KADOKAWA Technology Review
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NASAがX線観測衛星を打ち上げ、ブラックホールの謎に挑む
Ball Aerospace
A new NASA telescope is going to look at our galaxy’s most energetic objects

NASAがX線観測衛星を打ち上げ、ブラックホールの謎に挑む

NASAは12月9日に、X線の偏光を測定できる初のX線観測衛星「IXPE」を打ち上げた。偏光の観測により、ブラックホールや中性子星の周辺で何が起こっているのかを、より詳細に知ることが可能となるだろう。 by Tatyana Woodall2021.12.10

米国航空宇宙局(NASA)は米国東部標準時12月9日午前1時、新たなX線観測衛星「イメージングX線偏光観測衛星(IXPE:Imaging X-ray Polarimetry Explorer)」を打ち上げた。ブラックホールの内部がどうなっているか、またパルサーがどれだけ明るくなるのかといった問いの答えを探すためだ。

「ファルコン(Falcon)9」ロケットでフロリダ州ケネディ宇宙センターから打ち上げられたXPEは、電磁波の電気および磁気エネルギーの方向を表す特性である「偏光」を観測できる初のX線観測衛星となる。

高エネルギーの電磁波であるX線は、宇宙空間に特に多く存在する。普段私たちが目にする光(可視域の電磁波)の大部分は無偏光、つまり一定の方向性を有しない電気および磁気エネルギーにより構成されている。だが、偏光した電磁波は、電場と磁場の振動方向が一定の方向に偏っており、相互作用する物質の磁場や化学組成に関する情報をもたらしてくれるため、非常に有益なのだ。

IXPEが備える3つの望遠鏡はそれぞれ、光の4特性である方向・到達時間・エネルギー・偏光を追跡・測定できるミラーと検出器の一式を搭載し、それらすべての検出器で得られたX線に関するデータを組み合わせることで画像を作成できる。 科学者らはIXPEの画像を用いることで、宇宙空間における様々な環境やその内部に存在する天体に関する理論の精度を高められると考えている。

例えば、ブラックホールが回転している理由を探る新たな手がかりや、有名なかに星雲の中心で高速回転する中性子星(パルサー)のような天体の独特の構造や性質に関する、より多くの情報がもたらされるかもしれない。

IXPEは今後2年間で、天の川銀河の中心にある超巨大ブラックホールをはじめとして、宇宙で最も活動の激しい既知の天体を50以上を観測することになっている。それらの天体が放射するX線の偏光を測定することで、これまでよりも詳細な観測が可能となるだろう。

「IXPEは、無秩序かつ驚異的な世界である中性子星とブラックホールの連星系や、銀河系の内部とその周辺について観測することになります」と、NASAのマーシャル宇宙飛行センター(Marshall Space Flight Center)X線天文学部門のチーフサイエンティストであり、IXPEの主任研究員を務めるマーティン・ヴァイスコップ博士は語る。

ヴァイスコップ博士は、そうした天体が強力な磁場を持っているかどうかが判明することに特に関心を持っている。磁場を持っているかどうかは他の手段によっても判断できるが、IXPEを使うことでより容易になる。一方、アルバータ大学のグレゴリー・シバコフ准教授によると、IXPEがもたらす発見は、特にブラックホールに関する理解を深めるうえで、より幅広い意味合いを持つ可能性があるという。

「ブラックホールについて観測できる性質は、質量・回転・電荷の3つだけであることがわかっています」と、シバコフ准教授は述べる。「私が特に関心を持っているのは、IXPEがブラックホールの回転運動を計測する新たな手法をもたらし、長い時間の中でブラックホールの回転に変化が生じるのか否かといったことも確認できるかもしれないということです」。

ブラックホールは宇宙空間のダークマター(暗黒物質)の約40%を占めているが、天文学者がその姿を写真に収めることができたのはつい最近のことだ。IXPEで得られるデータによって、ブラックホールが活発に自らの近傍の天体を吸い込んでいた時期があったのかどうかを判断したり、こうした強力な天体の周辺に存在する粒子について研究したりすることがより容易になるだろう。X線の偏光を用いて角運動量や回転を測定すれば、ブラックホールに降着する物質の内縁のマップを作成することも可能になる。

超巨大ブラックホールや中性子星は、活発に活動して短い寿命を終えた大質量星の残骸であるため、IXPEのミッションにより、銀河系が進化する様子の一端がわかるかもしれないと、シバコフ准教授は付け加える。

マサチューセッツ工科大学(MIT)カブリ天体物理学・宇宙研究所(Kavli Institute for Astrophysics and Space Research)の研究者で、IXPEの共同研究員でもある ハーマン・マーシャル博士は、偏光の観測は「銀河系の見えない部分に対して鏡を立てるようなもの」だという。 IXPEの観測により、天の川銀河の内に隠された謎のいくつかが解明することを願おう。

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MITテクノロジーレビューの新進ジャーナリスト・フェローとして、宇宙、生命工学、AI分野の取材を担当。MITテクノロジーレビューに参加する以前は、ニューヨーク・タイムズ学生ジャーナリズム研究所での執筆、WOSU-NPRでのラジオ番組制作などを経験。大学新聞の編集長として、スポーツ文化からメンタルヘルスまで幅広く取材した。
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