで授業を受けていた。これは、多くの学生にとってリモート教育への切り替えがいかに困難であり、情報格差がいかに大きいままであったかを象徴するものであった。

ドーシーCEOの寄付に関する報道は、息もつかせないほど好意的なものであった。しかし私が思い起こしたのは、15年以上前に、最貧層の子どもたちのために同様の約束をした運動であった。2005年11月にチュニスで開催された世界情報社会サミット(World Summit on the Information Society)で、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの共同創設者であるニコラス・ネグロポンテは、黒のゴムで縁取られた鮮やかな緑色のノートPCのモックアップを発表した。そのキーボードとスクリーンの間のヒンジ部分からは、充電用の黄色い手回しが伸びている。おもちゃのような外見ではあるが、ネグロポンテによると、教育用のオープンソースソフトウェアを搭載したフル機能のコンピューターとなる予定で、価格はわずか100ドルとのことだった。

ネグロポンテによると、この機器は2007年末までに世界中の子どもたちに数億台行き渡り、2010年までにはグローバルサウス(主に南半球の発展途上国)のすべての子どもたちがこれを持つようになり、多くの国で情報格差が解消されるだけでなく、子どもたちが自己学習をするのに必要なものがすべて手に入るというものであった。そのプレゼンテーションの中でコフィ・アナン国連事務総長は、手回し発電機を回した際に誤って手回し発電機を壊してしまったが、それはまさに、その先を予見する象徴的な出来事だった。

それでも、「子ども一人ひとりにノートPCを(OLPC:One Laptop per Child)」として知られるようになったこのプロジェクトに関する報道は、その後、数年間は概ね好意的なものであり、複数のテクノロジー企業が数百万ドルの資金と開発者の労働力数千時間を無償で提供した。2006年から2007年にかけてネグロポンテが数十の注目を集める場で語ったのは、子どもたちがノートPCを使って英語を学び両親に読み方を教えているとか、木陰でラップトップを使った即席の教室を開いているとか、ラップトップ画面が唯一の光源となっている村があるということだったが、これらはみな確認できなかった(これについてネグロポンテにコメントを求めたが、返答は得られていない)。2007年にOLPCのユーチューブ(YouTube)チャンネルに掲載されたインタビューの抜粋動画では、「OLPCをことさらに強調するつもりはありませんが、貧困をなくし、平和を創造し、環境問題に取り組むための方法は何かということになると、これ以上のものは考えられません」と語っている。

「常識を覆す」テクノロジー

OLPCは、その名高い生い立ちと善意にもかかわらず、ネグロポンテが華々しくお披露目したときに掲げた約束を果たすことができなかった。一つには、手回し発電でコンピューターを動かすというアイデアは実現不可能だったことで、一般的なACアダプターを付けて出荷されたことがある。これで、OLPCが主張していた、電力インフラなしでも機器が動いて「何十年もの開発期間を一気に短縮できる」という主張が間違っていたことが明らかになった。

さらに、そのノートPCで最もカリスマ的な2つの特徴である、その機械をインターネットのワイヤレス中継器として働かせるはずであったメッシュネットワークと、現在実行中のプログラムのソースコードを表示する「ソースコードを見る」ボタンは、いずれも、せいぜい散発的にしか機能せず、実質的に使用されることはなかった。メッシュネットワークは、そのノートPCに搭載したソフトウェアの後続バージョンからは外された。売上も、ネグロポンテが予想していたレベルには至らなかった。数億台どころか、子ども一人ひとりにと謳われたノートPCの販売台数は、ウルグアイとペルーのそれぞれ100万台を含む、合計300万台弱にとどまっている。これらの売上はほぼすべてプロジェクトの初期に上がったもので、設立当初のOLPC財団は2014年に解散し、マイアミに拠点を置くOLPC協会がブランドの管理を続けている。

最後に挙げられるのは、このノートPCのコストが100ドルをはるかに上回ったことだ。本体自体でも安くて200ドル前後かかり、これにはインフラ、サポート、保守、および修理にかかる相当なコストが含まれていなかった。パラグアイのプロジェクトのように当初は好調だったOLPCプロジェクトでさえ、最終的にはこの維持費が普及の妨げとなった。1万台のノートPCという規模からしてパラグアイでのプロジェクトは最大規模とは言えなかったが、OLPCコミュニティの多くの人々は当初、このプロジェクトは、世界レベルのチーム、政府やメディアのリーダーとのつながり、そして柔軟なアプローチを実現した、最も成功した事例の一つと考えていた。

パラグアイのプロジェクトを推進している小さなNGO(非政府組織)であるパラグアイ・エデュカ(Paraguay Educa)は、インフラに多額の投資をし、各学校に電源コンセント、WiMax(ワイマックス)の送信タワー、およびWi-Fi中継器を設置した。一人1台のノートPCを目指す他のプログラムの成功事例を採り入れ、学校ごとに教師向けの講師を雇い、毎週学校間を巡回する専任の修理チームを配置した。OLPCが修理用の部 …

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